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船にて(4)

 それから二日ほどは、時折揺れが起こるものの、ただ宇宙船は磁力に惹かれるように動いていった。絢乃は熱を出し、寝所で眠ることが多かった。大きな鞄にいっぱい入った薬を飲みながら。

 舞花は大抵縫い物をしていた。着替えを持ってきていない樹喜の服を縫い、絢乃の着せ替え人形の衣類を縫い、寝具を縫う。

 姉妹と樹喜は常に“防災ずきん”なるものを持ち、日常を送っている。既に日本国では地震という現象は起きないため、過去の遺物となっている防災ずきんだが、舞花が歴史の授業を思い出しながら縫ってくれたのだった。

 樹喜は、先日の揺れで足の踏み場もなくなった食料庫を片付けていた。揺れが来ても大丈夫なよう、棚を全て壁に添わせた上で天井と床に固定する。そこに、重いものが下の段に入るようにしながら食べ物を入れていく。

「――あら。まだ起きていたの?」

 顔を上げると、園美がいた。

「絢乃様は…」

「少しずつ熱が下がってきたみたい。今はゆっくり寝ているわ。舞花も寝ちゃった。…もう十一時半よ。そろそろ切り上げて寝ましょう?」

 はい、と樹喜は答える。姉妹達は寝室で、樹喜は長椅子で眠る。

 居間へ入ると、園美はその樹喜の眠る予定の長椅子に座った。彼女の寝間着は柔らかそうな布地のもので、身体にゆったりと沿っている。樹喜は立ったまま軽く汗を拭う。宇宙船の中は適温とはいえ、色々と作業をしていると身体は熱くなる。温泉霧を浴びようかと考えていると、ふと園美がこちらを見ているのに気づいた。ぼうっと、彼女はこちらをただ見ている。

