新展開
【都内某所のマンション】
午後九時。小雨の降る夜。
今日も亜沙美とロミータは、それぞれ別々の部屋から配信を始めていた。
同じマンションで暮らしている二人だが、個人の活動を確立しつつ、時折コラボすることで価値を高めるという考えから、配信中は互いに干渉しない。
それが二人の間で自然と決まったルールになっている。
もっとも――。
「それじゃあ、今日はこの辺で。楽しかったよ♪アミーゴのみんな、また次の配信で会おうね~!」
※「またね~」
※「楽しかったっす」
※「明日もよろ」
※「面白かったよ」
亜沙美が配信を終えたのは、午後十一時を少し回った頃だった。
「ふぅ……今日も楽しかったなぁ♪」
コントローラーを置き椅子から立ち上がり、大きく伸びをする。
その時、テーブルに置いていたスマートフォンが震えた。
画面を見ると、ロミータからメッセージが届いている。
『ロミーはもう少しだけ続けるね。もうすぐ終わるから、先に休んでていいよ』
「はいはい、今夜も盛り上がってるねぇ」
亜沙美は小さく笑った。
ロミータは配信を始めると、どうにもサービス精神が旺盛になる。
予定では二時間の配信だったはずなのに、リスナーとの話が盛り上がると、ついつい時間を延ばしてしまう。
「まあ、いつものことか……半までには終わるだろうなぁ。何か作ってあげようかなぁ♪」
そう呟いた亜沙美は、キッチンへ向かった。
二人の夜食を作るためだ。
冷蔵庫を開けると、先日買っておいた食材が目に入った。
「今日はラーメンにしようかな。最近ハマってるみたいだし♪」
最近、ロミータが妙にラーメンを食べたがる。同期のイーグルに連れて行ってもらった、あるラーメン屋の味噌ラーメンが抜群に美味しかったと言っていた。
その影響なのか、亜沙美自身もすっかりラーメンを作ることに慣れてしまった。
鍋に湯を沸かし、麺を茹でる。
スープを用意し、チャーシューと卵、刻んだネギを乗せる。
やがて部屋の中に、食欲をそそる香りが広がっていった。
「うん。いい感じ♪ロミーも喜んでくれるかなぁ?」
時計を見る。
そろそろロミータも終わる頃だろう。
そう思った、その時だった。
「わお、いい匂い♪」
抱きっ!
突然、背後から腕を回された。
「お待たせ、亜沙美❤︎」
「ちょっと、ロミーったら♪」
配信を終えたばかりのロミータが、嬉しそうな笑顔で亜沙美に抱きついている。
「びっくりした?」
「びっくりするよ!いきなり後ろから抱きつかれたら!」
「だって、亜沙美がロミーの為にラーメン作ってくれてるんだもん♬」
「だからって……」
「嬉しいから、ぎゅーってしたくなっちゃうのよ♬」
「もう……次、料理中に抱きついてきたら、1ヶ月はキスしてあげないからねぇ?」
亜沙美は呆れたように言いながらも、口元には笑みが浮かんでいた。
「えっ!?ちょっとそれは困るわ。亜沙美ニウムを摂取出来なかったら、ロミー死んじゃうよ?」
ロミータはそのまま亜沙美の肩に顎を乗せる。
「分かってるよぉ♪ところで、今日も配信、楽しかったみたいだねぇ?」
「うん。すごく楽しかったよ。でもね――」
「でも?」
「亜沙美がまだ寝ないで、ラーメン作ってくれてた事がもっと嬉しいよ♬愛してるわ❤︎」
「もう……そういうこと、さらっと言うんだからぁ」
亜沙美の頬が少し赤くなる。
「本当のことよ?」
「分かってるよぉ///」
「亜沙美への愛は、マリアナ海溝よりも深いのよ(笑)」
ロミータは満足そうに笑った。
「はいはい。ほら、早く食べないと麺が伸びちゃうよぉ?」
「あっ!亜沙美、火を止めて!」
鍋が吹きこぼれそうになっていた。
「危ない危ない!」
「もう、ロミーが邪魔するからでしょ」
「ごめんごめん。でも、亜沙美の料理を一番最初に食べる権利はロミーにあるよね?」
「そんな権利、いつ決まったの?」
「アダムとイブが生まれた頃よ」
「どんだけ大昔からなのよぉ(笑)」
笑い声がキッチンに響く。
やがて二人はテーブルにつき、出来上がったラーメンを並んで食べ始めた。
「美味しかったわ♬」
「本当?……ロミーの為だけに研究したんだけど、好きになってくれた?」
「うん。好きになった!でも……亜沙美のことは前から大好きよ❤︎」
「……もう。相変わらずストレートなんだからぁ///」
亜沙美は恥ずかしそうに笑った。
「お腹が満たされたから、次は亜沙美を食べて別の欲も満たされたいわ❤︎」
「ロミー……」
亜沙美の手を取り浴室に向かう二人。浴室からは、亜沙美の幸せそうな喘ぎ声が漏れていた
その後、火照った身体で出てきた二人は、流れるように寝室に向かう。ずっと二人は触れ合っていた。
「ロミーの大切な亜沙美❤︎」
