酒抜きのダンジョン深層(3)
皆の目が、いちばん遠くでひとりバサバサとカードを繰っていたリューンに集まる。
最初に〝神〟の目に止まったのは、彼女か。
〝神〟とは本当に我らが思う神なのか、理性は疑問を感じるが、理屈抜きの本能の部分ではそれをすでに信じている。皆が、固唾をのんで見守る。
「あたくし? …あたしは、あたしをこの世界に呼んだヤツをビンタしてやりたいとは、ずっと思ってたのだけれども?」
『ならば、そうするがいい。報酬だと思え。期待に沿う反応はできないだろうが 』
なおもバサバサとカードを繰っていたリューンだが、すぐに覚悟を決めたようで自分が歯を食いしばりながら、神の近くまで歩み寄って、ヨランタと同じ顔のその頬にビビビンと平手打ちをかます。
イザベッラは反射的に腰を浮かして、止めよう…までは動けたものの、光る目線を送られて、その先が進まない。〝神〟はビビビと頬を打たれながら小揺るぎもせず、さらに口を開く。
『樹の実人アキベエル、望むものはあるか 』
「いえ、我は珍しきものを目にでき、満足にて。」
『ならばこの先もヨランダバアルに侍るがよかろう 』
「はッ!」
『ユリアン、レナータ、ジグムント、ツェザリ。普通にしておれ。』
アポスタータの4人は黙って最敬礼を捧げる。駆け出しの頃は知らず、今の彼らは従騎士の立場で〝ゴール〟でも満足できる普通の冒険者だ。いろいろ都合が重なってここまで連れてこられてデーモンスレイヤーでドラゴンスレイヤーになったが、己の普通な身の程は知っていたし思い知らされた。この先も普通に過ごせるお墨付きをまさか神様からいただいたとすれば、望外なことだろう。
『アリーシア。そなたはヨランダバアルの使徒ゆえ、მე როგორც ღმერთიからは何も無い。そこなヨランタに願いを言えばよかろう。』
「…あ、その、お姉ちゃん。…バアル様、マルティネを、返して…」
まァー、なんて言い草。私が奪ったみたいに言わないでよ。マーチンに新しいの買ってもらいな。なんなら、もっと大きくて立派なの。…あー、もう、泣くな。アリーが守りきれなかったのが悪い。
「ひどい、それは酷い! ヨル、それはない!」
急にリューンがいちゃもんを付けてきた。ヨル、はヨランタの愛称でヨラ、ヨリ、ヨルカとか種類があるけどニホン語でヨルは夜の意味があるとかで彼女は最近好んでその名で私を呼んでくる。いいけど、ちょっと含むところがあるみたいでモニョっとする。
でも、そこまで言われたら後に引けない。アリー、もし失敗したら仇討ちに来なさい。
「わかったから。アリー、なるべく灰とか炭とか、上着とか出しなさい。顔と手もそれで拭うから。涙も触媒になるはず。あと、呼び込み明王ちゃん。これを核にしよう。
…心より生まれて灰に帰りし者、再びこの世に戻れ。აღდგომა!……姿は変わっちゃったけど、中身はマルティネになったはず。後でボディを見繕ってなんとかしようね。」
「ちぇー。ババアはダメだな、アリス、これからもヨロシクな!」
「マルティネ、なの?…マルティネ! 良かった!……お姉ちゃん、ありがとう!マルティネもお礼言いなさい?」
「けぇー! ババ…ヨランタ、礼を言うぜ!」
「ねぇアリー、そいつのそのキャラクター、誰?」
「だれ、ってわけでは…」
「コイツの口の悪さは、アナタのホンネ?」
「べつに、そうじゃ…」
『ゴホン。で。我がცხვარიイザベッラ。汝は何を望む 』
「は……ははッ、神よ! …私は、ただ神の忠実な下僕であるのみ。名をお呼び頂けただけで、この上なく……余人はともあれ、私にはそれだけで望み叶いましてございます!」
『そうか。そなたこそ信徒の範であるべき英傑であることよ。以後も励め 』
「は、はッ!…… あ、畏れ多きことながら、」
『ん?』
「その、今のお姿以外で拝顔いたしたく…」
『遅いわ。次の機会もあろう 』
「ははッ!」
*
ドラゴンを倒したら急に神様が出てきて、私とタイちゃん以外のメンバーの願い事を聞いて回ってきた。と、いうことはダンジョンはここまで? まだ先があるみたいなことは最初に言ってたけれど?
『ヨランタよ 』
「ハイ来たっ!、じゃなくて、はいっ!」
『先にたどり着いた人間の勇者・リュメイは、前世の少女の無念を晴らすために自ら世界の歪みとなって消えた 』
「は?」
『その少女こそ、イチノヘ=ユメ。彼女のあらゆる可能性と幸福を願った勇者の祈りによって、それだけの数のイチノヘ=ユメが将来の幸福を確約されてこの世に現れた 』
さっきから今まで神を名乗る私の似姿をずっと憎々しげにペチペチ叩きつづけていたリューンも我に返る。言われたことが正しいなら、今までわりと不幸だった彼女もこれからの幸福が約束されているということ。……そこでアキちゃんに熱視線をそそがれても、それかどうかはわからないけど。
で、神様、だいたい言いたそうなことはわかる気もするけど続きは?
