四枚目 「馬鹿は風邪をひいても、倒れるまで気付かない」
寒い。
なんでこんなにも寒いんだろうか。
……ああ、そうだった。そう言えば、五人であんなことやこんなことを楽しんでから、俺は全裸で寝てしまっていたようだ。
紫苑にリルディアナ、春梅にルイージェ。
紹介しよう、彼女達は俺の嫁だ。もっと詳しく言えば、今までやってきたエロゲーの中で最も好みであったキャラクター四人である。
紫苑は学生でありながら異能であり、その能力で俺のムスコを癒してくれるのだ。彼女が居れば永遠に、いや、無限大にヤれる。因みに紫苑は縞柄のパンツを着用しているので、嫁です。
リルディアナは強気な女性だ。大きなおっぱいと、剣を片手にしているだけあってか、ベッドの上でも激しい。因みにおパンツは紐パンである。それを解くのが堪らなくて、俺の嫁決定である。
春梅はチャイナドレスを身につけた女の子である。二つのお団子頭で、語尾に「アル」とか付けちゃう、エセチャイニーズだ。チャイナドレスの間から見えるパンティがたまらなくて、彼女を嫁にした。
最後にルイージェ。彼女は縛りプレイが好きだ。彼女は決定的なマゾであり、いつも縛りプレイを要求してくる。でも彼女はおパンティを脱がないまま縛られてくれるので、問答無用に俺の嫁。
そう、彼女達は『パンツ』を切っ掛けに、俺の嫁になったんだ。……いや、俺がただのパンツフェチってだけかも知れないけど。
この大好きな嫁達に囲まれてながら、俺は大自然に産まれたままの姿をさらけ出し、昨晩は何回も想いを吐き出した。
眠たい目を擦りながら、俺は上半身を起こす。さあ、もう一度起きて、朝の営みを……。
そう思い、彼女達を抱き締めようとしたが、彼女らは霞むように消えていく。
俺は霞む彼女達を一生懸命に掴もうとする。だが、彼女達は無情にも森の中に溶け込んでいってしまった。
「あっ……待ってくれよ。俺を置いていかないでくれ……ッ!」
彼女達は、俺が作り出した幻だってわかっている。
ただの妄想だって、わかってる。
でも、現実に引き戻してほしくなかった。
現実を見たくない。見たら俺はまた――。
「満足したかの、キドウや」
俺はその声を聞いてぎょっとする。
その声がした方向を見ると、黒いローブをまとい、フードを深くかぶったしわくちゃの婆さんが大きな幹にもたれ掛かって座り込んでいる。杖を片手に持ち、こちらを冷ややかな目で見ているようだった。
「まったく、そなたはわらわの話も聞かず、勝手に走り出しおって。探すのに苦労したのじゃぞ? そなたは還りたくないんかの?」
婆さんは重い溜め息を吐くと、俺を凝視してくる。
俺は、婆さんの態度にとても腹が立ち、みるみる眠気が一気に覚めてしまう。
「うるせェ! くそババァ! 俺の気持ちもわかんねぇババァに言われたくはねぇよ! 俺だって帰りてぇよッ!!」
俺は勢いよく起き上がると、婆さんの方を向き、声を荒げて叫んでいた。
あ、ヤバイ。また目から涙……じゃない。汗が出てきちまうじゃねぇか。
「だって、勝手に召喚されて、勝手に利用されて、挙げ句は『殺される』とか言われたら、もう俺だってどうしたらいいのかわかんねぇよぉッ!」
「おおおおおおお、落ち着くのじゃっっ!! ままままま、まずは服を……否、下着だけでも身につけてくれぬかっっ!」
「はぁッ!? 何言って――」
「じゃか、じゃっ、じゃじゃ、じゃからっっ!! そなたのその、立派な、あのっ……それを閉まってもらえぬかのっっっ!!」
婆さんは両手で顔を覆い隠すと、あわてふためきながら叫んでいる。
何をそんなに慌てることがあるのか?
