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12 異世界で拉致されて夕食をいただきました(1)


 二十五歳で異世界に来てしまった私は、この世界では「異世界の魔女クヤマ・ミサコ」としてごくごく一部で知られています。

 どのくらいの知名度かと言えば、もしかしたら有用かもしれないけれど、今のところ役に立たない試作品くらいです。つまり、魔道研究所の上司様方と、軍部の上層部、もしかしたら王様とか大臣様なんかにも知っていただけているかもしれません。

 ……まあ、一般的には無名な私ではありますが。

 でも、お貴族様に拉致されてしまうくらいには有名なようです。



 はい。また拉致されました。

 今度は王宮に所長様のお供に来ていて、帰る途中で拉致されました。

 馬車に乗せられたり魔法で移動させられたりした感じはないので、たぶん王宮のどこかだとは思うんです。でも不慣れで、方向感覚にも欠陥のある私にはさっぱりわかりません。

 わかりませんが、今いる部屋がかなり高位なお貴族様用のお部屋だとわかりますし、目の前にお座りの男性が間違いなく高い地位でいらっしゃるのはわかります。

 ……ここ最近は、本当にひっそりこっそり、変な日本語も書き散らさないように気を付けつつ大人しくしていたはずなんですが……。



「突然、このようなところに来ていただいて申し訳ない」

「……あのー……今日はもう仕事が終わって家に帰るところだったんですが……」

「少し用件がある。軽食でよければ食べてくれ」


 立派な男性は背後に控えている護衛らしき方々に合図を送ります。

 いかにも武人風の方々ですから剣を抜いて脅してくるのかと身を縮めたんですが……本当に軽食が出て来てしまいました。

 立派な武人様に運んでいただいた食事を断るのもはばかられ、お腹も空いていたのでありがたく食べることにしました。


 王宮の食事って、どうしてこんなに美味しいんでしょうね。

 研究所の近所の定食屋も十分に美味しいんですが、美味しさの次元が違います。非常に繊細な旨味があって、素材もいちいち高級そうです。

 この味に慣れてしまったら、魔法使いの薄給では満足できなくなってしまいそうで怖いですよ。



「食べながらでいいから、聞いて欲しい。魔女殿は変わった魔法を使うそうだな」

「……あまり役に立たないものばかりですが」

「確かに役に立たないことが多いようだが、非常に有用な効能もあるそうだな」


 うーん、なんだか既視感ありますね。

 そう言えば前回拉致されてから二週間くらい経ったでしょうか。あの時の食事は本当に美味しかったなぁ。今日の軽食とやらもとても美味しゅうございますが。


「そなたに作ってもらいたい薬がある」

「……惚れ薬は副作用が強いのでオススメしませんよ?」

「惚れ薬か。それも魅力的だが、私に必要なものではない」


 男性はきっぱりと言い切りました。

 ……それはそうですね。

 顔半分を隠す仮面をつけた男性は、鼻から下しか見えませんが、それでも十分に美丈夫な雰囲気が漂っていますから。


 この世界のお貴族様って、とんでもない美貌をお持ちの方ばっかりなんですよね。

 もともとそういう種族の方々が貴族になったのか、貴族の地位を継ぐのに美貌が必要なのか、それとも代々美貌の血を入れ続けた結果なのか。私には判断しかねますが、庶民もちょいエロ美人ばかりなので、お貴族様がエロ美人なのは当たり前のことなのでしょう。


