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御用猫  作者: 露瀬
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相合傘 18

「やはり騎士は暇なのだ、異論はあるか?」


「ぐぅ、いやしかし、断じて、そのような事は無いのだが」


 ロッドと黒江の決闘から二日、マルティエの亭を貸し切りに、いつぞやのように、宴会が行われていた。


 これは、アドルパスが言い出した事で、先の事件の礼だと言うが。実の所は、どうにも湿っぽいままに、事を締めるのが気に入らなかったらしい。


 田ノ上道場の面々と、アドルパスにフィオーレ。そしてマイヨハルト子爵と青ドラゴン騎士団の二人。みつばちとチャムパグンに、マルティエと従業員達。


 ここまでは、まぁ理解の範疇内だったのだが、何故かリリィアドーネと。


「普段は、野良猫だーなんて、格好つけるのに、意外に神経が細いのよね、ジュートは」


 ぺろぺろと、舐めるように盃から酒を飲みつつ、アルタソマイダスが零す。金色の、絹糸のような髪が盃に入らぬよう、度々、耳の後ろにかき上げている。


 その仕草に、こころ動かされながら、御用猫は。


(見た目だけは、抜群に良いのだがなぁ)


 なんとも、残念な気持ちになるのだ。


「お前らは太すぎるんだよ、人類とは違う進化を遂げたんだろうけどな、もう少し気を遣えよ、超のつく有名人が、気軽に街飲みしてんじゃねぇよ」


 幾つかの怒点の中でも、太い、という単語に反応したのか、アルタソマイダスは箸を一本、テーブルに垂直に立てると。


 人差し指で、くいっ、と、下げる。


 この技も、特に力を込めた様子には見えなかったのだが、箸は、半ばまで木製のテーブルに突き立った。


 貴様如き三秒で殺せる、という、彼女の主張だろう。


「アルたそ、今日の服も可愛いな、なんていうか、そうだな、清楚な雰囲気が、可憐な君に、とても良く似合ってる」


 真顔で褒める御用猫には、生命の危機を感じた小動物のような必死さが、滲み出るようだ。


「……猫よ、その、先程から、聞こう聞こうと思っていたのだが、団長とは、どういった……それに、ジュートと言うのは、お前の事なのか? 」


 リリィアドーネには、この青ざめた御用猫とアルタソマイダスが、仲良さげにでも見えるのだろうか。いかにも不安そうな表情で、訴えかけてくる。


 彼女は今朝の訓練の後、アルタソマイダスから、今夜の宴会に同行せぬか、と、声をかけられたのだった。その時は、久しぶりに逢えると、内心飛びあがって喜んだのだが。


 首から下げた指輪は、指に嵌めるべきか、いや、アルタソマイダス様とアドルパス様もいるのだ、浮ついた真似は失礼にあたるのではないか、と。


 散々迷った挙句、結局は、右手の薬指に指輪を付けて、握ったりさすったりと、ふわふわしていたのだ。


 それが、マルティエの店で顔を合わせた後は、御用猫とアルタソマイダスの関係が気になるばかりで。


 リリィアドーネは、珍しく、人並み程度にしか食事を取れていなかった。


「おい、猫の小僧、ちょっと面貸せ」


 徳利と、ぐい飲みを二つ下げ、酒のせいか、いつにも増して赤鬼のようなアドルパスが、テーブルに現れた。


 田ノ上老との会話に飽きたのだろうか、ふと見ると、田ノ上道場の面々とマイヨハルトは同じテーブルで、恐縮するリチャードに、なにやらマイヨハルトが絡んでおり、フィオーレはサクラにべったりだ。


 田ノ上老自身は、楽しそうにそれを眺めている。


 チャムパグンの餌付けは、マルティエと従業員が担当していた、毎日毎日、底無しの卑しさで良く食べる卑しいエルフは、しかし、飲食店にとっては、有り難い客だろう。


 たとえ、支払いが御用猫だとしても、それは別の話なのだ。


 ウォルレンとケインは、今日はみつばちを口説いていた、先程までは、両側から交互に褒め称えていた筈なのだが、今は二人して潰れてしまっている。


 一服盛ったのだろう、みつばちが。


 とりあえず、御用猫を助けてくれそうな人物は居ないようだ。


 どのみち、この肉食獣は、有無を言わさず、虎が獲物を咥えるように襟首をつかみ、御用猫を連れ出すだろう。


 リリィアドーネが、何やら泣きそうな顔をしていたので軽く手を振り。


 アドルパスと二人、店の外に出ると、水桶を椅子と食卓にして、差し向かいに飲み始める。


「ズゥロとか言う坊主頭な、黒江の道場を継ぐらしい」


「そうですか」


 御用猫には、少し意外だった。


 あの後、目を覚ましたズゥロは、ロッドと黒江の話を聞き、声をあげて泣き出した。姉と結婚し、兄となる筈の黒江を、いつ頃から好いていたのかは、ズゥロにも分からない。


 ただ、ロッドとズゥロは、同じ気持ちを抱えていたのだ。


 彼の姉は、ロッドと黒江の気持ちには気付いていた。それでも自分を選んでくれたのだ、と、ズゥロに涙ながらに、打ち明けてきた。


 しかし、黒江は、とうとうロッドを忘れる事が出来なかったのだろう。


 あの時、もしも、自分がロッドの代わりにそこにいたならば。


 ズゥロは、ロッドと同じ事をしてしまっただろう。


 それを責めた、自分を許せなかった、己自身を殺すために、ロッドを消したかった。


 しかし、黒江の気持ちを考え、ロッドを殺せない。


 そして、そこに至っても、黒江と離れる事も出来なかった。


 淀んだままに、十数年を、皆が、無為に過ごしたのだ、少しずつ淀み、滞り、腐っていったのだ。




「俺も若かった、そんな事があろうかと、気付いてやれなかった」


 アドルパスは、ぐい飲みから、酒を呷る。


「誰にも分かりませんよ、他人の心なんて、いくつになってもね」


 御用猫は徳利を傾け、アドルパスの酒器を酒で満たす。


「そうかな、うむ、そうかもしれんな」


 どこか、遠くを見つめるように、アドルパスは呟き、酒の混じった息を吐き出す。


「儘ならぬものよなぁ」


「そうですね、まったく、そのとおりですよ」


 雨は既に上がり、夜空に月が浮かんでいる。


(今宵は月見酒か)


 御用猫とアドルパスは、ぐい飲みを差し上げると。


 月に、かち合わせた。








ひとりで歩く晴よりも


ふたりで歩く雨の道


肩を寄せ合い、相合傘に


持ちつ持たれつ、人世旅


御用、御用の、御用猫












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