相合傘 16
クロスロードには、各種の法がある。
全ての国民に共通する基本法の他に、貴族、騎士、商人、農民と、それぞれに細分化し、明文化してある。
およそ、全ての法を把握する事は困難で、貴族や商人は専門の法律家を雇い入れ、諍いのある場合は、裁判官が両者の主張を判断し、判決を下すのだ。
そして、仇討ちの期限は、三年と定められていた。
その為、元テンプル騎士であり、アドルパスの計らいで、年金付きの一代爵位が残るロッドと黒江の戦いは、騎士としての決闘扱いとなり。爵位を持つ三人以上の見届け人の前で、どちらかが死ぬか、負けを認めるまで行われる。今回の見届け人を務めるのが、アドルパスとマイヨハルト、そして御用猫だった。
御用猫には、過去の仕事の際に、名誉騎士の爵位が与えられていた。
とある警護役の為の仮叙任であったのだが、その肩書きは、今も残っていたようで。
嫌がる御用猫を、アドルパスは脅しすかさず、立ち会いを強引に認めさせてしまったのだ。
「此処まで関わったのだ、逃げられると思うてか」
ばしばし、と背中を叩かれ、御用猫は顔を顰めた。彼にとっては、誠に遺憾ではあるのだが、どうやら「電光」に気に入られてしまったようだ。
しかし、隣に座るみつばちが、口を尖らせ、アドルパスを諌めると。赤髪をぽりぽりと掻き、あろう事か、悪かったな、と、謝意を示したのだ。
御用猫の左手を破壊した事について、買い出しから戻ったみつばちは、随分と憤慨し、無表情でアドルパスを責め立てたのだが、その時の剣幕には、終始押されていた様子だった。
ひょっとすると、ただ単に、女に弱いだけなのかも知れない。
みつばちは、左手が使えぬ御用猫に、甲斐甲斐しくも、食事を口へ運び続ける。
今日のみつばちは、身体の線が分かる程に薄手の長袖シャツと、空色の短いスカートを履いている。下着が透けて見えてしまっていると、サクラは最初に、文句を言っていたのだが。
「これは、見えても良い下着です、むしろ見せたいのですが、慎みを持って、前を閉じているのですよ」
などと、簡単な嘘に騙されて口を閉じてしまった。
相変わらず頭の足りない子だ、と思いながら、御用猫は、柔らかく、僅かに酸味のある、鳥肉の煮込みを咀嚼する。
みつばちは、どこか、楽しそうだ。
最初こそ、鬱陶しいと思ったのだが、なかなかどうして、気分の良いものかも知れない。チャムや黒雀達が、執拗に給餌を強請る気持ちも、今なら、何となく分かる気がする。
「私は、認めぬからな」
ぽつり、と呟いたのは、マイヨハルト子爵であった。
「サクラ、この様に女性を侍らせ、鼻の下を伸ばすだらしのない男に、嫁ぐなどと、父は認めぬからな! 」
「なぁっ!?」
フィオーレと二人がかりでチャムに餌を与えていたサクラが、素っ頓狂な声を上げる。
そこからは延々と、父娘のすれ違う会話が続いていた。
まことに、良く似た親子だ、これと付き合うのならば、リチャードは大変かも知れない。
御用猫は、アドルパスと盃を交わすと、ふと、聞いてみたくなった。
「なぁ、アドルパス様よ、田ノ上の親父の事を、どう思いますかね」
「うん? どう、とは、何だ」
「貴方にとって、どういった存在なのか、って事ですよ」
アドルパスは、ふむ、と顎を掻き。
「まぁ……その、色々あったが……俺は、友人だと思ってるぞ」
奴の考えは知らんがな、と、続け様に酒を呷った。
「ほぅ、ほぅ、お主は、そんな風に思ってくれておったのかえ? 」
にやにや、と、嫌らしい顔で、近づいてきた田ノ上老は、徳利を掲げると、アドルパスの肩に手をやり、酒を注ぎ込む。
酔いのせいか、他の理由か、アドルパスの顔が、何やら赤くなったが。
(鬼のようだな、赤鬼だ)
その場に居た全員が、そう思っただろう事は、およそ間違いが無いのだ。
「フィオーレは、どうだ? サクラの事」
「私ですか? 」
突然に話を向けられ、少し驚いた様子の彼女だったが、少し垂れ気味の目を、ちら、とサクラの方に向けると。
「……お、お友達、ですわ」
真っ赤になって俯いた。
「さ、サクラ! いかん、いかんぞ、父は認めぬからな! 」
「なぁっ!?」
ついに摑み合いを始めた親子を眺め。
(こうは、ならなかったものかなぁ)
御用猫は、かつての、そして、明日の二人に思いを馳せた。