 そんなバカなことを考えて僻みつつ食べていると、仮面の男性は護衛の方々を一人を残して部屋から出してしまいました。

 いったい何事かと食べる手を止めると、仮面の貴族様が椅子を動かして私のすぐそばに来ました。

 お貴族様らしい、とても良い香りがふわりと鼻をくすぐります。

 そう言えば私は女で、この世界にも収集癖のある人がいて、ゲテモノ食いもいるらしいということを思い出しましたが、残念なくらいに身の危険は感じません。

 薬と言いましたからね。

 その薬がどんな種類なのかは非常に問題ですが。



「魔女殿。そなたは副所長に薬を渡しているそうだな」

「副所長様ですか?」


 思いがけない言葉だったので、私は喉を詰めそうになりました。

 慌てて水を飲んでことなきを得ましたが、副所長ってうちの副所長様のことですよね? あの方にお渡しした薬というといろいろありますが……。


「あやつの額、じわりと狭くなったのは気のせいではないはずだ。そなたの薬のおかげだな?」

「えっ……額って……効いていますか?」

「ぽつぽつと生えているぞ。あれには驚いた。さんざん笑い飛ばしてやったのに、今さら復活するなど目を疑ったものだ」


 微妙に言葉を濁しているのは、男性としての共感からでしょうか。

 素直に、ハゲ上がりつつあった額の毛根にぽつぽつと復活の兆しが見られる、とか言えばいいのになと思いますが、いろいろな意味で認めたくないのかもしれません。

 でも……この方の頭髪は、十分ふさふさだと思うのですが。


「私にもあのような薬を作って欲しい」

「……必要あるようには見えませんが……」


 実はあのふさふさの頭髪はカツラだったりするのでしょうか。

 もしそうなら……秘密保持のために、今度こそ消されそうですね……ああ、二十五年で終わる人生って短かったな……。


「私は頼みたいのは頭髪用ではない。……その……」

 仮面のお貴族様が、急に言い淀みました。

 なかなか続く言葉が出てきません。

 私はしばらく待ちましたが、どうやら心の中で激しい葛藤があるようですので、すぐに結論はでないだろうと考えて食事を続けて待つことにしました。




 私があらかた食べ終わり、ようやく満足して水を飲んでいると。 

 ついに、仮面の男性は覚悟を決めたように口を開きました。


「私が欲しいのは……む、胸毛用の薬だ」



 ……水を吐き出さなかった自分を褒めてあげたい。

 かなりむせってしまいましたが、盛大に噴出するよりはましですよね。

 何とか咳が止まると、私は思い切って問いかけてみました。


「……む、胸毛用と申しますと、その、頭より先に薄くなってしまわれましたか?」

「薄くなるくらいならまだよかったのだ……私には……ないのだ……」

「……よく聞こえないのですが……ないとおっしゃいましたか?」

「そうだ。ないのだ。胸毛がないツルツルの肌なのだ!」


 キレ気味に言い放つ姿は、美丈夫であるがゆえに倒錯的でございます。

 そうですか。胸毛がないんですか。

 ……どの辺が問題なのかよくわかりませんが、ご自身の体にコンプレックスがある方に失礼なことは言えません。


「……そのー、私はよく知らないのですが、胸毛をわざわざ脱毛する男性も、もちろん元々胸毛がない男性もいると思いますが、あえて私に薬を求める理由などはあるのでしょうか?」

「……妻が……妻が胸毛がある男が好みらしいのだ」

「…………はあ」

「下層民のような恋愛結婚など望めぬ身分だが、妻はとても美しく素晴らしい女性だ。わずかなりとも心が通じればと思い続けているのに、私には妻好みの胸毛がないのだ。……妻が連れ歩く男たちは皆揃いも揃って胸毛が濃い。なのに私は……私はこのざまなのだ!」


 仮面のお貴族様は苦悩に耐えかねたのでしょう。

 突然立ち上がり、まっすぐな銀髪をかき乱します。それでも収まらなかったのか、上等な服を引きちぎるように前をはだけてしまいました。


 ……紐がちぎれ、布が避ける音がしました。

 一人残っていた護衛さんも息を飲んだのがわかります。

 私は……はだけた胸元に目が釘付けになってしまいました。



 確かにツルツルの胸です。

 しかし実は筋肉質なお身体らしく、細身ながら胸筋がしっかりついていらっしゃいました。顔の上半分が仮面で隠れているために、鼻血が出そうなほど扇情的なお姿でございます。

 ……いや、私、一応未婚の女性なんですが。

 この方、絶対セクハラという意識はないですね。

 二十五歳ってそこまで女性として見てもらえない年齢ですか。さすがにちょっと凹みますよ。それとも奥様以外は女性にあらずっていう信条ですか?

 そういうことにしておいていいですよね。目の保養すぎて毒気が抜けますよ……。


 私はため息をつきました。

 どうせ、今回の拉致も所長様はご存知なのでしょう。

 それならば、もはや公認と思っていいはずです。この方の悩みをなんとかしろということでしょう。始めから、私はこの方の悩み解決のために、大した用事ではないのに王宮のお供に加えられたのでしょう。

 拉致という形式をとっているのは、魔道研究所として独立した立場にある建て前を守るための妥協策なのだと思い至ります。でも心臓に悪いから、いきなりの拉致はやめていただきたいですよね。

 私はもう一度ため息をつき、まだ苦悩に浸っている露出度高めな美丈夫様に目を戻しました。



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