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10 異世界のモテ期は微妙でした(1)


 私がある日突然異世界に来て、そろそろ半年が過ぎたでしょうか。

 文字魔法という、日本語で文字を書き記すことで魔法を発動させる珍しい体質になったおかげで、魔道研究所で養ってもらって安定した日々を送ることができています。

 この希少動物クラスの珍しい魔法がなかったら、今頃行き倒れている……ことは、面倒見が良くて労働力を大切にするこの国だからなかったとは思いますが、お先真っ暗だったと思いますよ。

 何と言っても、二十五歳という年齢はほぼ完全におばさんらしいですから。



 こんな私なのに、目の前の紳士はお茶に誘ってくださいました。


「あの……お茶とはいったいどういう……?」

「ああ、異世界の方にはそういう習慣はなかったのでしょうか。つまり、我が館にお招きして、お好みのお茶と軽食を楽しみながらお話ができれば、と」


 ……間違いなく、いわゆるお茶へのお誘いですね。

 でも、誘ってくださる方が問題です。

 私はおそるおそる目の前の紳士を見上げました。


 朝の優しい光の中に立つ男性は、控えめに言っても素敵な紳士でした。

 年齢は四十歳より少し若いくらいでしょうか。年齢のわりに白髪が多いようですが、まだ若々しいお顔に白い髪と言うのもなかなかよくお似合いです。もちろん顔の作りは非常に渋くて端正で、裕福なお家柄とわかる肌ツヤと美しい手でありました。


 ヤバイです。

 年齢はちょっとストライクゾーンの上限を超えていますが、非常に好印象です。

 こんな理想的な紳士様にお茶に誘われるなんて、もしや白昼夢を見ているのでしょうか。喪女の哀しい妄想ってやつでしょうか。それとも……ありえないですが……とっくに諦めていた、モ、モテ期と言うものがついにやって来たのでしょうか。



「魔女様にもお仕事の都合もあるでしょう。都合のいい日を教えてください」

「そんな、私はいつでも……! ……いや、うーん……せっかくのお誘いですが、私の仕事は上司の都合でいろいろ変わってしまいますので、私の一存では何とも……」


 喜び勇んでお返事をしようとしましたが、副所長様のお顔がちらついて口ごもってしまいます。

 しかし、渋い紳士様は気を悪くする様子もなく、穏やかに微笑んでくれました。


「では、あなたの上司に伺ってみましょうか。実は私の父が、あなたにとても興味を持ってくれましてね。一年前に私の母が死んで以来、すっかりふさぎこんでいたので心配していたのですが、あなたとお話ができればもっと元気になってくれるのではないかと、我ら家族は期待しているのですよ」

「……えっ? お父様ですか?」


 も、もしかして、いきなりプロポーズとかそう言うのですか?

 いきなり家族と合わせて、結婚を前提にナントカってやつですか?

 ああ、ついに私にもモテ期が……!

 ……いやいや、ちょっと待つんだ、落ち着きましょうよ私。うまい話には必ず裏があるものです。新手の誘拐犯かもしれませんよ。つい最近、拉致されたばかりですしね。



「父は珍しいものが大好きなんですよ。先日、叔父が異世界の魔女の話をしてくれたのですが、それを聞いた父は急にコレクションルームに走って行って、これを探し出してきたのですよ」

「……それは……」

「魔女様には、これが何かわかりますか?」


 私は、紳士様が大切そうに差し出した物を見つめました。

 手入れの行き届いた美しくて大きな手のひらに、柔らかな布が広げられていました。その上に、ちょこんと小さな物体がありました。多分素材はプラスティックでしょう。なんだか懐かしい質感のそれは、きれいに着色されていました。


 ……うん、知ってます。あの形は日本人なら誰でも知っているでしょう。いわゆる青い未来型ネコ型ロボットですね。

 たぶん、キーホルダーとかそう言う物だろうと思います。

 ちょっと色がはげていますし、劣化具合からそこそこ古いもののようですが、しっかりと原型をとどめていました。

 でも、どうしてこれがこの世界にあるのでしょうか。


「……私がいた世界のものですね」

「そうですか、やはりそうですか! 実は、こういう異世界由来の物は時々見つかるようで、父はそれを集めているのですよ。もしよかったら、コレクションを一緒に見てくれませんか。……黒髪の女性も好きですから、とても喜ぶと思うのですよ」


 かなり収集家なお父様のようですね。

 しかも、異世界の物コレクションですか。……もしかして人間は本当に珍しいけれど、物なんかはちょっと大きめの隕石くらいの頻度で異世界からきていたりしますか? おかしいですね。聡明なる副所長様はそんなこと一言も教えてくれませんでしたよ? 魔法にしか興味がなかっただけですか? ……あの方ならあり得そうですね、うん……。



 でも。とりあえず私が知っているものでよかったです。日本由来の物でも、弥生式土器とかお歯黒道具とか、そんな物だったらお手上げでした。

 それに、黒髪がお好きとおっしゃいましたか。……つまりこの白髪が素敵な紳士様の目的は、私とお茶をすることではなく、私とお父上を引き合わせることですか?


