EP 18
四本柱の結界と、血を流さない殲滅
太平洋の真っ只中。
朝日に照らされた海面を、白波を立てて急接近してくる複数の影があった。
「……国籍マークなし。民間軍事会社(PMC)の高速戦闘艇が六隻。さらに上空から、低空飛行で無人攻撃機の群れが接近中だよ」
『出雲』のCIC(戦闘指揮所)。
早乙女蘭が、棒付きキャンディを転がしながらメインスクリーンに光点を映し出した。
「大国の正規軍じゃない。……どこかの国が、裏金で雇った『猟犬』ですね」
美月が、冷静にモニターを分析する。
出雲が独立を宣言した直後。表立って手を出せば国際的な非難を浴びる大国(米・中・露)が、出雲の防衛力と覚悟を値踏みするために放った「鉄砲玉」だ。
「ナメられたもんじゃ。正規軍の空母を、野良犬どもが落とせると思うとるのか」
坂上真一が、忌々しそうに腕を組む。「各艦、近接防空火器(CIWS)起動。射程に入り次第、海の藻屑にしてやれ」
「お待ちになって、提督」
ティーカップを片手に、桜田リベラが優雅に歩みみ出た。
「独立国家としての最初の防衛戦。ただ撃ち落とすだけでは、相手の『大国』に私たちの底を見せることになりますわ。ここは一つ、血を流さずに彼らの心をへし折る『ご挨拶』と行きませんこと?」
「……ほう。オドレら(法と経済)の戦い方を見せろと?」
「ええ。野蛮な暴力は、最後の切り札に取っておくべきですわ」
リベラが微笑むと、隣のコンソールに座っていた力武義正が、赤マルの煙を吐き出しながらニヤリと笑った。
「金で動く猟犬なら、金を止めれば動けなくなる。……蘭、あいつらの通信回線に、俺とリベラの音声を乗せろ」
「了解。回線ジャック、完了」
海上を疾走するPMC部隊の指揮艇。
完全武装の傭兵隊長は、前方にそびえ立つ巨大な空母『出雲』を見据え、舌なめずりをした。
「国を持たない空母なんて、ただの巨大なATMだ。沈めて積荷を奪えば、一生遊んで暮らせるぞ! ドローン部隊、対艦ミサイルのロックオン急げ!」
だがその瞬間、指揮艇のコンソール画面が突如として暗転し、一枚の『警告書』が映し出された。
『――通告します。貴艦隊は現在、我が桜田財閥および独立自治領「出雲」の専管水域に不法侵入しています』
スピーカーから、優雅で冷徹な女の声が響く。
『民間軍事会社に対する国際規定・モントルー文書違反、および海賊行為として、たった今、貴方たちの国際傭兵ライセンスを「永久剥奪」する手続きを、ジュネーブの国際法廷に申請いたしました』
「なっ……!? 通信妨害だと? 構うな、突っ込め!」
隊長が怒鳴るが、今度は別の気怠そうな男の声(力武)が割り込んできた。
『ライセンス剥奪だけじゃねえよ。……おい、お前ら。雇い主(中国かロシアのダミー会社)から、今回の作戦報酬が振り込まれるはずのエスクロー(第三者預託)口座、確認してみろ』
「なんだと……?」
隊長が慌てて手元の暗号端末を開く。
そこには、信じられない数字が並んでいた。
【残高:$0.00】
『資金洗浄のルートが甘すぎるんだよ。お前らの報酬、俺が全部ハッキングして、アフリカの難民支援団体に寄付しといてやったぜ。……つまり、お前らは今、一円の得にもならない「タダ働き」で、最新鋭空母に喧嘩を売ってるってわけだ』
「ば、馬鹿な! 俺たちの裏口座の暗号が、たった数分で破られるはずが……ッ!」
傭兵たちはパニックに陥った。
命を懸ける理由(金)と、生きるための資格。彼らの存在意義が、たった数十秒の通信で完全に消し飛ばされたのだ。
『さらにプレゼントだ。空を見なよ、ワンちゃんたち』
三人目の声。無機質で、楽しそうな少女の声(蘭)。
『君たちの飛ばしてるドローン部隊の制御、私が書き換えちゃった。今のターゲット(標的)は、出雲じゃなくて……君たちの乗ってるそのボートだよ』
「は……?」
隊長が上空を見上げる。
