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目が痛くなるほど真っ青な空の下、遠くに見えるヴィオラ山脈の頂には、まだほんのりと雪化粧がほどこされていた。けれど、目の前にある大地を覆い尽くすのは、黄色い花の絨毯。
春のやわらかな風が、丘の上に立つ青年の頬をやさしく撫でていく。
むせ返るほどの花の香りも、彼にとっては心地良いだけなのか、青年は目をすがめ、大きく伸びをした。
そのさまは、さながら日向ぼっこをする呑気な猫のようで、腰に下げている剣がまるで不似合いだった。
「クルト! やっぱりここにいたのね」
青年が振り返ると、春風にもてあそばれそうになる長い金髪を耳もとで押さえながら、小走りに丘を上がってくる乙女が見えた。
「もう、家に術士協会の人がいらしてるわよ。約束していたのにクルトが留守だって、協会の人、怒ってらしたわよ」
「ああ、そういえば今日だったか、ダーリムさんが来るの。すっかり忘れてたよ」
「まったく……。こんなにぼんやりしてる人が念術士屈指の人材だなんて、信じられないわね」
腰に手をおき、これ見よがしに肩で息をついてみせる乙女の頬は、ほのかに上気していた。
それが走ってきたからという理由だけであることを願いつつ、クルトは小首を傾げ、恋人の顔を覗きこむ。
「……で。俺、ティルファとも何か約束してたっけ?」
「してないわ。私はただ、あなたに食事を届けに来ただけよ。ぼんやりしてる誰かさんは、自分の食事にまったく無頓着だからね。今日は朝ごはん食べた?」
「そういえば、食べてない……かなあ」
腹に手をあて、のんびりと言うクルトに、ティルファは頭上を指差してみせた。
「あのねぇ、もうお日さまはとっくに頭の上を過ぎてるんですけど。どうなってるのよ、あなたのお腹は。ちゃんと食べておかなきゃ、いざというときに力が出ないでしょ。ましてや、あなたの仕事は命懸けなんだから」
クルトは苦笑した。
「あまり満たされていても、よくないんだよ。むしろ、少し空腹なくらいがちょうどいいんだ」
「そのとおり。我らの力は、強い思いから生まれるもの。あまり満たされていては、求める気持ちが薄れ、結果として力が弱まってしまうのですよ、お嬢さん」
「ダーリムさん……」
背の高い壮年の男性が丘を上がってくるのが、ティルファの背後に見えた。
風に揺れる淡い金髪と、着ている白い衣装が、丘一面に咲き乱れている黄色い野花に映え、まるで一幅の絵画を眺めているような錯覚を起こさせる。
けれど、男性が近づくにつれ、その頬にあるふた筋の大きな傷と、鋭い眼光が目につき、おだやかな絵画とは無縁の厳めしい現実を突きつけられるようだった。
「やあ、クルト。仕事の件で訪ねると言っていたのに、こんなところで野遊びとは、いったいどういう了見だ? 少し気がゆるんでいるのではないか?」
「すみません、以後気をつけます。このようなところまで足を運ばせてしまって申し訳ありません」
素直に頭を下げ、丘を下ろうとするクルトを、ダーリムが片手を上げて止める。
「いや、ここでいい。どうせこの丘の向こうに寄る用事があるからな。おまえの家まで戻るのは面倒だ」