『ヨランタは、この先で新たな日本への門を得たいと思っているようだ。そして、ヨランタ自身が日本への門になることは可能だ。ちょうど、そのアキベエルの連れ合いのハルヒコが得ていた門のように。』
「待って私が門になってもしょうがない」
「ハルヒコ! ハルヒコのことをもっと教えてください!」
『あの門はずっと未来の勇者がそうなったものが紆余曲折を経て過去に出現したものだ。オサベ=ハルヒコは、偶然にそれの使用者になったに過ぎない。』
「つまり、神様は簡単に門をプレゼントしてくれる気はないってわけね。タイちゃん、私たちだけでも先へ行こう! この神様じゃダメだ!」
〚 お、ヒトちゃん、やる気だね! 〛
「ヨランタ、お前…」
つまり〝指〟と呼ばれるダンジョンは、ここまで。この先は、その言い方ならば指の中から手のひらの中に踏み込んでいく本格的な異界。そこは、人が人でいられなくなるような、いわゆる〝この世〟の範疇に収まらない領域になっていくらしい。
何ができるか、何が起こるか、行ってみないことには、事前には神様だってわからないらしい。面白いじゃないか。
でも、さすがにそこまではみんなを巻き込めない。ダンジョン、は、制覇した。これは神様のお墨付き。ならば、みんなはここで帰って栄光に包まれて暮らしていけばいい。私は、ここまで来て、敵の言葉を、嘘がないにせよ、真に受けて退くなんてできない――。
*
一瞬、目がくらんだ感覚。やがて、彼らは自分たちがダンジョンの入口に戻っていることに気づいた。財宝とドラゴン2体の遺骸が小山をなす、その上に8人が立っている。生還できたのだ。
広い空が前途の広大さを祝福するかのように広がり、まだまだ冷たい風が頬を打って火照りを冷ます。日は西に傾き、赤々とした光を放っている。その光は街を黄金色に染めて、いる、だろう……? なんということだ、街が、滅びている。
さっきまで見慣れていたような瓦礫、廃墟。それがどこまでも広がっている。大聖堂も半壊、ただ魔塔だけがどこまでも変わらずに天を衝いている。
呆然とするイザベッラ、ユリアン、レナータ、ジグムント、ツェザリ、アキベエル、リューン、アリーシア、(マルティネ)。次に気づく、ヨランタとタイタンがいない。
どこに消えた? ヨランタひとりならドラゴンの隙間にでも金貨の中にでも埋もれているかもしれない。アポスタータの4人は慌てて確認するが、タイタンまでも姿がない。
タイタンは別格だ、まだ神の相手をしているのかも、あるいは別のルートで帰ったのかもしれない。とすると、ヨランタも一緒か?
探しに戻ろう、とは誰も言わない。どう考えても無理だ。かといって見捨てるのはあまりに不義理。皆が難しい表情を見合わせている間にも、そこかしこから叫び、歓声、人影が、沸き起こる、集まる。街は瓦礫になっている。しかし人々は生き延びていたのだ!
…ダンジョンを攻略している間、地上では地震が起きていたらしい。
この国では大地が揺れることははるか昔の伝説に語られて以来。そうでなくても急ごしらえのこの街のこと、またたく間にすべてが崩れ果てた。それが終わったところで、財宝と退治された巨竜、それに冒険者たちが出現。これは、どう見られるだろうか? あるいは、地震の元凶のように見られるかも? こちらにも、群衆にも戸惑いがある。
ここで、先んじて一歩踏み出したのがイザベッラ。
「聞け! 聖堂騎士イザベッラである!昨今、世を騒がせた予言の悪竜は我らが退治した! この財宝と竜の死骸は街の復興に使われる! 神の恩寵を讃えよ!
(…ということだから、悪いな。リューン、アキベエル殿、すまないがポケット一杯ぶんの分け前でこらえてほしい。4人は聖堂からも報酬が出るだろうから、いいだろ? アリス姫には…子供にはまだ早い。…私には必要ないものだ。)」
〝三ツ首狂狼〟の異名がこういうときにはスパリと効く。たちまちのうちに地は歓呼に満ち、夜を徹しての竜の解体保存、宝物の仕分け・運搬、聖堂からの人手の援軍と調査報告など忙しく始まる。アリーシアも、地震の負傷者の回復に駆り出されて〝突如現れた奇跡の聖女〟として鮮烈なデビューを飾る。
イザベッラはこの場で退職無効を宣告されるも、もともと退職してまでやりたかったことを叶えてしまったので、さしたる異存はない。
アポスタータの4人は出世の内定が出たものの、街が落ち着いてから、となるのは当然の話。なお、ユリアンの嫁とレナータの恋人は軽傷だけだったので問題なく再会の熱い抱擁を交わした。
さて、行方の知れなくなったヨランタ。なんと、無事だったマーチンの店にちゃっかり戻っていたのでした。