確かに、俺のムスコはご立派だけど。婆さんだから、経験豊富なんじゃないの? 俺よりも凄いムスコさん達に出会ったことだってあったでしょう?
そう思いながら俺は仁王立ちする。
て言うか、日本でこんな格好をしていたら絶対に逮捕されてるな。
この大自然の中、全裸でいることの解放感がまたなんとも言えない。だから婆さん、このぐらいは見逃してくれ。こんなにも開放的だと、ムスコも俺も清々しい気持ちになるんだ。
そんなことをしていると、婆さんは顔を覆い隠している指と指の間から俺の姿を再度見てきた。
なんだ、俺のムスコをそんなに見――
「じゃからぁっ、せめてそれを隠すのじぁあぁあぁぁぁぁっっっ!!」
突然のことで俺は思考が止まる。
婆さんの足下にはお決まりのように魔法陣が現れ、輝きだす。それと同時か少し遅れてか、次の瞬間、俺のムスコが凍り付いていくのだ。
その光景を見てしまった俺の顔から、血の気が引いていく。
いや、確かに寒いとムスコは縮むんだけど。でもさ、でも、ムスコが凍り付く所なんて見たことあるかい? いや、通常なら無いよね?
冷たくて、気持ち……よくないよ。それどころか、ムスコがすっかり元気をなくしちまったッ!
というよりも、なんだか股間が痛い……気がするッ!
「いんぎゃぁぁああぁぁぁああぁぁあぁぁぁぁああぁあぁ!!」
何とも言い難いこの状況に困惑し、人気のない森の中で情けない声を出してしまう俺であった。
***
「す、すまぬ。動揺してしまい、つい、氷の魔法を……」
「いや、もういいって。俺のムスコが凍傷にならなかっだけマシってことにしておくよ」
婆さんが気前よく差し出してくれた温かい飲み物を、口に含んで飲み干す。その飲み物は例えると、柚子のような香りと酸味であった。その飲み物は俺の冷えきった体に染み渡り、芯から温まるような気がする。
ここは婆さんの住む小屋だ。
家と言うには少々小さいようにも感じたので、小屋とだと言っておこう。
〈忌まわしき魔女〉と呼ばれるのだから、もっとおぞましい家に住んでいるものと思っていた。だが、実際ふたを開けてみれば普通の家具や、花瓶に添えられた花など、普通の物で室内を装飾してあった。
たとえば蛇のホルマリン漬けみたいなのとか、なんかの目ん玉とか。そんな物で溢れかえっているのだとばかり思っていたので、内心ホッとしている。
確かによくわからない道具や、水晶みたいな玉、奇妙な大壷はあるが、俺のイメージしていた婆さんの印象ががらりと変わった。
この小屋に来る前、俺の股間が凍り付いたあの時、婆さんは氷の魔法で作り出した氷をどうにかしようと火の魔法でなんとかその氷を溶かしてくれた。
俺の黒い密林が少し焦げたが、俺のムスコは本当に小さく縮んでいただけで、大事には至らなかったのが幸いである。
次に婆さんは何をしてくるかわからないので、俺はさっさとボクサーブリーフを穿き、洋服を素早い動きで身に付けた。
そんなこんなあったけど、結局どこにも行くあてがなかった俺は、渋々婆さんに連れられてこの小屋に来たって訳だが。
「それで、俺はこの三日間、婆さんとこの小屋の中で暮らすって話でいいんだよな?」
俺はこの飲み物に舌鼓を打ちながら、婆さんに話しかける。
婆さんも同じ飲み物をすすりながら、真顔で答えた。
「小屋ではない、家じゃっ! ……そうじゃな。じゃが、無駄な魔力を使ってしまったから昨日を入れて三日ではなく、今日から三日間じゃがの」
「へいへい、俺が悪うございましたねぇ」
膨れっ面のまま、俺は更に飲み物をすする。
まったく、まるで俺が悪いかのように言いやがって。俺だって、まだ困惑してんのにさッ。
「わらわも悪かったと言っているであろう」
婆さんは俺の態度を見て、嫌悪感を顕にしながら俺に言ってくる。
「別にいいって。異世界トリップが実際にあるってだけで、充分な収穫になったし」
本当にそう思っている。
だって、ラノベやアニメ、ゲームの中でしか起こりうる事がないと思っていた『異世界トリップ』。だが、俺はたった今、魔法が存在する異世界に居るわけだ。……それも、今は『女』しか存在しないこの世界に。
それをこの俺が経験していると言うことは、内閣総理大臣になるぐらい凄いことだと思っている。
そう考えると、俺の口元が緩んでしまう。ざまぁみろ、リア充ども。お前らは指を加えて、鼻水でも垂らしながら黙ってみているがいいッ!
