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御用猫  作者: 露瀬
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相合傘 15

「立ち合いは、此処で行う事にした」


「そうですか」


 次の日、田ノ上道場に現れた「電光」のアドルパスは、自前の黒い戦闘馬に跨り、数人の騎士と従者を引き連れ、知らぬ者が見れば、何処かに出征でもするのかと思う程、峻厳たる威圧感を、周囲に撒き散らしていた。


「お前も立ち会え」


「お断りします」


 そうか、と、頷き、御用猫の襟首を片手で掴む。そのまま、反対側の手で、荷駄から軽々と酒樽を担ぎ上げた。


(このおっさんは、宴会しに来たのか)


 御用猫は、抵抗もせずに、なすがままであった。


 親猫に咥えられる子猫、いや、虎に咥えられた兎と、たとうべきか。




「お初にお目に掛かります、常日頃から、娘のサクラが、お世話になっております、本来ならば、もっと早くにご挨拶に伺うべきでした、ご容赦下さい」


「あぁ、あぁ、どうぞ、御手をお上げください、この様な老人に、軽々と頭を下げるものでは御座いませんよ」


 御用猫の視界の端には、何やら面倒そうな遣り取りを繰り返す田ノ上老と、あれは。


 サクラの父親であり、青ドラゴン騎士団クロスロード駐屯団長、レーヴ マイヨハルト子爵か。


 まだ若い、三十代半ばであろうか、黒髪と灰黒目は、娘に良く似ている、やや細めだが、筋肉質で、さぞかし、宮廷では女性人気があるのだろう。


 妻の実家が有力貴族だそうで、騎士団長に就任した際は、色々と、陰口を叩かれたらしいのだが、本人の真面目な性質もあり、手堅い仕事振りで、直ぐに周囲を納得させていた。


 また、現在クロスロードで最も勢いのある若手貴族、バステマ ユリウス コンコード公爵の友人でもあり、側近として陞爵も近いのではないか、と噂されている。


 ずるずる、と引き摺られながら、御用猫は、最近みつばち達のせいで、余計な情報が頭に入ってしまっている事に、我が事ながら、少々驚いていた。


「よし、やるか、いつぞやは、逃げられたからな」


 ぽい、と、稽古場に放り出された御用猫は、竹刀を握り締め、ゆるゆると立ち上がる。


「一本だけですよ、あと絶対に、殺さない事、これは必ず守って貰いますからね」


「女々しい奴だな、わかったわかった」


 アドルパスは、熊の様な手を小さく振る。


(鮭でも獲れそうだな)


 何となく、その様な映像が浮かんだのは、御用猫の逃避だろうか。


「お前は、明日は、田ノ上の名代だからな「石火」の名に恥じぬ腕前か、観てやろう」


 どうも、この男は、自分の頭の中で決めた事は、そのまま通ると思い込んでいる節がある、逆らうならば、ろくな未来はあるまい、なんたる強権か。


 アドルパスが、正眼に構えた。


 ぴりっ、と、床板に電気でも流れた気がして、御用猫は距離を置く。


「女癖も悪いと聞くしなぁ」


「それは関係無いですよね」


 御用猫は「捻り月」の構えだ、相手は如何にも、加減の分からなさそうな、しかも生ける伝説の英雄であるのだ。


 本気でやらねば、竹刀だとて、死ぬ事もある。


 まぁ、その何だ、と、アドルパスは構えたまま、宣言する。


 笑うでも、挑発するでも、威嚇するでも無い、全く平然と。


「生きていられたなら、認めてやる」


(あ、殺す気だった)


 即座に御用猫は動いた、待てば死ぬ。


 必殺の「捻り月」を放つ。


 だが。


 御用猫の打ち出しを完璧に捉えられ、まるで爆発したかの様に、竹刀が弾かれた、確かに弾かれたのだが。


 しかし、なんたる事か、アドルパスは正眼に構えたまま、微動だに、していないように見えるのだ、当初の位置、そのままに。


 アドルパスの竹刀の先が膨らむ、幻か、錯覚か。


(突きっ)


 喉に吸い込まれる様に迫る竹刀の先に、御用猫は自らの左手を捩じ込んだ。


 びち、と、嫌な音が聞こえる。


 御用猫の掌を突き破り、竹刀が顔を覗かせた。


 勢いを僅かに殺したおかげで、すんでのところ、首を捻り躱す事ができた。


 そのまま身体を回し、アドルパスの脇の下に腕を差し込み、一本背負いに担ぎ上げようと試みるも、腰を落とされて受けられる。


 さらに小内刈りに足を払い、姿勢を崩したアドルパスから、御用猫は即座に距離をとるのだ。


「はい、やめ! 終了! しゅうりょーう! 参りました! 」


 大きく手を振り、降参を宣言する。


 むっ、と唸るアドルパスであったが、気勢を削がれたか、血と油に濡れた竹刀を下げる。


「なかなか、小癪な真似をしやがる」


「野良猫剣法だからのぅ」


 いつから見ていたものか、田ノ上老をはじめ、サクラ親子にフィオーレとリチャードまで観戦していた。


 まるで気付かなかった、おそらく、最初から観られていたのに。


 御用猫は、ようやくに気付いたのだ、目の前の男に、それ程怯えていたのだと。


「若先生! 」


 ぱたぱた、と、リチャードが駆け寄ってくる、シャツを脱ぎ、幾つかに千切ると、左手の傷と、二の腕の止血点を縛り、応急処置を始める。


「手慣れてきたなぁ」


「自分でも、そう思います」


 にっこりと笑うリチャードに、これが女だったら、惚れているな、と考えるのだが、これも痛みからの逃避だろう。


(それにひきかえ、女共は何をしているのか)


 傷を意識しない様に、サクラとフィオーレのゴリラコンビに目をやると。


「今のは、最初から、腕を捨てるつもりだったのでしょう、反応が速すぎますわ、一連の流れを予想していたのかしら」


「そうね、ゴヨウさんの事だから、突きが喉にくると、当たり、を付けておいたのだと思う、そこからの体術も見事だとは思うけど、最初に一本だけと強調しておいての作戦なのだから、相変わらず姑息というか、小賢しいというか」


 今の戦いの批評感想を論じているのだ。


 リチャードに、チャムパグンを呼びに行かせ、なんとも強引で危険なやり口に、せめて一言文句は言ってやろうと、アドルパスに向き直ったが。


「お、まだやるか? 」


「ご指導、有難うございました! 」


 御用猫は、深々と頭を下げた。


 所詮この世は弱肉強食、猫では、虎に敵うはずも無いのだ。



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