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そして、着陸(1)


 翌日は、特に酷い揺れもなく姉妹達は比較的穏やかに過ごした。園美は昨日の涙を感じさせないような笑みを浮かべて、熱が下がって少し元気になった絢乃の人形遊びに付き合っている。恵琉は特に彼女たちに星の接近を知らせず、舞花と共に刺繍に興じていた。

 樹喜は食料庫の片付けを黙々としながら、彼女たちの笑い声を聞いていた。夕べの恵琉の言葉が耳のあたりにまだふわふわと漂っている。

――あなたが居てくれて良かった、と。その言葉が。

 もしかしたら慰めなのかもしれない。けれど。その一言で樹喜は心が凪いでいくのを感じた。柔らかな言葉に包まれて、ただ手を動かす。樹喜がこの船に乗っていることで、逆に損害を生じるのではとずっと思っていた。例えば食料だって樹喜が食べればその分は減る。息をするだけで空気は薄くなる。けれど。

――あなたが居てくれて…、と。ただ。その言葉が樹喜を包む。たった一言が。

 不意に、ふわり、と何か浮遊感のようなものを感じた。あれ、と足下を見る間もなく樹喜は浮いた。そして、足下に並べてあった食料も同様に浮いている。棚に積んだ食料も僅かに浮き上がっているのが見える。

「これは――…」

 昔の小説の挿絵で見たことがあった。まだ宇宙の整備がされていなく、無重力だった時代の小説で。どうにか居間の方へ向かおうと足掻いたが、上手く動けない。ただ浮かんでいるだけだ。

 居間の方でも、嬌声のようなものがあがっている。

 五分ほど浮いただろうか。不意に、身体にずん、という衝撃が落ちた。それと同時に、樹喜は地面にたたきつけられる。

「――痛っ…!」

 ばらばらと一緒に浮かんだ食料も落下してくる。軽い乾物だったのが唯一の救いだった。

 居間から、舞花がぱたぱたと走ってくる。

「樹喜!大丈夫?」

「えぇ、大丈夫です。――そちらは?」

「こっちはみんな大丈夫。長椅子に座っていて…そのまま浮いて落ちたから」

 樹喜は頷く。

 その時、恵琉の大きな声が響いた。

「――着陸したわ!」

 舞花と樹喜は目を見交わせ、居間を抜けて操舵室へと向かった。既に操舵室には絢乃と園美も居る。

「――着陸?ここは…どこ?」

 画面にはもやのようなものがかかっていて、風景を見ることが酷く困難だった。恵琉はぽちぽちと壁の突起を幾つか押す。

「えぇと…地熱は…二十九度。気温は二十八度。余り地球と変わらないかしら。空気中の成分は…うん、窒素と酸素と二酸化炭素。水分が少し含まれて居るみたい。――素晴らしいわ」

「どういうこと?」

 絢乃の言葉に恵琉は笑う。

「ここは地球とよく似た環境ということね。つまりはここで私達は生きていくことが出来るということ」

「アヤたち助かったのっ?」

 えぇ、と恵琉は頷く。

「――とりあえず外に出てみましょうか。何があるか調べないと…」

「アヤも行く!」

「絢乃は留守番よ。熱も下がったばかりだし。もしかしたら怖~い生き物がいるかもしれないんだから」

 園美の言葉に、絢乃は口を尖らせる。

「えー!嫌だあ!」

「とりあえず私が見に行くから。大丈夫そうだったら、また連れて行ってあげる」

 恵琉はそう言って、舞花の縫った大判の布を羽織る。

「――恵琉様は中で。私が参ります」

「待って…樹喜が行くなら…その、私も…」

「駄目よ舞ちゃん!だ…だったら私も行くわ!」

「じゃあやっぱりアヤも!」

 恵琉は苦笑する。

「危ないって言っているでしょう。――分かったわ。じゃあ樹喜と舞花は着いてきて。姉さんは絢乃と中に居てちょうだい」

「で…でも…」

「いいから」

 行くわよ、と樹喜と舞花に声を掛けると恵琉は入り口に向かう。気をつけて、という園美の声を背に受けて扉を開いた。

 ごくりと樹喜は唾を飲み込む。

 そこは、酷く地球に似た場所だった。空は暗く、そして無数の光点が鏤められている。

「――これは…星?」

「…に、見えるわね。本当に…地球によく似ている」

 恵琉は言いながら地面を撫でた。地面は固い。石か何かを固めたもののように見えた。その地面には無数にひびが入っていて、その隙間から草が生えている。暗い中に目をこらすと、数本の木が見えた。遠くにも何かがありそうではあったが、何かは分からない。

