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御用猫  作者: 露瀬
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相合傘 6

「いけません、カンナ様、耐えて下さい」


 相も変わらず、棒読みの為に、いささか危機感に欠ける声で、みつばちは激励する。


 きちっ、と着込んだ振袖は既に剥ぎ取られ、長襦袢姿の倉持カンナは、未だ自らの置かれた状況を理解していなかった。襦袢の裾からのぞく、白い手足は病的な細さで、およそ女性らしさ、妖艶さともいうべき艶やかさ、色気といった物については、なんとも不足した肢体であったのだが。


 なぜか、床の上では、御用猫が根をあげる程の精力的な、はたらき、を、するのである。


 ともあれ、そこに至るまでの彼女は、まことに口下手な、大人しく、少し陰のある少女であり。


 今も、暴れる事もなく、御用猫のあぐらの上に、すっぽりと収まり、抱きかかえられている。


 御用猫は、膳のものを箸で摘まんでは食べさせ、頭を撫でつけ、耳元で褒めそやす。


 最初は、訳も分からず混乱し、自分が接遇を受けるなど、畏れ多い事だと、何とか脱出を試みたのだが。


(ああ、これは、だめ)


 如何にも、他人に甘える機会の少ないカンナにとって、この一時の甘露から足抜けする事は叶わなかったのだ。


「さぁー、みつばちは、もう、俺の周りをうろちょろさせないと、約束して貰おうか」


「あぅ」


「カンナ様、気をしっかり」


 とろん、とした目を見せるカンナに、みつばちが声を掛けるのだが、いか程に届いているものか。


「あ、黒雀とか、他の怪しい奴らも駄目だぞ、最低限、姿を隠さずに、繋ぎを取らせる事、いいな」


「でも、猫の先生の、安全の、為に」


 何とか、意見したカンナであったが。用事のない限りは、必ず週に一度は顔を見せる、という条件を提示され。


 敢え無く、陥落したのだった。



「ロッド ドロレス、そして、黒江 サルティンボッカ、この二人を洗い出してくれ、十二、三年前は、テンプル騎士団に所属、今は東町で、町道場の主だ」


 マイヨハルトから伝えられた、指南役候補の二名は、御用猫の知る限り、あくどい真似をした、という話は無い。


 騎士団の方でも、多少なりと調査はしているだろう、問題は無いと思うのだが、みつばち達、志能便の調査力ならば、別の角度から、何事か調べあげてくるだろう。


 後は、リチャードでも連れて、直接乗り込んでみよう、と、御用猫は考えていた。


 まぁ、大して面倒な仕事では無さそうだし、ウォルレンとケインの言う事では無いが、リリィアドーネとサクラの縁もある、ひとつ、力行する事にしよう。


「……おい、ちゃんと聞いてるのか? 」


「つーん」


 口で言うな、と、盃ごとに突き返す。


 御用猫と、みつばちは、深夜を幾度か廻った頃に、二人、酒を酌み交わしている。カンナは、ようやくに精魂を使い果たし、眠りについたばかりだった。


 赤い銚子を傾けて、みつばちの盃を満たしてやると、彼女はそれを、くい、と口に含み。


 御用猫にしなだれ掛かると、そのまま口移しに、流し込んでくる。


 口元から溢れた、酒と唾液の混じった液が、御用猫の喉を伝い、胸元にまで垂れて、ぷん、と、酒精の匂いを漂わせた。


「……ひょっとして、酔ってるのか? 」


「いいえ、酔ってませんし、怒ってもいません」


 少しずつ、みつばちが体重を掛けてくる。


 御用猫は、畳に片手をついた。


 みつばちの表情に変化は無いが、何処となく、瞳の中に、不満の色が見て取れた。


 いや、不満というよりも。


「なんだよ」


「先生は、私がお嫌いですか、迷惑でしたか」


 みつばちは語る。


「お庭番衆選定の技くらべ、酒番衆に敗れた蜂番衆は、里に隠遁を余儀なくされた、と、私達は聞いております」


 志能便にとって、それは汗顔慚死の至り。


 当時の長老連中は、軒並み腹を切り、みつばちの親世代から、彼女達が、呪いの如く聞かされ続けてきたのは。


 主あっての志能便衆、主の眷顧を得るべく、あらゆる手立てをもって、お庭番衆へと復古すべし。


 復古すべし、と。


 生まれてこのかた、主を持たぬ、みつばちには、分からない。


 分からないのだが、その時の、当時の一族は、このような心持ちであったのかと。


 僅かに、思ったのだと。


「私達にとって、役に立たぬのは、死ぬよりも辛い事です、お嫌ですか、嫌いですか、捨てないで」


 みつばちは、完全に身体を預けてきた。浴衣越しに、彼女の柔らかさと、少し高めの体温が伝わってくる。


 御用猫には、理解できぬ事だが、彼女らは、そういった、ある意味、脅迫観念に囚われているのだろうか。


 生まれた時から、恐らくは一族全てが、そうなるように、育てられるのだ。


 御用猫は、手酌で酒を呷ると、みつばちに返盃する。


 押し割って進入すると、みつばちは肩を震わせた。


 頬から回すように彼女の髪をかき上げ、唇を離すと、名残惜しそうに、みつばちが嘴を触れさせてくる。


「なんか、勘違いさせたなら悪かったが、俺が言いたいのは、隠れて付け回すなって事だからな?」


 目の前にいる分には、何の問題も無い。


 そう、御用猫が告げると、みつばちは、ゆっくりと身体を離し。


「私は、この先も、猫の先生にお仕え出来れば、しあわせです」


「こないだみたいに、無茶をしないなら、な」


 みつばちは、ずずっ、と鼻を啜ると。


「……はい」


 その笑顔は、少し、柔らかくなってきただろうか。


 御用猫は、そっと彼女の手をとり。


「脱がなくていいから」


「何でですか、胸が無いからですか、多分、いま、そういった雰囲気でしたよ、押し倒す流れでしょう」


 ちょっとだけ、ちょっとだけだから、と、暴れるみつばちを押さえ。


 御用猫は、川の字になって眠りについた。



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