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二枚目 「世の中、そうそう上手くはいかないように出来ている」

――……ん、頭が痛い。偏頭痛でもこんなに痛くないのに、俺の頭がかち割れそうだ。

 俺は重たい頭に手を添えながら顔を上げると、辺りを覗う。だが、視界もぼやけていて、辺りをよく確認できない。

 なんだか薄暗くて、じめっとしていて、それでいて水滴が落ちる音がする。

 床はひんやりしていて、まるで高校の修学旅行に入った洞窟の中のようだ。

 ここはどこなんだろうか。

 確かパンツを手に取った瞬間、変な魔法陣が出てきて意識が吹っ飛んだら、真っ白な世界に居て。それで、オルフェリアとか名乗る女神様と〈契約〉したんだ。

 〈契約〉が済んで、俺はやっと転生……したんだよな。

 そう思うと、俺はぺたぺたと自分の顔を触る。顎の下に親指がさしかかると、ぽっこりと出っ張った突起物が当たる。これは産まれた時からあるホクロだ。

 この感じでは別に転生したわけでもなさそうで、俺は少し肩を落した。

「気が付いたようじゃの」

「そうですね」

 なんか声が聞こえてくる。始めに聞えた声は婆さんのような年寄りの声。そして後に聞えてきたのはなんとも可愛らしい幼女のような声。

 声がする方向を見ると、誰かが居るみたいなんだけど、目がぼやけてて確認できない。

「見た目は決して良くありませんが、殿方ですから上出来です。褒めて差し上げますわ、〈忌まわしき魔女〉」

 ん、その話は俺のことを言ってるのか? まてまて、「見た目は良くない」って引っかかるぞ! 確かに見た目はイマイチかもしんねぇけど、心の中は絶世のイケメンなんだぜ?

「〈(ちぎ)り〉も交わしていないようですね。……良かったです」

 幼女の声はなんだか安心したように、ホッと息を吐く。

 ん? てか、〈契り〉ってあれですよね? 夫婦になるための儀式的な、もしくは肉体的なアレですよね……。

 新婚夫婦のぎこちない初夜の営み。それは回数を重ねるごとに、色々な体位や物を使って…………。

 そう考えていると、俺の脳内は暴走し始め、エロいことばかりを妄想してしまう。

「……活きも良いようじゃ」

 うん、活きだけは自信があるよ。と心の中で呟きながら、元気な俺のムスコを宥めるように両手で押さえつけた。

「では部屋まで連れて行きましょう」

 そう幼女の声が言うと、俺の頭がまたズキズキと痛み始める。今度は頭の中からエイリアンとかが出てくるんじゃないかと思うぐらいに痛い。

 …………駄目だ、本当に痛い。

 まだ回復しない視界は、痛みのせいかそのまま闇へと落ちていく。

 婆さんと幼女の心配するような声が聞えたが、俺はそれを記憶できないまま意識を失った。



   ***



 起きてからすぐに感じたことは、この鼻につく甘ったるい匂いだった。

 少し性欲を刺激するような、この甘ったるい香り。体がびりびりと痺れて、今にもとろけてしまいそうだ。

 あとは背中に感じるふわふたとした感触。この感じからすれば、これは間違いなく羽毛布団であろう。推察するに、俺は今、羽毛布団に大の字で寝ているみたいだ。

「やっと起きられましたね」

 ギシギシと音がすると、俺の真上に人影が見える。この声はあの幼女の声だ。

 だが視界は未だにぼやけていて、その人物を認識できない。

 その幼女声を聞くと、夢じゃなかったのかと思い、なんだか少し嬉しくなった。

 転生したわけではなくても、これはいわゆる異世界トリップってやつなんだろう? だったらまだ俺にもチーレムの可能性があるな。

「では早速ですが、〈契り〉を交わしてしまいましょう」

 そう言うと、彼女は俺のズボンに手を掛ける。

 え、え? なになになに?! 展開早すぎるよ! せめて君の……ヒロインの姿ぐらい拝ましてよ! 君を知ってから、俺は全てを捧げたいんだ!

