私はどう書けば良かったのでしょうか?!
しかし改めてその時代ワープの視点から彼女を見れば不思議なことが二、三あった。木々の生茂った公園とは云っても樹間からは行き交う車の姿が容易に覗かれ、その騒音もあった。ゴッドファーザーの旋律を一杯に鳴らした族の車両も先程一台通ったし、大きなバスも通ればトラックも通る。にも拘らず彼女に驚く素振りは全くない。第一気付いてさえいないようだ。更に言わずもがな、まだ煌煌と明かりのついた街のネオンやビル群なども全く意に介さないでいる。明治からワープした人ならこれはあり得ないはずだ。してみると彼女の耳目には私とその周辺しか写っていないことになる。わずかに周囲十五、六メーターの結界にいるがごとしである。‘プータロー’とは言え最前より私は彼女に温かい缶コーヒーか何かを買って差し上げたくて仕方ないのだが、一旦この結界を出てしまえば彼女が消えていなくなりそうで果たせそうもなかった。今の奇跡を惜しめばこそこの出会いのゆえを探る他はない。
「本郷に帰るには…」と云いかけて私は口を噤んだ。つまらぬこと(だろうか、彼女にとっては切実だが)を云って時間を失いたくなかった、共有をこそ私は改めて願いつつその為のキーワードを口にする。「いや、その…あなたの‘うもれ木’の事です。とても感動しましたが、しかしどうでしょうか、現実にお媟のような女性がいるでしょうか?男性から見れば彼女のような女性は理想的です。又世間の規範からしてもそうでしょう。すれば失礼ですが、あなたは果してその理想の立場からこれをお書きになってはいませんか?あなたが本当に立脚するのもからではなく、です」一葉の眼が変わった。私の感想が意外だったのかあるいは何かしら彼女の心の琴線に触れでもしたのか、文字通り膝を詰める勢いで彼女はこう聞いてきた。
「ほう、そのような感想を頂くのは始めてです。それでは伺いますがあなたの仰る私の本来の立場とはどういうものですか?私はどう書けば良かったのでしょうか?」邂逅の当初のごとき挑むような、突っかかるような調子に戻っている。私はあなたの敵ではないと指摘して茶を濁すなどいまさら出来そうにもなかった。言葉を選びながら私は慎重に返事をする。一葉の日記(塵中日記)からして今日明治二十七年二月某日という日がどういう日であったかを私は思い出していた。件の久佐賀大先生と彼女との経緯をはっきりと思い出したのだ。今すべてを知る未来の輩とは云え私はそこからものを云っていいものだろうか?神でさえしはすまい。すれば私は柄にもなく年長者の、否、能うなら彼女の亡き父上のごとき慈しみなどを装って、唯々彼女の感情の吐け口になる他はない。しかし文字通りそんな器量など私にはなかった、何せ童貞のごとき異性との交流のなさだ、したがって私の声はふるえていた(もっとも気迫に押されもしたのだが)。
「わ、わかりません、何となくそういう気がしたのです。気に障られたのなら、ど、どうか許してください」といったんここで切って彼女の気を静めようとした。まったく天才に対して下手な感想など述べないことだ。かしこぶった当推量の類がどれほど相手の気を荒げるものなのか、想像もつかなかったがこれでいい薬になった。ここはもはや自分の口を封印してひたすら彼女の言を受けるに如かずである。事実私は彼女のすべてを受けたかったのだ。胸の奥まですべてを、洗いざらい。その果てにこそ一葉と通じ合うものがあるのに違いない。




