死剣 人取り 4
ガンタカと別れ、御用猫は、懐かしのねぐらへと帰還した。飯は要らぬと断ると、マルティエが心配そうに、あれこれと尋ねてくる。眠いだけだと彼女に手を振り、常連客の嫉妬じみた視線から逃げるように、御用猫は二階へ上がる。
どうにも、気分がよろしくないのだ。
幽鬼にあてられたか、景気の悪い空のせいか。
こんな日は、一寝入りするに限る。
「いのや、って気分でもないしな」
「何でですか? 」
御用猫は跳ね起きると、枕元の井上真改二を引き抜き、一挙動で斬りつけた。
ひょい、と、飛び上がった影が、あろう事か、天井に張り付く。
御用猫は、両足を広げ左半身、柄を握る拳を顔の右に、剣先を相手に向ける。
必殺の「捻り月」の構えだ。
「ちょっと、まって下さい」
平坦な声だった、感情のこもらぬ棒読みのようで、御用猫の癇に障る。
「三秒やる、納得させろ」
「カンナ様の志能便です」
御用猫は、二秒で刀を収めた。
「色々と、突っ込みたいが……まぁ良い、次からはちゃんと声掛けろよ」
「ごめんなさい、もう長い付き合いなので、分かっているかと」
うん、と、御用猫は首を傾げる。
目の前の女は、二十歳を少し越えた程だろうか、黒髪を後頭部で団子に纏め、切れ長の黒目、長身だが、細身で肉付きは悪そうだ、身体に張り付きそうな黒装束のせいで、よく分かる。
どうにも、記憶には無い女であった。
「何処かで会ったか?お前、名前は? 」
「みつばち、と申します」
やはり、聞いた事が無い。
そのことについて尋ねると、御用猫は目の前が真っ暗になるかとさえ思った。
「つまり? 去年から? ずっと? 居たの? ここに? 」
「ここに、というか、あなたの側に」
しのびですから、と、みつばちと名乗る女は何処か自慢気に答える。
彼女が言うには、半年ほど前から、御用猫の側に潜んでは、情報をいのやへ届けていた、と。
「とりあえず、気持ち悪いから帰ってくんないかな」
「嫌です」
棒読みではあるが、きっぱりと、拒否される。
思うにこの棒読みは、感情を読まれぬように、態と、そうしているのだろう。
しかし、チャムといい、この女といい、何たる隠形の技か。
(少し、自信が無くなるな)
そういった気配には、敏感な方だと自負していたのだが。
奴らがその気なら、何度殺されていたのだろう。
「まぁ良い、良くはないが、まぁいいや、それで、何の用だ、初めて声をかけてきたんだ、何か大事な用なんだろう? 」
溜め息を吐きながらベッドに腰を下ろすと、御用猫は尋ねる。
カンナから、急ぎの報せだろうか、もしかすると、誰か知り合いの身に、何がしかの事件が起きたのだろうか。
「いえ、さすがに、こうも会話がないのは寂しくなったので、何となく」
「何となくだったかー」
「はい」
御用猫が井上真改二を引き寄せると、みつばちが覆い被さるようにして、刀を押さえた。
「何する気ですか」
「いや、何となく斬りたくなった」
「酷いです、私は見た目の通り、遣える女なのに」
確かに、見た目だけは、遣手の雰囲気がある。どこか冷淡な印象を与える目元、美しくも隙のない所作、先ほどの動きを見るに、戦闘力も高そうである。
しかし、御用猫は気付いていた。
この女は、駄目だ。
チャムやサクラと同じ匂いがする。
「一応、聞いておいてやる、お前が側に居たら、何か役に立つのか? 」
「性処理とかですかね? 」
ベッドの足元にある脇差を取り寄せた御用猫に、みつばちが覆い被さる。
「何でですか、胸が無いからですか」
「そういう事じゃねぇよ! 」
「ならいいじゃないですか、いつもいつも見せ付けられる私の身にもなって下さいよ」
「知らねーよ! そもそも見るなよ! 」
ちょっとだけ、ちょっとだけだから、と、暴れるみつばちを押さえること暫し。
腹が減ったと、御用猫は下に降りた。
ぱくぱく、と、テーブルの上で口を開ける、みつばちの口に塩焼きした鯖の身をを放り込む。
既視感しか覚えぬ風景。
御用猫が降りてきた時は、嬉しそうに注文を取ったマルティエであったが。今は、みつばちの事を怪訝な顔で見つめている、当然といえばそうだろう。
とりあえず、明日は一番にいのやへ行き、カンナに文句を言わねばならぬ。
御用猫はそう決意し、鯖の胸びれを丁寧に外した。