「ちょ、まって! ストップッ!」

「時間が無いのです。早くしなければ、この世界……いえ、()()()()()()しまいます」

 幼女の声はさらっと凄いことを言いながら、俺のズボンに悪戦苦闘している。だがそんなことは知らん。俺も言いたいことを言わなければいけない時だってあるんだ!

「いやいやいや! 俺に状況の把握ぐらいさせてくれたっていいでしょう?! それからでも遅くないと思います! そ、それに、今はまだ俺の視界がぼやけていて、君の姿をよく捉えられないんだ。俺だって君の姿を見ながら、その……初めてを、だな…………」

 そう叫ぶと、ズボンを脱がそうとしていた手がぴたりと止まる。そして、俺のぼやけた視界でもわかるぐらいにもじもじし始めた。

「そ、そうですよね。わたくしとしたことが……。急いでも仕方の無いことですよね。だって、わたくし達はおのずと()(おと)になるのですから」

「そ、そうそう。ちょっと視界が回復するまで話そうじゃないか」

 確かにこのまま犯される形になったところで、こんな可愛い声の持ち主に犯されるんだったら、シチュエーション的にはとてもオイシイ。どちらかといったら好物だ。

 だけど、それはあくまでフィクションの中の話でだ。実際は俺にだってプライドがある。現実では好きになった子とお互いの目を見て、その快楽を共感したい。

 そんな俺の気持ちも知らない彼女は、もじもじしたまま話し出す。

「まずは自己紹介をしなくてはなりませんね。わ、わたくしのお名前はナティス・レイヴィン・ザンムグリフと申します」

「ナティス・レイヴィン・ザンムグリフ……? 長い名前だな。なんて呼んだらいいんだ?」

 俺は困った表情をすると、まだ視界のぼやけている俺の目には、彼女は慌てふためいているような姿が見えた。

「え、あっ、わたくしのことはナティスとお呼びください。……あ、あなたのお名前、は?」

「俺は……鬼童、だ」

「キドウ様……」

 ナティスはうっとりしたような声で俺の名を呼ぶ。……って言っても、苗字なんだけど。

 俺はすぐさま起き上がり、布団の上に正座をする。

 すると、ナティスも少し離れた場所に座り、嬉しそうに喋り出す。

「で、では、何をお話ししますか? 好きな食べ物ですか、それとも……」

「えっと、まずは……ここはどこなんだ?」

 俺がそう問うと、まだ視界がぼやけている俺でもわかるように、ナティスはあからさまにしょんぼりする。

 ……なんか俺、悪いこと言ったのかな?

「え、あ……。こ、ここはわたくしのお部屋です」

「いや、それを聞きたいんじゃなくって。えっと……」

 俺は困惑する。状況の把握をしたいって言ったけど、その答えはおかしいでしょ。

「あっ、そうですよね。異界の殿方ですのに、ここがどこかとかわかりませんものね」

「うん」

「ここは〈ザンムグリフ帝国〉帝都の中にある、お城の一角のわたくしのお部屋です」

「〈ザンムグリフ帝国〉? ……ん、まてよ。ナティスの名前の中に『ザンムグリフ』って言葉が入ってたよな。ってことは、君って……」

「えっと、一応、〈ザンムグリフ帝国〉の皇女……です」

 その言葉を聞いた瞬間、俺は硬直してしまう。

 え、なに? 俺は一国の女王様に犯されそうになってたってワケ?

 なに、そのシチュエーション。オイシ過ぎるじゃないですか!

「どどど、どーいうこと?! なんで一国の女王様が、俺みたいな男を犯そうとしちゃってるの?!」

 俺の頭の中は混乱する。だって、いきなり異世界に来たと思ったら、女王様に犯されるとか……なんてエロゲーだよッ!

「ウヒャァ! ここはもしかして、エロゲーの世界ですかねッ! ついにVRMMO(ヴァーチャルエムエムオー)が完成してしまったんですかねィ?! それとも、最近のラノベとかで流行(はやり)のゲーム世界トリップってやつっすかァ?!」

「あっ、あのっ! 言葉の意味がわかりませんが、どうか落ち着いてくださいっ! キドウ様がどうしてこの世界に召喚されたのか、ご説明なさいますからっ」

 ナティスが必死に叫ぶ言葉を聞いて、俺はまた硬直する。

「俺、召喚されたの?」

「はい。〈忌まわしき魔女〉の手によって、〈禁忌〉の術、〈召喚術〉でキドウ様をこの世界に召喚したのです」

 ナティスは言葉を淡々と連ねる。

 この状況は……もしや、勇者フラグ? だから、一国の女王様とこんなオイシイシチュエーションに?