「――あれは月…なのかしら」

 空に輝くのは、確かに月によく似た半円だった。大きさも、色も、酷似している。

「…姉様これ…!」

 舞花の声に、樹喜と恵琉はそちらを見る。そこには、ひしゃげた鉄製の看板のようなものが落ちていた。

「…数字ね。三十。それから…通学路…有り…?漢字と平仮名…」

「日本語ということですか…?だとしたらここは日本…?」

 今地球で日本語が用いられているのは、日本国だけのはずだ。しかし何故その言葉が、この異星に落ちていると言うことなのか。

「これ…きっと道路標識ね」

「どうろひょうしき?」

「大昔に、まだ車が完全自動ではなかった時代…人間が運転していた時代に、こういうものがあったと聞いたことがあるの」

「あぁ…そういえば」

 恵琉の言葉に樹喜が頷く。

「自動停止も発進もなかったから…こういった標識で交通整備をしたとか」

 うん、と恵琉が頷く。

「――昔の標識…しかも日本語と数字が書いてある…。地球によく似た星。…何だか不思議だわ」

「はい…」

 舞花はきょろきょろと所在なげに空を見る。そして、あ、と声を漏らした。

「姉様――」

 それはすぐに樹喜にも分かった。恵琉も息を吐く。

「…朝…」

 それはまさに夜明けであった。じわり、と遠くの黒から白が滲む。徐々にその白は橙を帯びて広がる。黒い空は紺色に溶け、そして橙と混じり合う。その隙間に、紫色の帯が見えた。

「大変…太陽を浴びては…」

 舞花が慌てて布を被る。しかし、恵琉は首を横に振った。

「…大丈夫…。ここの光線は、とっても柔らかい。――まるで、天硝子を通したみたいに」

 徐々に橙の光が広がる。そうして、奥にあった黒い何かが輪郭をぼやかせてきた。

「…建物?」

「みたいに見えるわね」

「工場…というやつでしょうか」

 樹喜の言葉に、恵琉は頷く。そうかも、と小さく呟いた。昔歴史の教本で見た製糸工場の写真によく似ている気がした。高い煙突が幾つか立っていて、そこから煙が零れていた。光が広がる度、周りの風景がくっきりと形を帯びてきた。ううん、と恵琉が息を漏らす。

「――…千九百年代から…二千…五百年代ってところかしら…。まだ地面が…何と言ったかしら。固い――…黒くて…不思議。土とも違うのよね」

 はい、と樹喜は頷く。

「でもその当時に強い磁気発生なんて出来たのかしら。確か磁気の生産を可能にしたのって…月油が発見されてからでしょう?」

「ま…待って…千九百年代って…あの、それって…過去に…ええと、時間移動をしたということ…?」

 樹喜は眉をひそめる。時間移動はとうの昔に不可能だという結論に達している。恵琉は息を吐いた。

 三人は、そのままただ朝焼けを見ていた。徐々に太陽が支配を始めるまで。

 不意に、ギャアギャアという叫び声のようなものが聞こえて三人は身をすくませる。ちらりと視線をやると、そこには大きな黒い鳥が居る。

「…何これ…黒い…鳥?」

 舞花の問いに恵琉が頷いた。

「――からす、だと思うわ。初めて見たわ…剥製のものより大きく見える」

 樹喜も改めてその鳥を見る。地球では絶滅した鳥だった。害鳥だったという記述を見たことがある。

「…本当に…時間移動したようだわ」

 恵琉はそう呟いて、辺りを見回した。人の気配は殆ど無い。地面はひび割れて、でこぼことしていた。遠くに工場があって、その周りには瓦礫が積んであった。その瓦礫の隙間からも草が生えている。空はいつの間にか青くなっていて、白い雲が泳いでいた。数本生えていた木には葉が茂っている。ぐるりと見渡すと、宇宙船の奥に青いきらきらとした光が見えた。

「海?」

 わあ、と舞花が声を上げた。恵琉は目をぱちぱちと瞬かせる。

「ここはどこなのかしら…」

 樹喜も小さく頷く。深く深呼吸をすると、新鮮な酸素が身体に送られた。パチパチ、と胸のあたりが刺激される感覚がある。時間移動というやつをしたのだろうか。しかし、こんなに昔の地球は荒廃していたのだろうか。

 その時だった。


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