「失礼ですが、そのお父君の年齢は……」

「これは失礼! 父は今年で六十二歳ですが、それほど老けてはいませんよ。母が亡くなってからはさすがに少し老けましたが……でもまだ頭髪は豊かですし、体型も気を使っているので若々しいままです」


 ……うん、まあ、そういうことでしたか。

 収集癖があって珍しいものに目がない裕福なお家柄で、奥さんには先立たれていて子供たちはすでに大きくて……。

 びっくりするほど好条件ですよね。私が老け専なら泣いて喜ぶ好条件です。私のような異世界人の年増にとっては、これが最初で最後のモテ期だったのかも知れません……。


 ……あれ? ちょっと待てよ。

 モテ期……モテ期……? そう言えば最近、モテ期と言えば無駄にモテ期だったかもしれない。もしかして私がなんかやっちゃったか……?



 しかし今は、目の前の紳士様のことです。

 この後すぐに確認するとして、ここは所長様に丸投げをすることにしました。 


「……すみません。やっぱり上司を通していただけませんか。私にはなんとも……」


 所長様が面白がって再婚を進めるなら、あきらめて老け専に生まれ変わりましょう。でもまだ養ってくださる気があるのなら……もうちょっと私の主義主張を通してみたいと思います……。

 私は遠い目を隠して丁寧な礼をします。渋い紳士様もとても上品な礼を返してくれました。


 こうして、私の清々しく疑惑に満ちた一日が始まりました。

 そして私は紳士様をお見送りをした後、速攻で魔道研究所の自分の机に走って行ったのでした……。




 清々しく始まった一日は、もう半分以上が過ぎてしまいました。

 今日の私は、王宮図書館まで上司様の御用です。とんでもない量の書物の返却の荷運びとして動員されてしまいました。

 舞踏会の警備より、精神的には楽ですね。

 でも重さが半端ではありません。仕方がないから文字魔法を使ってしまいました。

 包むと重さがなくなる風呂敷です。なかなか便利だと思いますが、二度とやりたくないと思いました。


 だってですよ、布って文字が書きにくいんです。

 この世界のインクはいろいろ種類はあるようなんですが、私が支給してもらっているものは三種類。そのうちの一つを使って見たのですが……私の技量では、風呂敷状の布に書き込むなんてハードルが高過ぎました。

 筆ではなく、ペンを使うべきだったかもしれません。

 なにかの動物の毛を使った細い筆で、一生懸命に文字を書き込みましたが、にじむわ歪むわ引っかかるわで、もう泣きそうなほど見苦しい文字となりました。もちろん踊り回っています。文字の大きさも不揃いです。

 それでもなんとか、包んでしまうと重さがなくなりましたから成功です。

 成功ではありますが……心情的には、サッサと破り捨てたいです。見ていると頭をかきむしりたい衝動に駆られます。


 でも、それももう叶いません。副所長様がこの風呂敷をたいそう気に入っていましたからね。絶対に持って帰るようにと何度も何度もおっしゃっていました。

 一時の衝動に負けて破り捨ててしまったら、私の部屋はこの先一ヶ月以上は蛇まみれになるでしょう……。

 

 いろいろな葛藤がありますが、一応用事を終え、私はついでとばかりに机を探して座りました。



 この世界では、基本的に書物は手書きが至上の物として扱われます。その次に手書きの文字を印刷したものが高価なようです。印刷専用の活字は庶民の大量生産品の証だそうで、貴重な書物は必ず手書き、あるいは手書き風印刷になっていました。


 王宮図書館に集められるような高価な書物は、だいたいが手書きです。魔法使いが読むような専門書も、部数が少ないこともあって手書きか手書き風印刷のようです。

 文字や絵をそのまま写す技術や魔法は発達しているようですが、魔法使いはそれ程多くはないのが現状です。当然、魔法を使って写そうとすると非常に高価になってしまいます。貧乏学生にとっては、自力で手書きで写してしまうほうがお財布に優しいようでした。


 こういう事情がありますから、図書館には書写用の机があります。

 私はそんな机の一つにノートを広げ、棚から取り出した紳士録を開きました。そして、服の内側に入れ込んでいた首飾りを外してペンを手にしました。


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