実地訓練 −1−
時刻は午後の一時に差し掛かろうとしている。
準備をすませたディーノはカルロと共に集合場所で、アンジェラの到着を待っていた。
ディーノは愛用の剣を腰に下げている。
自分にとっては当たり前なのだが、クラスメイトたちからの異様なものを見る視線を感じていた。
「そいつがディーノのアルマかい?」
カルロが軽い調子で聞いてくるが、会ってまだ半日も経っていないというのに、この馴れ馴れしさはなんだと言いたくなる。
「さぁな。忘れっぽいやつに何言っても無駄だ」
そんな苛立ちもあってか、わざとらしく目をそらして突き放す。
「冗談だよ。そんなゴツイの振り回せるのは、宿してるやつの力かな?」
カルロは声のトーンを落としながら、笑みを崩さずに聞いてきた。
その問いに表情が固まる。
「お前、わかるのか?」
「さぁねぇ♪ 無愛想なヤツに何言っても無駄なんじゃない?」
おちょくるように先ほどの問答を真似てくるカルロに、ディーノの苛立ちはさらに深まる。
「みんな、集まった?」
それをよそにアンジェラが姿を見せ、人数確認のために点呼を取り始めた。
二十人全員の名前を呼び終えると、出発の合図をしてクラス全員を先導し、なぜか正門や裏門ではなく、校舎より奥へと向かいだした。
どういうことかはわからないが、ひとまずディーノもついていく。
「学園の外へ行くんじゃないのか?」
「おー、その反応を待ってたよ♪ まぁ見たほうが早いよ」
カルロに聞いても返答らしい返答は返ってこない。
しかし、予想はしていたと言うことならば、ここから外へ出る方法が別にあるということは推察できる。
少しばかり歩いたところに、石造りで四本の柱に支えられた丸い屋根、ほこらを思わせるような形の建造物にたどり着いた。
柱の内側に四つの大きな宝珠が埋め込まれ、中に入れそうなのは五人前後ほどの広さだ。
「じゃあみんなに、今日の課題を伝えるよ? 今回は王都の北にある"チャレの森"で魔獣ルーポラーレの退治をしてもらいます。ディーノ君が来てちょうど二十人になったから、四人で五組作ってね」
アンジェラの指示に従って、クラスメイトたちは各々で仲のいいもの同士が組み始める。
(一人で充分だろこんなもん)
ディーノは億劫な表情を隠しもせず、アンジェラに食ってかかろうとしたが……。
「あの、もしよろしければ、ご一緒しませんか?」
アウローラがそれを遮るように声をかけてきた。
「なんでいちいち俺に構う?」
「そ、それは……そう! 委員長ですから! ディーノさんも編入してきたばかりだし」
取り繕うアウローラだが、カルロとは別の意味で行動の趣旨が理解できない。
こっちがどれだけ邪険にしても、少しも態度を変えない様は、不気味さすらも感じられる。
「ちょうどいいんじゃないのー? さっきご飯食べた時四人だったわけなんだから」
シエルがアウローラに加勢するように声をかけてくる。
「こりゃ観念するしかないんじゃない? アウローラちゃんとシエルちゃんなら、僕は願ったり叶ったりだよ」
ディーノは心の中でため息をついた。
半ば強引に引き入れようとするのは気に食わないが、一番時間を食わないのはこの三人の提案に乗ることだったのだから。
「グループは決まったみたいね。みんな準備はいい?」
アンジェラが声をかけると、ディーノ以外の全員が制服のポケットから銀色のカードを取り出す。
先ほどの授業で実演して見せたように、それぞれのアルマを出すと言うことは、ディーノも想像がついた。
『出でよ、我がアルマ』
一斉に掛け声が上がり、全員の制服が光を放ち、みるみるうちに戦闘に向いた服装へと変化して行った。
ある者はゆったりとした魔術士らしいローブ姿に、またある者は全身を覆う強固な鎧に、ディーノのそばにいた三人も例外ではなかった。
アウローラは彼女の背丈ほどある三つ又《また》の槍が現れ、青と白を基調にした一見学生服と変わりなく見える服の上に、頭には両端に翼をあしらった髪飾り、胸から上、腰回りを覆う鎧に、両手と両足を小手と具足で固めた武装だった。
だが、騎士甲冑と言うには、どうにも中途半端な印象を受ける。
胴を貫かれれば致命傷は必至だろうし、ミニスカートはそのままで、頭にかぶっているのは兜 と言うには貧弱すぎて防具とはとても言えない。
まるで、子供向けの童話や演劇の登場人物を、そのまま現実に持ってきた風だとディーノは思った。
シエルは白いシャツの上にオレンジ色のベスト、厚手の青いホットパンツはデニム生地を思わせる裾の部分が破けたようなデザインで、膝と肘はサポーターにロングブーツ、頭にはテンガロンハット、手に持った短杖が辛うじて魔術士らしさを残すものの、クラスの中では一際異彩を放つ衣装だ。
ディーノも書物で読んだ記憶しかないが、はるか西の大陸に住む開拓者がこう言う服を着ているらしい。
