何をされたというのか
-- 前回までの『スナッキーな夜にしてくれ』 --
髭マスの助言に従い、『大料理ゆうこ』の扉を開いた常松。
入店するのに、妙な合言葉が必要であったり、コールアンドレスポンスを決めなければならないといったような面倒なことはなく、意外にも難なく店の中に入ることが出来た。
正直なところ、ドリフターズの荒井◯さん(※注1)の往年のギャグ『This is a pen!(※注2)』 くらいの合言葉をかましてやるつもりで身構えていた常松は、拍子抜けする気持ちを抑えつつ入店すると、店内を物色するかのように見渡すが、店員の姿が見つからない。
しかし、焦る常松を他所に、ほどなくして店の奥からこの店の主人であるゆうこママが登場した。
役者が揃って、いよいよこの異世界飲み屋ビルの冒険は終盤へと向かう・・・のかもしれない。
ーー 後半戦、行ってみよぉーーう!! ーー
(※注1)
あのドリフの初期メンバーであるが、この小説サイトの読者の大半は知らない・・・と思われる。
昭和の時代は、荒井という苗字の子供たちは高確率であだ名が『チュウ』になってしまうという現象が全国各地で見られたが、それほど知名度が高かった。
同じような事象に、高木という苗字の場合は非常に高い確率であだ名が『ブー』になるという同様の現象が日本全国で同時多発した。
ネットのない時代にこのような怪奇現象が何故巻き起こったのであろうか?
その謎は現在も解き明かされていない・・・こともないか。
(※注2) 知らない方はWikipediaへGO!
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ここ異世界飲み屋ビルに並ぶ何軒かの飲み屋。常松は、その三軒目に突入した。
先に入った二軒のように入店するための妙なルールなどもなく、少々拍子抜けしたが、次元パトロールが外を徘徊していることを考えれば、難なく入店できたのは大助かりである。
ということで、ちょいと一杯のつもりが、いつの間にやらハシゴ酒状態を地で行っていることに気がついているのか、いないのか?
ついでに次元パトロールに追われる危機感的なものが欠落しているのか?
無駄に酒が強い常松にとっては三軒程度のハシゴは当たり前の常識だと豪語するかのように『大料理ゆうこ』のカウンターに腰を下ろした。
髭マスGAGAからの助言を受けたこともあって、どことなく安心しつつも、何故かそれとは裏腹に不安な気持ちが芽生え始めていた。
この店は安全地帯だと思っていたのだが、意表をついたゆうこママの先制攻撃によって、悶々としまくった変質者呼ばわりの屈辱を受けた常松のダメージは想像以上のものがあり、急激にHPを削ったからであった。しかも、そんな心労の激しい状態だというのに気が抜けない状態なのだ。
(やはり、このママも相当の強者だぞ。これ以上気を抜いたら、変質者呼ばわりどころか、性犯罪者扱いとかされて次元パトロールに突き出されかねないぞ)
常松はグッと背筋を伸ばして気合を入れた。
ゆうこママがおしぼりを差し出してお約束の挨拶をする。
「それでは改めまして・・・・・私がこの店のママのゆうこです。よろしくお願いしますねぇ」
「あっ、俺は常松といいます。こちらこそ、よろしくです」本日三回目の自己紹介を済ませる。
考えてみれば、一日で初めて入る店を三件もハシゴするなんてことは稀である。しかもソロで三件連続という体験は初めてのことだった。
(こんな体験は初めてだぞ! まさに初体験だな・・・そういえば俺の初体験っていつだったかなぁ・・・)
先の髭マスとの攻防で疲れ果てたせいなのか、三軒目とはいえ初めて入った店のママとの一対一のサシ状態による緊張のせいなのか、というより恐らくは短絡思考がなせる技なのであるが、常松は封印していたどうでも良い若かりし頃の恥部を思い出そうとしてしまう。
