第十四話 仕組まれた罠2
デュランが簡単にそれを許してくれるはずはないのだ。せめて、時間があればと思っていたが――。
最後にマクファーソン先生の奥さんを救うことは出来そうになかった。
「さあ、死の恐怖に打ち震えるがいい! パスワードは『輪舞』!」
「……っ!?」
私はその場に崩れ落ちた。死の恐怖で足腰が立たなくなったのだ。
「香姫!」
澄恋が私に駆け寄り、抱きしめた。私は澄恋の身体を引きはがそうとした。
「澄恋君!? ダメだよ、澄恋君まで巻き込んじゃう!」
「死ぬ時は一緒だ」
「澄恋君……!」
私は澄恋に力強く抱きしめられた。
「大丈夫、僕が付いているから」
澄恋に抱きしめられているうちに、私の震えはいつの間にか止まっていた。
その私たちの想いを馬鹿にするように、デュランが大笑いした。
「最後の別れか! 美しいもんだなぁ……?」
「……」
「……?」
いつまでも何も起こらないので、私と澄恋は顔を上げた。
しかし、異変が起きているのは私ではなく、デュランの方だった。
「あ……? あああ……?」
デュランは大酒を飲んだ後のように、千鳥足になっている。
「えっ?」
私は驚いて澄恋と顔を見合わせた。
「なんだ……? 体が熱いぞ……?」
デュランはふらふらして、手前にあった台に手をついている。
その様子に失笑したのはニセモノの澄恋だった。
「あはははははははははははははッッッ!」
ニセモノの澄恋は大笑いし始めた。狂気とも言えるその笑いには憎しみが見え隠れしている。
「貴様! 裏切ったのか!?」
「馬鹿が! お前とは最初から手なんか組んでない! あはははは!」
「何がどうなってるの?」
私と澄恋はうろたえて見守るしかない。
デュランの身体は表面が熱せられた炭のように赤くなっている。デュランはたまらずに、その体から自分の魂を脱出させようとしたらしい。
「何!? この身体から出られない!?」
「無駄だよ! お前の魂はその身体から出られないように作ってあるんだ!」
「何ィ!? 貴様!」
私はいきなり寝返ったニセモノの澄恋に唖然とするばかりだ。デュランはその身体から魂が出られないらしく、隔靴掻痒している。
「その、『輪舞』っていうパスワード。僕が決めた事を知ってるよね? そのパスワードは、古語なんだ。『キャロル』という意味のね!」
「えっ!? キャロルですって!?」
キャロルってまさか!? まさかこの人は!
「貴様、もしや!」
デュランもその事に勘付いたらしい。
「そう、僕は、ホンモノのジュリアス・シェイファー! お前にキャロルと一緒に殺された僕の魂は、アレクシス様に拾われた。この身体は、培養の実験として作られたのさ! そして僕は、キャロルの魂を食われたお前に復讐する機会を与えられたんだよ! それをお前は知らずに、ただの研究員と勘違いして近づいてきた! 飛んで火にいる夏の虫とはこのことだ!」
「彼がホンモノのジュリアス君だったなんて!」
デュランを騙していたということは、鳥居香姫のこの身体は無事ということになる。私と澄恋は安堵して息を吐いた。
「クソッ! クソッ! そうと知っていれば!」
デュランは熱せられて煙が出ている体の中で悶絶していた。
「可視編成!」
最後の抵抗なのだろう。魔法を唱えたが、あっけなく、ジュリアスの装置に魔力を吸収されてしまった。
「無駄無駄ァ! お前の魂はその体から一歩も出られない! 熱せられた体の中で燃え尽きてしまえ!」
「ぎゃああああああああああああああ!」
「あははははははははははははははは!」
研究室の中、デュランの断末魔が響き渡り、いつまでもジュリアスの哄笑が響き渡っていた。
そして、事件は呆気なく解決したのだった。