そんな俺の怪しい表情を見てか、婆さんが目を細めて俺を見てくる。
「……おい、キドウ。そなた、鼻汁が出ておるぞ」
「え、うそッ。…………ずぴ」
俺は鼻から垂れているその液体に触れると、確かに鼻水であった。
急激に冷きった体に、温かい飲み物で温めてしまうとよく鼻水が出てくる。俺はその時、きっとその類いなのだろうと、軽く思っていた。
服の袖で鼻水を簡単に拭き取るが、なんだかまだ垂れてくるようだ。
「やはり裸で寝ていたから、風邪をひいたのではないか? 少し、そこの布団で休んだらどうじゃ?」
「ああ、大丈夫。この飲み物が温かすぎて、鼻からお水様が出てきちまっただけだよ」
「そう、かの? ならいいのじゃが……」
心配そうに、その痩せ細った目で見つめてくる婆さん。
なんだ? 異様に優しいような気もする。婆さん、なんか企んでいるのか?
そう思っていると、温かい飲み物を飲んで芯まで温まったつもりでいたはずなのに、急に体中が寒くなってくる。
俺の体は勝手に身震いを起こし、がたがたと震え始めた。
「本当に大丈夫かの?」
「へへ、へい、平気だ。こ、この世界に風呂が有ればなぁ……」
俺は、自分の両肩を擦りながら温める。
贅沢を言うなら温泉とかあれば最高だが。いや、もっと贅沢を言えば、混浴の温泉が有れば。
鼻水を垂らしながら鼻の下を伸ばしていると、婆さんはゆっくりと立ち上がってから口を開いた。
「風呂じゃったら、この世界にもあるのじゃ。それよりも、この〈忌まわしの森〉には温泉があるぞ?」
婆さんの言葉を聞いた俺は、寒さも忘れて「マジッ?!」と叫んだ。
この森、〈忌まわしき森〉って言うんだ。
いや、だがそこはどうだっていい!
森に有るってことは、ハイエルフとかエルフ、ダークエルフとかの混浴フラグかッ?! あっ、また妄想だけでムスコが元気に……ッ!
