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御用猫  作者: 露瀬
35/150

桜花斉唱 20

「アハハハハッ! 」


 試合から二日後。


「アハッ、それで、ヒィ、素手で殴り合ったってか!?」


 腹を抱えて笑うは御用猫。


「馬鹿じゃねぇのか、いや、馬鹿だなぁとは思ってたけども、アハハハハ」


「流石に笑い過ぎでしょう! その件については充分に反省もしましたし、各方面からお叱りも、ええ、たっぷりと頂きました、そろそろ怒っても許される頃です、殴っても良いですか、殴りますね」


 がたっ、と立ち上がったサクラを隣に座るフィオーレが抑える、この短期間でありながら、二人共に顔の怪我は綺麗に治っていた。これはひとえに王宮呪術師達の尽力の賜物たまものであったのが、普段ならば自然治癒に任せ、ここまでの整形を行うことはないだろう、これほどに手厚い治療を受けられた理由はしかし、決して、嫁入り前の貴族の娘だからという訳ではなく、この試合、ひいては、第二のアルタソマイダス育成計画とでも呼ぶべきか、その企みの全てを、無かったことにする為であったのだ。


 結局、両者共にテンプル騎士の承認資格を放棄した。フィオーレは貴族学校卒業後に王女の補佐役就任を希望しており、父の元で政治の道へ、サクラは実力でテンプル騎士を目指すべく、このまま田ノ上道場に通い続ける事となったそうである。


「まぁ、なんだかんだ、丸く収まったのかね? 」


 御用猫は猪口に残る酒を呷ると、並べた椅子の上で彼の膝を枕に横たわる卑しいエルフの頭を撫でた。ベルトを緩めて、ぽっこりと膨らんだ腹を服の外に放り出した姿は、卑しくも実に幸せそうであろうか。


 本来ならば、サクラの祝勝会として行う筈だったこの宴会だが、結果が結果なので、ただの親睦会としてマルティエの店で行なわれている。


 何時もの顔ぶれの他には、フィオーレとウォルレンにケイン、そして何故かやって来た「電光」のアドルパスが、田ノ上ヒョーエと昔話に花を咲かせていたのだ。青ドラゴン騎士達は二人してマルティエを口説いている、今夜は店を貸し切りにしている為に、マルティエと従業員の母娘も普段の慰労会という名目で参加してもらっていた。


 マルティエは貸し切りの宴会が初めての経験だったらしく、随分と張り込んで大量の料理を並べていたのだが、アドルパスとチャムパグン、そして地味に大食いのリリィアドーネが、腹の中に殆ど収めてしまってしまったのだ。


 フィオーレは、こういった庶民的料理が珍しかったのか、上機嫌であれこれと啄み、酒も少々飲んでみたようである、そのせいかどうかは知らないが、先程から、ややサクラとの距離が近い、というか、ぴったりと張り付いたように座ってサクラに料理を食べさせ、さらにお返しを要求したりもしている。


(随分と、正直になったものだ)


 リチャード少年に対しては不快感を露わにし、刺々しく絡んだりもしていたのだが、悪い大人達に少年が絡まれ、慣れぬ酒に撃沈した後は、サクラを独り占めに、御満悦といった様子であった。


 そろそろ、お開きにする頃合いだろうかと御用猫は顎をさする、マルティエにあしらわれている男衆は別の場所で発散したいだろうし、リリィアドーネも御用猫の隣で、うつらうつら、と船を漕ぎ始めていたのだ。帰れない者は二階に泊まらせ、残りは自由解散にでもするべきだろう。


 今日は良い酒だった。


 本当に。


「サクラ、フィオーレ」


 仲よさげに振る舞う二人は、旧来からの親友にも見えるだろうか、少女達を見つめ、少しだけ居ずまいを正した御用猫に気付くと、サクラとフィオーレも何かを察したのだろう、真剣な表情を彼に返すのだ。


「こんな事言うのは、あー、柄じゃないんだがな」


 一呼吸おいて、御用猫はそっと告げる、多少気恥ずかしくはあるのだが、これは自分の忠告したことでもあるのだ、ここは素直に伝えるべきであろう。


「良かったな」


 それを聞いた瞬間、二人の顔に、再び花が咲く。


『はい! 』


 満足したように御用猫は頷くと、テーブルの上に、そっと、裏返した紙を二枚滑らせた。


「……ゴヨウさん、これは? 」


 小首をかしげ、不思議そうにそれを見つめるサクラなのである、その紙の裏側には、なにやら数字が書かれているのだが、彼女には意味が分からないのだ。


「今回の仕事の請求額だ」


「なぁっ!? 」


 サクラが、素っ頓狂な声をあげた。


「当たり前だ、ただ働きするとでも思ったか! 今日の食事代請求しないだけマシと思えよ」


「信じられません、最低です! お礼はちゃんと用意してましたけれど! この場で出す訳ないでしょう! そっちもなんで出しますか! 大人なんだからもっと空気とか読んでくださいよ! 」


「お前にだけは言われたく無いんですけど! わんわん泣いてた時の話フィオーレにしてやろうか!?」


「なぁっ!? 」


 わいわい、と騒ぎ出したテーブルの周りに、人が集まってくる。


 どうやら、宴会のお開きは、もう少し後になりそうであった。







泣いて花散る春の空


足を広げて猫の傘


雨が上がれば用無しと


濡れた髪振る後ろ虹


御用、御用の、御用猫













メモ:ここまで手直し済み

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