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御用猫  作者: 露瀬
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死剣 人取り 1

 御用猫がその男、ガンタカ ホンワカと出会ったのは、五月雨煙る夕暮れ時、クロスロードの西に位置する衛星都市のひとつ、ナローの酒場でのことであった。


 この町でひと仕事終えた後、当座の宿として押さえておいた店に戻った御用猫は、一人の客に目を留めた、なぜその男が気になったのかと問われれば、御用猫にも分かるまい、ただ。


(何か、生きながら、死臭の漂うような)


 違和感とでも言えばよいだろうか、久しぶりに野良猫の野生が反応していたのだ、これの感じ方は色々とあるのだが、そのすべてに共通する事は、どうしようも無い相手、逆立ちしても勝てぬ相手に出会ってしまったときの反応、だということなのである。背筋の産毛が逆立つ様な、恐怖のはしりとでも呼ぶべきこの感覚を覚えた御用猫は、視線を手元に戻しつつも目の端でそちらを窺うのだが。


(あれは、いかんな、例え賞金首であったとしても)


 絶対に、手を出してはならぬ手合い。


 とはいえ近づかぬ限り危険は無いだろうかと、野良猫は警戒を緩め、ナロー名産の甘い酒を呷りながら再び男を観察する。幽鬼の如く青白い肌、落ち窪んだ目、年齢はどれほどか、四十路辺りにも見えるがよく分からない、おそらくきちんと身形を整えれば、それなりに見栄えも良かろうが。


 栗色のざんばら髪に無精髭、皮のパンツも麻のシャツも随分と汚れており、最後に洗ったのはいつの頃か想像もつかない、ただ、脂肪の殆ど無い硬そうな腕は相当に鍛え上げたものだろうし、腰に佩(はい)たブロードソードにも充分に手入れが行き届いている、これは武者修行か遍歴か、御用猫にもひとめ見て分かる程の腕前であるが、まだ納得がゆかぬのか。


 虚ろな目をしたその剣士は、酒を飲むでも飯を楽しむでもなく、テーブルの上には温そうなお茶と、麦粥に香の物が一皿。


 それは果たして求道か禁欲か、どうにも理解の出来ぬ生き方であろうと最後に考え、そこで彼の興味は途切れたのだ。


 御用猫は些か物足りない料理と酒を手早く腹に詰めながら、真逆の想いを募らせるのだ、今夜は早めに寝てクロスロードへ戻るとしようと、そういえば忘れていたが、いのやで二人を同時に床に呼ぶと決めていたではないかと。なんとも卑しい思い付きではあったのだが、これは禁欲に過ぎる男を見たせいか、それとも彼の口には少々合わぬナローの水の所為か。ともかく、卑しい欲望を思い出した野良猫は、こうしては居られぬと亭主に声をかけ、二階へと上がって行った。



 二度目に出会ったのは、クロスロードへと戻る途中である、御用猫は知己である草エルフの集落を訪ね、珍しい香辛料や呪いに必要な触媒を購入していた。


 西のステップ地帯を縄張りとする草エルフという種族は、生来呪いが苦手であったのだが、その代わりに手の掛かる特殊な農作物や、秘伝としている麻薬の類を上手く育てる事ができるのだ。山エルフと違い夜目は利かぬが、小柄ゆえのはしこさと、戦士というよりも暗殺者に近いその戦い方も合わせ、諜報向きな種族であり、各国から隠密傭兵として雇われる事も多い、その為に裏口屋あたりと繋がりも深く、少数部族といえども、決して無視の出来ない存在だと言えるだろう。


 急ぐと決めていた御用猫ではあったのだが、子供のような見かけによらず、なにより義理を重視する種族である、行きに顔を出しておきながら帰りは素通りしたとなれば、いったいどのような報復が待っているか知れたものではないのだ。そして結局は族長直々に引き留められてしまうことになり、彼は二日程の滞在を余儀なくされ、いまは少々黄色い太陽の下、朝から街道を歩いていたのだ。


 御用猫の歩みは少し速く、時速は七キロ程だろうか、この分ならクロスロードまであと半日かからぬだろう、目の前の丘を越えれば街並みが目に入る筈であった。重く下がった曇天が機嫌を損ねる前にと、彼はさらに足を急がせたのだが。


 野良猫の聴覚が、ふと、捉えたのだ。何やら叫ぶ声と、剣戟の音を。


 これは丘の向こう側からだろう、まるで雲に返るように戦音が御用猫の耳に届く、自然と駆け出す野良猫ではあったが、その表情には少々面倒そうな色が浮かんでいただろうか。もちろん厄介事は御免こうむりたいのだが、しかし、あえて無視するのも彼としては気分が悪いのだ。小高い丘を登りきると、早速に転がる死体が、ひとつ、ふたつ、少し先には更に幾つかと、そして今も剣を合わせる人影が数人分。


(あれは、確か)


 御用猫の視界の先で、件の幽鬼が剣を振るっていた。


 むう、と唸り顎をさする御用猫は。


 最近頻発する、面倒ごとの予感を覚えていたのであった。




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