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「あ、じゃあ、私は先に戻って食事の用意をしてるわね」
そう言って、ティルファはひとり丘を下っていった。その後ろ姿を見ながら、ダーリムが重みのある声を聞かせる。
「気立ての良さそうな娘だな。あの娘がおまえの婚約者か?」
「ええ」
「おまえのご両親が存命であれば、さぞ喜んだであろうな」
「ええ」
答えるクルトの目が鋭くなる。それはまさに、タニキア国屈指と言われ、数多の魔族を葬り去ってきた者に相応しい、冷酷な光を宿す瞳だった。
「それで、仕事の件というのは? 先日依頼のあった品は、たしかに期日までに納めましたが。何か不備でもありましたか?」
「いや、そうではない。今日は新しい依頼のことで来たのだ。今回は破魔具の作製ではなく、おまえに直接破魔を行ってもらいたい」
クルトの手が腰に下げた剣の柄に触れ、カチャリと冷たい音が鳴る。
「直接……ですか。それは、捜索からしなければならないのですか? それとも、その魔族はどこかに居座っているのですか?」
「後者だ。依頼者はハイリエ村の村長。村外れにある井戸に棲みついたようでな、すでに女性がひとり殺されている。目撃者によると人の形状をとっていなかったという。井戸から離れることはないようだが、殺された女性と一緒にいた子供や、他の女性も襲われているというから、おそらく無節操に力を求める類の中位以下の魔族だろう」
もっともらしい推測を並べるダーリムの言葉に、クルトは口の端だけで笑う。
「まあ、井戸などに棲みつくくらいですから、上位魔族ではないでしょうね。わかりました。その依頼、引き受けましょう」
「仕事は二日後だ。準備しておけ」
歩き出そうとしていたクルトは、驚いてダーリムを振り返った。
「二日後? ハイリエ村といえば、すぐそこではありませんか。なぜ二日も待たなければならないのです? 準備など必要ありません。今日片付けてきますよ」
ダーリムは首を横に振った。
「二日すれば、シュナクが出先から戻ってくる。ハイリエ村には二人で行け」
「それは、依頼のなかに入っている条件ですか?」
「いや、上の判断だ。シュナクはまだ実戦経験が浅くて未熟だからな。経験を積ませたいのだろう」
クルトは思わず鼻を鳴らしていた。
先輩であるダーリムに対して礼を欠く態度をとってしまったことにハッとしながらも、苛立ちを抑えきれず、クルトはこぶしを強く握りこむ。
「なにを悠長なことを。ハイリエ村は小さな村です。たしか井戸も一つしかなかったはず。そもそもその依頼は、いつ来たのですか? あなたが私に話があると伝書鳩をとばしてきたのは、一昨日の話ですよね。村で唯一の井戸を魔族に奪われて、もうどれだけの日数が経っているのですか。そのうえまだ無為に二日も待てと?」




