第十二話 ジュリアスの告白*
私はジュリアスの涙の意味が分からなかった。リリーシャが別人になって悲しくなったのだろうか。私は再び手鏡を盗み見て嘆いた。どう見ても、リリーシャの方が美人だし、残念に思うのも頷ける。
「ジュリアス君、ガッカリさせちゃったかな……」
「違う! 違うんだ……!」
ジュリアスは急いで涙をぬぐって、私をまっすぐに見た。
そして、心から嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、本物の香姫だ……。背は『以前より高くなってる』けど」
「えっ!? なんで、ジュリアス君が、その事を知ってるの!?」
「それは……」
私は、その事実に気づいたジュリアスに驚いていた。
思わず口走ってしまったらしいジュリアスは、躊躇している。彼の瞳が不安で揺れている。ジュリアスは一体何を知っているというのだろう。
「どうして? この身体の背が高くなっている事なんて、私だってさっき気付いたばかりなのに」
「えっ!?」と、奥で澄恋が驚いている。
「背が高くなっている? すみません、気づかなかったよ。成長させすぎたのかな?」
澄恋は、書かれたデータをデータキューブでフリックしながら、画面を睨んで唸っている。
「澄恋君だって……」
澄恋君だってそのことを知らないのに。
その言葉は尻切れとんぼで続かなかった。二つの事柄が奇妙に食い違っていることに気づいたからだ。
「え……? 待って、変だよ? 知っているはずの澄恋君が知らなくて、知らないはずのジュリアス君が知ってるだなんて……」
でも、澄恋は記憶喪失だから……あれっ?
「香姫!」
ジュリアスは私の手をいきなりつかんだので、私は吃驚した。
ジュリアスの目に決意が浮かんでいるので、ただ事ではないと感じた。
「な、何、ジュリアス君……」
何を告白されるんだろうと、私は身構えた。
「信じてもらえないかもしれないけど、僕はジュリアス・シェイファーなんかじゃない」
「ジュリアス君はジュリアス君じゃない?」
私は何かの冗談だと思って笑い飛ばそうかと思った。けれど、ジュリアスの目は真剣そのものでとても冗談には聞こえない。
「信じてもらえないかもしれないけど、僕こそが、景山澄恋なんだ!」
「えっ!? ジュリアス君は、ジュリアス君じゃなくて、澄恋君……?」
あまりの事に私は二の句が継げなかった。ジュリアスは神妙に頷く。
「僕が日本で亡くなった後、香姫と同じようにアレクシス様に魂を拾われた。そして、丁度キャロルを守ろうとして亡くなったジュリアス・シェイファーの身体の中に入れられたんだ」
「嘘……!?」
「嘘じゃないよ! アレクシス様は、僕をキャロルや香姫と同じように千里眼使いにするつもりだったらしい」
「千里眼使い……」
千里眼使いが、『可視使い』と呼称されることを思い出していた。
「で、でも! ジュリアス君は、可視使いじゃなかったじゃない!」
「ああ。僕は、可視使いのなりそこないだったんだ。可視使いにはなれなかった」
私は、戸惑った目で、ジュリアスを見つめた。
「僕が可視使いになれなかったことを、アレクシス様はひどく嘆いていた。そりゃそうさ。せっかく、大金を僕に投入して可視使いを作ろうとしたのに、失敗したんだからね。レオセデス様の事件も解決できなくて、当然、僕の風当たりが強くなった」
ジュリアスも苦労したのか。私の時はジュリアスが居てくれたから、その苦しみは半減された。だが、ジュリアスは一人でそれに耐えたのだ。
「その頃、宮殿にシャード先生から可視使いになる娘を守ってほしいと依頼が来た。その依頼が来てからアレクシス様はまた千里眼使いを作ろうと計画した。それが、たまたま賞金首の被害に遭った香姫とリリーシャだったようだよ。香姫魂の器にリリーシャが選ばれたのは偶然の悪戯だったわけだ」
「シャード先生は騙されていて、リリーシャを殺され魂を魔術師レリック=グレイに奪われた。だから、アレクシス様は哀れに思って、リリーシャの身体を使うことをお決めになったらしい」
「でも、アレクシス様は面倒になることを予測していたので、シャード先生やクレア先生に事実を教えなかったようだ。僕も、今度の可視使いが香姫だとは知らなかったんだ。ただ、今度の可視使いを守るために、ウィンザーに特訓を受けて魔法の教育を叩きこまれた」
ジュリアス――いや、澄恋は、私の両手を取って嬉しそうに微笑みなおした。
「でも、リリーシャの中身が、香姫だと分かって、本当に嬉しかったんだ! 香姫と会えて本当に!」
私の目から涙が零れ落ちる。
「澄恋君……! でもどうして、澄恋君は、そうだと教えてくれなかったの? すぐに澄恋君だと分かったら、私は……!」
「僕だって、すぐに名乗り出たかった! でも、名乗れない理由があったんだ」
「どうして?」
澄恋は少し躊躇してから続けた。
「僕は、僕には日本にいた頃の記憶がない」
「えっ!?」
あまりの事に、私は絶句するしかない。
ニセモノの景山澄恋が自分は記憶喪失だと言っていた。
だから、澄恋は私に口を酸っぱくして忠告していたのか。
「景山澄恋の名前ともう一つの事以外はまったく覚えてなかったんだ。だから、信用してもらえないと思って言えなかった」
「もう一つの事って?」
澄恋は、私を見て微笑んだ。
「香姫の事だよ。何故か、自分の名前と、君の――鳥居香姫のことだけは薄らと覚えていたんだ……僕が幽霊に怯えていた香姫を守っていたことも」
澄恋だ……! この人は確かに、景山澄恋だ!
私の事を覚えてくれていたんだ。他のことは忘れてしまっているのに。私の事だけを覚えてくれていたんだ……!
私の目から涙がぽろぽろと零れ出る。
「でも、そうならそうって言ってくれたら、私信じたかもしれないのに!」
「ごめん。信じてもらえなかったら、僕の信用もなくなるだろ? でも、今なら、ちゃんと説明できる。君の身長が以前より低いことを知っている僕は、景山澄恋であるという証明にならないかな?」
「澄恋君って、賢いけど馬鹿だよね! ジュリアス君の中身が澄恋君だって、とっくに信用しているよ!」
私は、ジュリアスの顔をした澄恋に抱きついて大泣きした。澄恋は、私を抱きしめたまま、あやすように背中を叩いてくれた。
それを見ている二つの視線が私の背中に刺さる。あからさまなため息がうんざりしたように研究室の内部に響いた。
「ああ、うるさいな……もう終わったの?」
私はハッとして、澄恋から離れ、振り返った。
私は涙をぬぐって、前方を見澄ます。
そこには、ニセモノの澄恋が冷たい目で私たちを見ていた。私が見たこともないような彼の絶対零度の視線だ。
ホンモノの景山澄恋は私の横にいるジュリアスだった。
じゃあ、この人は? 景山澄恋の格好をしているこの人は?
「貴方は、ニセモノの澄恋君だよね? じゃあ、貴方は誰なの?」
ニセモノの澄恋は、私の問いに冷笑を返した。