「愛してるわロミー❤︎」
同じベッドに入り重なる二人。互いの信頼と愛情を今夜も確認し合う。
そんないつものやり取りが、二人にとっては幸せな時間だった。
今後の配信を打ち合わせし、次のコラボに向けて話し合っていると……
「うぅ、もう眠いかも……」
「そろそろ寝ようか?」
一緒に食事をして、他愛のない話をして、笑い合う二人の日常は、未来永劫に続いて欲しいと願う二人だった。
【街のとある交差点】
翌朝。
季節は四月。
新しい生活が始まる季節だった。
昨夜、激しく愛しすぎたロミータは亜沙美を起こさずに、彼女の好きな飲み物とデザートを買うため一人でコンビニに向かっていた。
通りには、真新しい制服に身を包んだ学生たちが歩いている。
初々しい表情を浮かべながら友人と話す学生。
少し緊張した様子で学校へ向かう学生。
そんな姿を横目に見ながら、ロミータは歩いていた。
「新しい始まり……か」
ふと、昨日のことを思い出す。
配信前にチャットで、やり取りしていた半年先輩のイーグルから言われた言葉。
『もう、あんたたち結婚したら?』
「結婚か……」
ロミータは小さく呟いた。
亜沙美と一緒に暮らすようになって、一年以上経過している。
二人で食事をして、配信をして、笑って。そんな毎日が当たり前になっていた。
「私たちも……新しい始まりを迎えてもいいのかな?」
そんなことを考えながら歩いていた、その時だった。
「あ!危ない!」
誰かの叫び声が聞こえた。
「え?」
ロミータが顔を上げる。
交差点の信号は赤。
しかし、小さな子供が道路へ飛び出していた。
その先から、一台のトラックが近づいてくる。
「何やってんのっ!」
考えるより先に、ロミータの身体が動いていた。
子供へ向かって走る。
子供の身体を道路の外へ押し出す。
そして――。
バゴン!
大きな衝撃音が、街中に響き渡った。
【マンションのリビング】
時刻は十九時を過ぎた。
「……どうしたんだろ?遅いなぁ……」
亜沙美は時計を見つめていた。
ロミータが帰ってこない。
連絡もない。
昼過ぎに「コンビニ行ってくるわ」のメッセージを最後に、新しいメッセージは届いていない。
胸の奥に、嫌な予感が広がっていく。
その時、スマートフォンが鳴った。
「もしもし?」
『亜沙美……』
電話の向こうから聞こえたのは、オリビアの声だった。
「社長、どうしたんですか?」
『いい、落ち着いて聞いてね?』
「え?……はい」
『ロミータが……交通事故に遭いました』
「…………え?」
言葉の意味が理解できなかった。
『子供を助けようとして、トラックに轢かれて……』
「ロミーが……?」
『今、病院で治療を受けています。でも……かなり危険な状態らしいの』
「……う、嘘」
亜沙美の手から力が抜ける。
「嘘……ですよね?」
『亜沙美……』
「だって……昨日まで……」
昨日まで、笑っていた。
一緒にラーメンを食べていた。
いつもと同じように一緒に風呂に入り、過度なスキンシップを受け、同じベッドで眠っていた。
「……ロミー……」
亜沙美はその場に立ち尽くした。
【メルルとすもらの住むマンション】
その夜。
コンプリのメンバーたちは、都内の病院へ集まっていた。
誰もが不安な表情を浮かべている。
しかし、妊娠中のメルルだけは大事をとって病院へ行かず、自宅で待機していた。
「ロミータ……大丈夫かな……」
自宅のリビングで、メルルは落ち着かない様子でスマートフォンを握っていた。
何度確認しても、状況は変わらない。
その時――。
ピンポーン。
「……誰だろ?」
玄関のチャイムが鳴った。
同時にスマホにメッセージが届いた。
メルルは不思議に思いながら、スマートフォンを確認する。
そこには、茜からメッセージが届いていた。
『大事な用があるので出てください』
「茜ちゃん……?」
メルルは玄関へ向かった。
そして、ドアを開ける。
「こんばんは、メルルさん」
そこには、レインコートを着た茜が立っていた。外は大雨だった。
「茜ちゃん?こんな時間にどうしたの?」
「実は……」
茜が隣へ視線を向ける。
そこには、見知らぬ少女が立っていた。
灰色の長い髪。
海兵仕様の帽子。
どこか感情の読み取りにくい瞳。
メルルは少女を見つめる。
「この子は……?」
茜は静かに答えた。
「リオンさんから頼まれて来ました」
「……リオンさんから?」
メルルは驚いた表情で、少女を見つめた。
少女は何も言わず、ただ静かにメルルを見返していた。
その夜。
一人の少女が、新たな日常へ足を踏み入れた。
続く
⚠この作品は毎週水曜日と日曜日の6:50に投稿し続ける予定です。よろしくお願いします⚠