この世界に、エルフが居るとかわかっていないけど、でも、俺の妄想は一人歩きしていく。
ああ、妄想だけで体が火照ってきた。
「でも、やめた方がいい気がするのじゃが。そなたの顔、真っ赤じゃ――」
「いや、行くッ! 行きますッ! すぐにでも浸かりたいッス!!」
俺は興奮しながら、婆さんに言う。
勢いよく叫んだせいか、婆さんはたじろぎ、細い目が限界まで見開くとぱちくりと瞬きをしていた。
「す、すぐに行く、かの?」
「行きますッ!」
「じゃ、じゃあ、行こうか……の」
「着いてきますッ! ええ、是非連れていってくださいッッ!」
「う、うむ……」
婆さんはまだ目をぱちくりとさせながら、とぼとぼとこの小屋に一つしかない扉に歩いていく。
俺もそれに付いていこうと勢いよく立ち上がったはいいが、その時、立ち眩みが起こる。小さな机に手をつき、その立ち眩みが治るのを目を閉じて静かに待った。
「温泉はすぐそこじゃから……――キドウ?」
俺の異変に気付いたのか、婆さんは走って俺に近づいてくる。
そんな歳で、よくそんなに速く走れるな……。
「やはり、やめた方がいいと思うのじゃが」
「……行く、行くったら行くッ!」
「子供ではないのだから、駄々をこねるでない」
「ヤダッ! エルフっ娘と混浴するんだッ! これはオイシイイベントなんだッ!」
「じゃが、キドウ……」
婆さんが余りにもしつこいから、俺は鋭い目付きで婆さんを睨む。
「きっと時差ボケならぬ、時空ボケになったんだよッ! 誰のせいだよッ! 温泉なら効能とかあるんだろ? きっと温泉に入れば治るんだから、早く案内しろよッ!!」
多分、婆さんには俺の言葉は所々しか理解していないと思う。
だが、そんな俺の言葉を聞いた婆さんの瞳から、一滴の雫がこぼれ落ちる。小さく鼻をすすり、わかりやすく肩を落としていた。
多分、これが美少女キャラなら萌えるのかもしれないが、婆さんだから容赦しない。
俺はエルフっ娘と混浴する――そう決めたんだ。
「わかったのじゃ……。では、着いてくるがよい」
「うむ、苦しゅうない」
立ち眩みもすっかり治った俺は、胸を張り婆さんの後ろを歩く。
というより、もうそろそろいいことがあったっていいと思うんだ。よく読んだラノベじゃ、転生直後、もしくはトリップ直後、良いことがあるって決まっているはずなんだよ。
どちらからと言えば、どうしてこんなにも良いことが起こらないんだ? その事の方が不思議で仕方がない。
そう思いながら婆さんの後ろを着いていくと、風に乗って温泉独特の香りがしてくる。たしか硫黄だっけ?
ていうか、本当に近いな。多分、五分も歩いていないだろう。
でも、やっぱりエルフは耳が長いのかな?
エルフもパンツ穿くのかな?
ああッ! 余計に火照ってきたッ! でも、ムスコの元気がない気がするけど、どうしてだろうか?
まあいいか。生のエルフっ娘を見れば、自然とおっきするだろう。
「……ほれ、そこじゃ。たまに先客が居るが――」
「ウホッ! 良いエルフっ娘キタコレッ!!」
俺は婆さんの言葉を聞かず、器用に服を脱ぎ捨てながら温泉へと向かう。
「キドウっ! 待つのじゃっ!」
途中、目眩がしたが、お構いなしに走る。最後にトランクスを脱ぎ捨てた俺は激しく揺れるムスコを露にしながら、煙りが立ち込める温泉を発見した。
「イィヤッフォォォーッ!」
俺は大きな温泉の中へと勢いよくダイブする。その衝撃で、温泉水は飛沫になって辺りに飛び散った。
「ど、どこだッ?! エルフッ娘はどこだッ?!」
興奮が最高潮に達した俺は、湯煙漂う中、エルフの姿を探した。
深い温泉お中をゆっくりと歩き、辺りをくまなく探してはみたが、誰かがいる気配すら感じない。
「……やっぱり、世の中ウマい話なんてないんだ」
立ちこめる硫黄の臭いにむせてか、咳き込む。
温泉に着たというのに、また寒気が体中に走る。
なんだか、このまま死んでしまうんじゃないかと思えてきた。
何やってるんだろ、俺。何、ムスコさらけ出して、幻想追いかけちゃってるんだろう。
そう思った瞬間、俺の体に力が入らなくなる。そのまま崩れるように温泉の中へと沈んでいく。
目が霞む。息苦しい。
――ああ、俺はここで死ぬんだ。いや、もう死んだって……。
この世界に希望すら感じられなくなった俺は、温泉の中に意識ごと沈んでいった。