(なんか、甘酸っぱい青春というより、開放感いっぱいの夏休みの出来事だったよな・・・・・あっ、なんか場所間違えて、怒られて平謝りしたような・・・・・やっぱり封印しておくべきだな)
常松のどうでも良い記憶の扉がこじ開けられそうになったその時、心の中の何かが『呼び覚ますべきではない』と強く告げているような気がした。それは、思い出してはいけない恥ずかしい過去であることを改めて悟った常松であった。
記憶を巻き戻しすぎたことで、意識さえも幽体離脱したように遠くへ離れてしまった常松の思考を呼び戻す声が聞こえる。
「常松さ〜ん、どこまで行っちゃったんですかあー!? 何をお飲みになりますかぁ〜? それともお眠ですかぁ? もう、お帰りになりますかぁ?」ママの声だ。
「ーーー!! うおっっとー! いえ、違うんですよ! 眠たいのではなくて、少々昔のことを思い出していたというか、考え事をしてしまいましてぇ」
「あら、良かったわあ、せっかくいらしてくれたのに、もうお帰りになるのかと思っちゃったわぁ・・・で、何をお飲みになられるの?」
「では、ウイスキーをお願いします」
(危ない、危ない、俺は一体、何を考えていたんだ。もう少しで叩き出されるところだぞ。気を抜くな、俺! しっかりと状況を見極めるのだ京太郎!! ※注3)
※注3:注をたてるほどでもないが、常松のファーストネーム
「銘柄はどうします? 今うちにあるのは“カク”か“浜崎”、あとはジャックもあるわよ。とりあえず、ショットにしておきますか?」
常松は背筋を伸ばしたまま、両手で自分の頬を軽く叩きながら口を開いた。
「いや、ボトルキープしますよ! ジャック一本よろしくです」
「“マッチ一本”みたいな言い回しねえ、無理なさらなくて良いんですよ。初めていらっしゃったのだから取り敢えず一杯という感じで様子見した方が良いんじゃありません?」
「そんな、お試しみたいなのはダサいっすよ! この店に来たのは俺の勝手なことで、一見さん状態の俺を気持ちよく迎え入れてくれたんですから、ボトルキープするのが流儀ってものですよ!」
常松はまんざらでもないような、それでいてママに好印象を得るのに申し分のない気持ちを伝えた。カッコもつけてみたのであるが。
「あらぁ〜、嬉しいことを言ってくれますねぇ。じゃあ、とにかくボトルを開けちゃいますよ。飲み方は、どうします?」
「そうですね。さっき、強い酒ばかり飲んでしまったので、ソーダ割りにしてもらえますか」
「ソーダ割りですね、わかりました」
ゆうこママはグラスに氷を入れ、栓を開けたばかりのウイスキーを注ぐ。最後にソーダを注いで常松の前に差し出した。
常松は、そいつを一口飲んでから、いつもの台詞を口にする。
「ママも一杯いかがですか? ウイスキー苦手でしたらお好きなものを・・・」
「じゃあ遠慮なく、私もこれを一杯いただきますわ」
二つ目のウイスキーソーダ割りを作るゆうこママを見ながら常松は考える。
(ママのテンションが穏やかになったぞ。ここらで髭マスに言われていたことを切り出すべきかな・・・とはいえ、いきなり妙な話を切り出すのもなあ、もう少しだけ様子を見ようかな)
ゆうこママがウイスキーグラスを片手に持って常松の顔を見る。
「お待たせしました。 常松さん、乾杯しましょう!」
常松とお約束のような軽い乾杯を済ませたゆうこママは、そのままグーっとグラスの半分くらいを口の中に流し込んだ。
「あ〜、美味しいわあ! 私、ジャックのソーダ割りが大好きなのよ」
「そうなんですかあ、それは良かった。ジャックを選んだのは正解でしたね」