「…ねえ樹喜」

「はい」

「あなたはどうして、この船に乗ったの?」

 樹喜が言葉に詰まると、園美は笑った。何処か哀しげで、そして冷たいような顔だった。

「――舞ちゃんの為?」

 数日前に、恵琉に問われたのと同じ問いだった。樹喜は躊躇ってから、頷く。そう、と園美は頷いた。

「あなたは…知っていたの?この…船の出発の目的を」

 樹喜は少しの間、思案する。それから息を吐いた。

「――知っていた…というわけでは御座いません。ただ、あの…恵琉様がこちらに来られた夜、AGDから音が流れまして」

「音…?」

「それがなんなのか、私には分かりません。しかし、晃一郎様と園美様、恵琉様との会話が聞こえました。それで、船に乗って遠くに…半永久的に行くと言うことを知りました」

 そう、と園美は頷く。つま先を見つめながら、また口を開いた。

「それで、着いてきたのね…」

 はい、と樹喜は答える。

「――そう…そうなの…」

 園美の瞳が揺れる。揺らめいたそれは、ぽとり、と彼女の手の甲に落ちた。

「…園美様」

「私ね…」

 囁きのような、小さな声だった。

「私…好きなひとが、いたの…」

「――はい」

「その人も…この船に…乗り込んできてくれてないかなあ…」

 彼女はそのまま、嗚咽を漏らしながら両手で顔を覆った。樹喜はただ、そんな園美を見ている。

「…樹喜…私…帰りたい…」

 かたかた、と園美の身体が揺れる。樹喜は手を伸ばし掛けて、そうしてやめる。その代わりに、長椅子の上に無造作に置かれた膝掛けを、彼女の肩に掛けた。

「会いたい…」

 うぅ、と声を漏らしながら園美は泣く。樹喜は為す術もなく、ただその横に立ち尽くす。

 ややあってから、彼女は小さく謝罪した。

「――ごめんね…急に…」

 樹喜は首を横に振る。

「私で良ければ…その、話を聞くことしか出来ませんが。幾らでも、吐き出して下さい」

 彼女は涙の中にようやく少し笑う。

「ありがとう…」

 樹喜は首を横に振る。四姉妹の長女。ずっと彼女の肩には、重圧が掛かっていたのだろう。涙と共に、それはこぼれ落ちて。彼女の肩はとても小さく見える。

 その後、樹喜の入れた梢茶を一口飲むと、園美は少し笑顔を見せた。

「好きな人に、ちゃんと好きって言えば良かったなあ…」

 樹喜は、どう答えて良いのか分からぬまま頷く。園美は笑った。

「言えなかったの…どうしても。莫迦みたいよね」

「――いえ」

「言ったところで…どうにもならないんだけれどね。つきあえるわけでも無いし…着いてきてもらえるわけもないし」

 ぽつりぽつりと、彼女は言葉を零す。樹喜は何度も頷きながら、彼女の落とした言葉を受けた。

「…樹喜は、舞ちゃんが好き?」

 え、と問い返すと園美は泣き出しそうな顔で笑った。

「…だよね」

 ふふ、と笑って、そのうち園美は目をこする。

 そのうち園美は目をこする。

「――また、明日にでもお話はお聞きしますので…そろそろ…」

「うん…」

 そう言いながら、彼女は長椅子に横たわった。

「お嬢様、寝所に――」

「やだ…ここで寝る…」

「園美様――」

「一緒に寝る?…ふふふ、なんちゃって…」

 そう笑って、園美は目を閉じる。そしてそのまま、すう、と息を吸い込んだ。樹喜は頭を掻いた。どうやら眠ってしまったらしい。

 どうしようか、とぐるりと辺りを見回すと、操舵室の入り口で笑いを堪えている恵琉と目があった。

「――恵琉様」

「困った姉さんね」

 何処か楽しげに言って、恵琉は園美の飲み残した梢茶を飲む。

「一緒に寝るの?」

 まさか、と樹喜は首を横に振った。ふうん、と恵琉は答えて、それから樹喜を見る。

「あなたが居てくれて良かった」

「…え?」

 唐突に呟かれた言葉に顔を上げる。使用人という立場を忘れ、まじまじと恵琉の顔を見てしまった。恵琉は笑んでいた顔を更にくしゃりと笑わせる。

「姉さんは…私達には絶対に弱みを見せないから」

「――そうでしょうか」

 そうよ、と恵琉は頷く。

「それが、姉っていうものよ。私だって…舞花や絢乃には泣き顔なんて見せない。――まあ、姉さんにも見せないけれど」

 樹喜は曖昧に頷いた。居てくれて良かった、という言葉に胸がじんわりと温かくなった。力が抜ける。

「ところで…さっきの話だけれど」

「はい」

「AGDから音が流れたって…」

「あぁ――…はい。そうです。履歴を見ましたが…特に何も映ってはいませんでした。けれど確かに…音が聞こえたのです」

 ふうん、と恵琉は天井を睨む。

「私達の会話ってことよね?」

 はい、と樹喜は頷いて簡潔に聞いた言葉を言う。それを聞いた恵琉は息を漏らした。

「針が出たことと言い…何だか不思議ね」

「えぇ…」

 それから恵琉は、樹喜を操舵室へと促した。

「――これはまだみんなに言わないで欲しいんだけれど…どうやら磁力の出元に近づいているみたいなの」

「出元ですか?」

 うん、と彼女は頷く。

「ただ不思議なのだけれど、磁力は増えていないの」

「…?」

「普通磁力っていうのは離れれば離れるほど弱くなるでしょう。逆に言えば近づけば近づくほど、強くなる。でも出元からの磁力は――ずっと変わらないの」

「…と、申しますと…」

「帝星や地球の――自然磁力に似ているわ。星からの人工磁力はね、船が近づくにつれてだんだん弱めていくの。強すぎるとかなりの速さも出てしまうし、激しく揺れてしまうからね」

「それと同じ現象が起きていると言うことですか?」

 恵琉は頷く。

「つまりは誰かが、この船を目標にして…引いているっていうことなのだと思うの」

「誰か…」

 樹喜の言葉に恵琉は笑う。

「――でね、引いている星が見えるのだけれど…ここ、分かる?」

 黒い空間に幾つか白い点が見える。恵琉の指さした所は、翡翠色をしているように見えた。

「――これですか」

「うん。地球と同じぐらいの大きさだと思うわ。まだ離れているから何とも言えないけれど…とりあえずはここに着きそうね。いまいち磁力の強さや速さが分からないけれど…まあ数日ぐらいかしら。後はここで、短期間にせよ生きていければいいんだけれど」

「酸素と…水と食料と…ということですか」

「それから温度もね。地熱がどの程度なのかも分からないし…。あとはやっぱり月油よね。それがあるとないじゃだいぶ違うわ」

 そうですね、と樹喜は頷く。月油さえあれば、全ての燃料が賄える。宇宙船にも多少は積んであるがそれでも心許ない。

「――さてと。着いたら忙しくなるわ。とりあえず寝ましょ。その前に、姉様を寝室に運ばないとね」

 そう言って、恵琉は袖を捲った。


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