そして、カルロの服は赤いジャケットが目立つ以外は、スボンも制服のものより厚手、足にはしっかりとしたブーツをはいている、アウローラやシエルに比べればまだ実戦的なスタイルと言えた。
その腰には刀身の短い片刃のショートソードが二振り腰に差してある。
「さて、ディーノ君もやってみようか?」
アンジェラは笑顔で歩み寄って促すが、ディーノは眉間にシワを寄せた怪訝な表情のままだ。
「俺は、アルマなんか持ってない」
「わかってる。でも宝石はあるでしょ? この制服はアルマじゃなくて、宝石と術者のマナで変化させられるの。ディーノ君のレベルなら問題ないわ。自分のイメージを固めて意識を集中するだけ、基本は魔術を使うのと一緒だから」
彼女の言葉を疑いながらも、ディーノは目を閉じて言われた通りに試してみる。
自分が望む戦うための姿、師との修行中、そしてこの学園へたどり着くまでの道程と日常的に着慣れていたものを連想させる。
すると、制服は紫色の光を放ちながら変化していく、次にディーノが目を見開いた時、身にまとっていたのは黒の旅装束と草色のマントだった。
だが、いつも着ていたものよりも、体にしっくりとなじむ感じがする。
「この制服は生地にマナを込めることで、魔術士の防具としての役割を果たしているの。私たちは”魔衣”って呼んでる」
「使い手のマナ次第で、下手な鎧より頑丈な防具になるわけか」
「察しがいいね。それじゃあ先生は先に行って安全確認をしてくるから」
アンジェラは説明を終えると、一人でほこらの中に入り、青い光に包まれて姿を消した。
『転移の門……。驚いたな、まだ現存しているものがあろうとは』
ヴォルゴーレはこのほこらの正体を知っているらしい。
いわく、古代ロンドゴミア帝国の時代に作られた移動手段で、ヴォルゴーレたちの言語を図式で現した陣で複数の宝石を共鳴させ、宝石を設置した場所同士の移動を可能にするものらしい。
しかし、帝国の崩壊後に技術が失われ、現在は新たに作り出すことは不可能。
保存状態が良かったものを修復しての再利用が関の山だと付け加えた。
(ご講義どうも、生き字引のじいさん)
『くっくっ……、一つ賢くなったな不肖の孫よ』
頭の中で皮肉をぶつけ合っているうちに、アンジェラが戻って安全を伝えると、グループごとに門の中に入り始め、やがて自分たちの番がやってくる。
四人で門の中に入ると、それを感知したように宝石が光り始め、自分の体が透け始めた。
その光の中に取り込まれていくようで、気が遠くなりそうになる。
はるか天空へ向かって、落ちるくらいの速さで引っ張られていく感覚に、ディーノは一瞬意識を失った。
「……ノさん。ディーノさん」
かすかに自分を呼ぶ声が聞こえる。
その声に耳をかたむけ、目を開くとそこは学園ではなく、見知らぬ森の中だった。
隣には、アウローラが心配げな表情でディーノに声をかけてきていた。
「……大丈夫だ」
「だいたいみんな最初はこうなるよねー♪」
茶々を入れるシエルを無視して、自分の今いる場所を確認する。
学園側と同じような石で作られ、四方を囲うように宝石が埋め込まれ、魔術の陣が彫り込まれた円形の床、向こうとの違いは柱と屋根がないことか。
『やはり、あの学園が中心のようだな』
ヴォルゴーレの言葉から察するに、これと同じように学園とつながる場所がいくつか存在するということだろう。
南の方角には、木々の間から微かに王城の先端が見え、学園のある王都からさほど離れていないが、歩けば何時間かかるかわからない距離の場所へ一瞬にしてたどり着くことが可能な技術。
外の世界には自分の知らないものがまだまだあると見せつけられるようだ。
「無事到着したね? 課題の内容を説明するよ」
アンジェラはクラスメイトを集合させて話を始めた。
ルーポラーレとは、冬場になると活発に動き出す狼の魔獣だが、ここのところ目撃される頻度が増え、例年に比べて活動している個体数が多いと報告を受けた。
そして、傭兵ギルドに出された討伐依頼が学園にも流れてきたということだ。
「これから二時間、みんなにはこの森を探索して、ルーポラーレを駆除した数を宝石と一緒に報告してもらうわ。もちろんネコババは禁止、発覚したら減点ね」
アンジェラの話を聞いていると、傭兵と同じように金を稼ぐ手段になると思ったがどうも違うらしい。
「ならその宝石はどうなる? 金に換えてあんたらの懐にしまい込むのか?」
「ず、ずいぶんと大胆な質問ね……。換金は確かにしてるけど、学園の予算として貯めてあるの。残念なことに先生たちの給金には直結しないってわけ」
ディーノの含みのある質問に対し、アンジェラが冗談混じりで答えを返す。
「質問が特にないなら、始めて行くよ?」
時刻は午後一時三十分、それぞれのグループがバラバラの方向へスタートを切る。
ディーノ達も出発しようとしたその時だった。
「君たち、ちょっといいかい?」
銀髪のクラスメイトに呼び止められた。