「そうねえ、こんな遅い時間に入ってくるなんてロクでもない客かと思ったけど、常松さんって良い趣味してそうだし、お酒の好みも合いそうだから逆に良かったわぁ」
(こわっ! ロクでもない客って、ストレート過ぎるなあ・・・)
「いやあ、ホント、こんな遅い時間に来てしまって申し訳ないです。でも、他に行くあてもなかったものですから・・・」
「ところで、この店は初めてでしょう? どなたかの紹介でいらしたの?」
「あっ、ええっとぉ・・・そう、そうなんですよ、紹介されたんですよね」
まさかの先制攻撃的な質問に、なんとも歯切れの悪い回答になってしまう。
「紹介してくれたのって、どなたですかぁ?」屈託なく追求するゆうこママ。
「いやあ、実はそこのBARのマスターに紹介されましてぇぇ・・・」
「BARって、うちの前の? っていうか、あのヒゲの?」
「ええ、そうです、そうです! あのヒゲの、です」
(ヒゲって呼ばれてるし・・・)
「あらぁ、GAGAちゃんねえ! そうなんだぁ、GAGAちゃんがうちを紹介してくれたのねえ・・・あっ、じゃあ、GAGAちゃんところで結構飲んできたんじゃあないのぉ、飲まされちゃったりとか、脱がされちゃったりとかぁ、いろんなことされちゃったりしたのかしらあ、うふふふ」
(・・・うふふふ、じゃあねえだろ! いろんなことされちゃったりって、どういう意味なんだっつうの・・・まあ確かにいろいろと大変ではあったけど・・・)
髭マスの色々な表情や姿が頭の中に浮かび上がるが、頭を振って脳裏の映像を消し去った。
「いやあ、まあ結構いろんな種類のお酒を飲んできましたけどぉ、脱がされたりはしていませんよぉ、ホントに!」
「良いのよぉ、そんなにお酒オンリーだぞ的な力説はしなくてもぉ、大体わかってますからぁ〜」
ママが何故か、妙に優しげな表情でウンウンと頷いてみせる。
(おいおい、その言い回しは絶対にわかってないだろう! っていうか、その頷きは何なんだ? 何に頷いてるんだよー!)
常松は完全に誤解されていることを悟ったが、同時にこういう人の誤解を解くのは超絶に面倒臭いということも理解しているつもりである。
「あのGAGAちゃんが・・・ねえ・・・」
(くっそう、なんか嫌だなあ、勘違いしまくりじゃねえかよ・・・でも面倒臭いから、もうこのままでも良いかなぁ・・・)
常松がそう観念しようかと思ったその時、ゆうこママの波状攻撃が右舷前方から迫る。
「そうよね! で、ヒゲじゃあなくてGAGAちゃんに何かされたのよね! 一体何をされたのかしらぁ?」
「いやいや、ですから、そんな変なことは何もされていないんですって! 大体、今日初めてお会いしたんですよお、普通にお酒を飲んで、話をしたくらいですから・・・」
常松は必死になって否定しまくるが、それを黙って聞いているゆうこママの表情が少しずつ怪訝そうな表情に変わってゆく。
そして、ついに少し強い口調で常松の否定の台詞を遮る。
「ちょっと待って!」
「ーーーーー!!」
(えっ!? 何だ、この人、なんか怒っているのか? 意味がわかんねえぞ)
「ねえ常松さん、何を言っているのかしら。だったら、ここへ何をしに来たの? ただの冷やかしってことかしら?」
「えっ!? いや・・・その、何が・・・」
一瞬、狼狽えるが、なんとか自分の置かれた状況をしっかり認識する常松だが、ゆうこママが何に怒り心頭になっているのかが全く理解できていない。
(やっぱり、この人怒ってるぞ! 何で俺が怒られなきゃあならないんだよ。っていうか、髭マスと何かをしたことにしないとダメってことなのかあーー!? 頼むぜ俺、何とかトンチを利かせないとだぞ・・・)
常松は無意識に、両手の人差し指を舐めると、その指を頭につけてクルクルさせてみた。