第七話 商店街と女の子
ジュリアスに手を引かれて着いたのは、なんと澄恋と行ったことのある商店街だった。商店街には軽やかな音楽が流れている。商店街の周りをタイヤのない車が飛び交い、ほうきに乗った人々がアーケードの中に吸い込まれるように入って行く。ほうきに乗った人が飛ぶたびに、商店街の垂れ幕がバタバタとはためく。歩行者の楽しそうなお喋りの声があちらこちらから湧き上がっていた。
露店の色とりどりのパラソルが軒下を飾っている。呼び込みの声が四方八方からかかり、一様な賑わいを見せていた。
お菓子の甘い匂いが漂ってきて、気が付くと私は露店を見たまま立ち止まっていた。中年の男店主が、私に愛想のよい笑みをくれた。
「お嬢さん、ボンボンジェラートはいかがかな! 百種類のナッツをブレンドした絶妙なジェラートだよ! 上には苦みのあるボンボンと糖蜜をかけてパリパリに仕上げているよ!」
「うわぁ、美味しそう!」
コーンに入っているボンボンジェラートを目の前で、まるでトンボの目を回すように見せつけられた。私の目はボンボンジェラートにくぎ付けだ。けれども、私はお金なんて持ってない。借金なら一兆ルビーほどあるけど。
喉から手を出している私をジュリアスは微笑んで後ろで見ていたが、財布を取り出して私の横に並んだ。
「買ってあげるよ」
「いいの!?」
「借金まみれのお嬢さんには無理でしょ? 僕の分のついでだから気にしなくていいよ」
「ジュリアス君は、お金持ってるの?」
ジュリアスはクスッと笑った。
「デュランを倒した後だから、すごく潤ってるよ」
「あはは……なるほど……」
デュランとは、『蟻地獄のデュラン』のことだ。この『賞金首』の『悪い魔法使い』はこの異世界で一般的に『妖魔』と呼ばれている。この『妖魔』はもとは人間であるが、悪事を働くうちに人間であることを忘れ、魔物化した者も多い。
蟻地獄のデュランは、私がこの異世界に来る羽目になった、元凶だったのだ。
それにしても――。私は、商店街を見渡した。
澄恋とここに来たときは、『マーガル』を買ってくれたっけ。思い出して少しだけ私は感傷に浸った。暫くの間、ボンボンジェラートを食べながら、ジュリアスと商店街の中を歩いた。
ボンボンジェラートは、男店主がもったい付けるだけあってとてもおいしかった。香ばしいナッツは、甘みと深みがあってとてもまろやかだ。上に乗っているボンボンという、洋酒で香り付けしてチョコレートとコーヒーが混じったような複雑な香りと苦みのあるソースに、パリパリの甘い飴がコーティングされている。苦みと甘さが交互に来て、ナッツのアイスと絶妙なハーモニーを奏でていた。
私は、夢中でそれを食べていた。隣で微笑むジュリアスは、何を考えているのか得体が知れなかったが、ともかくは良い人なのかもしれない。
道化師が羽の生えた風船を配りながらおどけていたり、大道芸人が銅像を丸呑みするのを見かけたりと、この商店街を通り抜けるだけでも飽きることがない。
澄恋の事で傷ついたことをすっかり忘れた私は、ジュリアスとそれらを一緒に見て笑い合った。
いつの間にか、商店街の喧騒から外れたところまで歩いて来ていた。
「ここだよ」
「えっ?」
丁度、ボンボンジェラートのコーンを食べ終わったところだった。顔を上げると、どデカい看板に圧倒された。
その看板には『マジックショップ』と書かれてある。聞き覚えがある名前に私は再び傷心したことを思い出していた。
「ここって、こないだオープンしたっていう……?」
「そうだよ。なんだ、知ってたんだね?」
「うん、まあ……」
本当は、澄恋と最初に来るはずだったんだけど。独り落ち込んでいると、隣でジュリアスが困ったように微笑んでいた。
「喜ぶと思って連れてきたんだけど……あてが外れたかな?」
「そ、そうなの? ジュリアス君、ありがとう!」
彼は優しいのかもしれない。敵に回すととんでもなく恐ろしいけれど。まさか、私の事を気遣ってくれていたなんて。
「いらっしゃいませ~! 記念品をどうぞ!」
店員が粗品を配っていた。何気なく受けとって驚愕した。
「これって!?」
「デュラン……!」
それは、デュランが持っていたデータキューブのキーホルダーだったのだ。
ジュリアスと二人で戦慄していると、不審に思ったらしい店員がやってきた。
「どうかされましたか?」
「このキーホルダーって、デュランの!?」
「仰っている意味が分かりませんが、このボタンを押すと開いてお花の映像が躍り出します」
「あ、なんだ……!」
「びっくりしたね」
「ご納得されましたか? では、お買い物をお楽しみくださいね」
店員は笑顔で去っていった。
データキューブはただのおもちゃだった。デュランはもうこの世にいない。だから、不安になる必要なんてないのだ。
「僕は、見たいものがあるから、香姫さんは雑貨でも自由に見ててね」
「うん!」
「三十分したら、この場所で落ち合おう」
「うん、わかった!」
ジュリアスと入口で別れて、私は店内を見て回っていた。棚の上ではぬいぐるみが躍っているし、他の棚に置かれてある口が付いたメモ帳が、書いた事柄を歌いながら読み上げていた。
一際賑わっている、まじないグッズと銘打っているコーナーがあった。興味を持った私も人込みの中に混じり、品物を物色し始めた。
「『未来を予言する水晶』……? いつ100ルビー拾えるのか予言します、か」
流石、おもちゃだけあって、それ限定のようだ。本当に拾えるのだろうか。疑問に思った私の目が可視する。出荷前の光景が私の目の前で再生される。
『これ、本当に百ルビー拾えるの?』
『無理無理、占いだからね。当たるも八卦当たらぬのも八卦』
工場で働いている魔女たちが談笑しながら魔法をかけている。やっぱりインチキだった。
他にも、『犬の糞を踏む厄日を予想する水晶』や、『ゴミを出し忘れる日を予想する水晶』などが置かれてある。
上から二番目の棚の上では様々なおふだが展示されていた。
「ん? 授業で当てられなくなるお札!?」
それを可視すると、凄そうな魔法使いが一つ一つに魔法をかけている光景が再生された。いかにも効き目がありそうだ。
「こ、これだ!」
これさえあれば、シャード先生やビートン先生にあてられる心配はなくなるというものだ。500ルビーか。借金だらけの私には高すぎる。アレクシス王子にもっと吹っかければよかった。
「いまさら言っても遅いよね……。欲しいけど。諦めよ……ん?」
私は向こうのショーケースに張り付いている人物を見つけて、「あーっ!」と、叫びそうになった。寸前のところで私は自分の口を押えた。心臓の鼓動が早鐘のように打っている。
な、なんで、こんな所にいるの!?
彼女がショーケースから離れた。彼女はすぐに人込みに混じっていなくなってしまった。
彼女の顔は忘れもしない。忘れられるはずがない。
あの光景が、目にしっかりと焼きついている。
彼女こそが、今朝見かけた澄恋に頭を撫でてもらっていた女子だったのだ。