出雲に向かっていたはずの数十機の攻撃ドローンが、一斉にUターンし、自分たちのボートにミサイルの照準を突きつけていた。
金は消え、法に守られず、自分たちの兵器に命を狙われる。
それは戦争ですらなかった。圧倒的な「国家の四本柱」による、一方的な蹂躙。
『――トドメじゃ。』
極限の恐怖に凍りつく傭兵たちの頭上を、凄まじい轟音が切り裂いた。
「ヒィッ……!!」
平上雪之丞の操るF-35Bが、海面スレスレを超低空・超音速で通過したのだ。
発生したソニックブーム(衝撃波)が戦闘艇の窓ガラスを粉々に吹き飛ばし、傭兵たちは鼓膜から血を流して甲板に這いつくばった。
「あー、マジでうるさい連中。落とす価値もないね。さっさと尻尾巻いて帰りな」
雪之丞の嘲笑が通信機から響く。
『……出雲より、所属不明部隊へ』
最後に響いたのは、凛とした、王の威厳に満ちた深野美月の声だった。
『私たちは、こちらから他国の血を流す気はありません。しかし、私たちの静かな「朝」を脅かす者には、法と、経済と、情報と、そして圧倒的な武力をもって、徹底的に報復します』
美月の声は、傭兵たちだけでなく、彼らをモニター越しに監視していた大国の上層部にも突き刺さっていた。
『命が惜しければ、直ちに回頭して立ち去りなさい』
「……て、撤退だァァァッ!! 全艦、今すぐ逃げろ!!」
隊長が血まみれの顔で絶叫した。
六隻の高速戦闘艇は、文字通り尻尾を巻いてUターンし、来た時以上の猛スピードで水平線の彼方へ逃げ去っていった。
ドローン部隊は、出雲の甲板に蘭の遠隔操作によって大人しく自動着陸し、そのまま「戦利品」として鹵獲された。
一発の弾丸も撃つことなく、完全なる勝利。
「……やりおったわ、オドレら」
CICでその顛末を見ていた坂上が、呆れたように、しかし最高に楽しそうに笑い声を上げた。
「法が相手の盾を割り、経済(力武)が武器を奪い、情報(蘭)が喉首に刃を突きつけ、武力(雪之丞)で心を折る。……なるほど、これが美月、おどれの創り上げた『新しい国』の戦い方か」
「はい。誰一人欠けても、成り立たない結界です」
美月は、モニターから振り返り、仲間たちに微笑んだ。
血を流さずに勝つ。
理想論ではなく、知性と計算と圧倒的な実力でそれを現実にする。それが、泥を被ったかぐや姫が見出した、新たな「月」の輝き方だった。
「これで当分、安い傭兵で私たちを試そうとする国はないでしょう。……いよいよ、世界が『本気』で私たちを潰しにきますね」
「上等だ。算盤の弾き甲斐がある」力武が笑う。
「国際法廷の準備は完璧ですわ」リベラが紅茶をすする。
出雲艦隊という最強の『独立国家』は、四本の強靭な柱に支えられ、ついに世界覇権の盤面へと正式にその駒を進めた。
一方、その頃。
東京・永田町の執務室。
「……全滅、ですか。いえ、正確には『戦意喪失』ですね」
狗飼潤は、タブレット端末に表示された傭兵部隊の惨状を見て、忌々しそうに眼鏡を押し上げた。
「大国が放った試金石を、一滴の血も流さずに叩き返した。……先生。彼らはもう、私たちの手に負えるレベルを超えています」
若林幸隆は、ソファに深く腰掛け、目を閉じていた。
「……狗飼。ワシの教え子(美月)は、完璧な『国』を創り上げおったわ。武力、法、経済、情報。すべてが最高水準で噛み合うとる。……だがな」
若林がカッと目を見開く。その瞳には、老獪な政治家のそれではなく、純粋な闘争に歓喜する野獣の光が宿っていた。
「国というものは、外からの敵には強いが……『内側』からの毒には弱いもんじゃ」
若林は、ゆっくりと立ち上がり、不敵な笑みを浮かべた。
「そろそろ、あの『狂犬の息子(信長)』が目を覚ます頃じゃろう。……面白くなってきたわい」
傷つき、出雲に合流した陸の猛者、坂上信長。
彼が持ち込んだ「何か」が、無敵を誇る出雲の結界に、予期せぬ波紋を呼ぼうとしていた。