 ……ああ、はやくナティスの姿をよく見たい。きっと美人で、清楚で、可愛くて、淑やかで、パーフェクトボディなんだろう。

 俺は頭の中を整頓しながらも、その言葉を静かに聞いた。

「この世界にザンムグリフの名を継いだ子供を残すために、キドウ様を召喚したのです」

 その言葉を聞いたとたん、愕然とする。

 なに? 要は俺のオタマジャクシが欲しいってこと? 俺が必要、というより、俺のムスコが必要ってこと?

 なんだよ、それ。……そんなの、酷すぎるじゃないか。

 なんの取り柄もない日本人のオタマジャクシを欲したって、なんの得にもならないのに。

「なんだよ……、それ。ただ俺の子種が欲しいって話だろ? だったら他の男でもできるだろ」

 俺はあからさまにふてくされた態度をとる。だって、俺を必要としてくれているワケじゃないんだろ?

 ただ、子供が欲しいだけなんだろ。じゃあ、俺じゃなくてもよかったじゃないか。

 この世界に男なんて幾万といるんだろ? そっちのオタマジャクシ貰った方が、明らかに正解じゃないか。

 なんでわざわざ、鼻ペチャのっぺりした日本人なんかのオタマジャクシを。

「キドウ様、話を最後まで聞いてくださいっ! この世界の殿方はすべて、〈魔女の呪い〉で亡くなりました。ですから、このままいくと人類は滅びてしまうんです」

 その言葉を聞いたとたん、俺は瞼を閉じて考えてみた。

 あの時のナティスが言った「人類が滅んでしまいます」という言葉は、そういう意味だったのか。

 ってことは、この世界には男が居ない。ということは、今やこの異世界には俺一人しか男が居ないってこと?

 やばい、強制ハーレムキタコレ! 酒池肉林? 一夫多妻制?

 いやいや、確かにそれが叶うならそうしたいけど。けど、どうせなら目の前に現れたメインヒロインを()でてあげたい。

 いいじゃないか。一国の女王なら養ってくれる。一生涯ヒモできる。子作りすればいいだけの簡単なお仕事じゃないか。

 俺はそう考えをまとめると、かっと目を見開く。すると、この世界に来てからぼやけていた視界が晴れたようにはっきりと見える。

 この部屋の室内がピンク色に覆われていることも、俺の座っているところはキングサイズのベッドだと言うこともはっきり見えた。

「キドウ様。どうか、〈ザンムグリフ帝国〉のため、この世界のために、わたくしと〈契り〉を交わしてください」

 幼女のような可愛らしい声は震えながらも俺に訴えかけてくる。

 その声を聞いた俺は、覚悟を決めてからナティスの方を向く。

「こんな俺で良いなら、ば、よろ……こ、ん…………で」

 そう言いながら、ナティスをこの肉眼で見た俺の血の気がさっと引くのがわかった。

「ほ、本当ですか?」

 俺の瞳に映るのは、丸いフォルムの珍獣が一匹。そういう言い方で合っていると思う。

 その鏡餅のような物体のピンク髪の女(?)は、めり込んでいるように見える翡翠色の瞳を潤ませながらこちらを見ている。

「わたくし……」

 間違いない。この幼女のような愛くるしい声。彼女(?)こそが()()()()()()()

 ナティスの真実の姿を垣間見てしまった俺は、まさに生きた心地がしなかった。

 俺が脳裏に想い(えが)いていた、『美しく、可愛らしいナティス』の姿が音をたてて崩れていく。

「わたくし……嬉しいですっ」

「え……あ」

 開いた口が塞がらない。

 贅肉、駄肉、皮下脂肪、脂肪……といった無駄無駄無駄なモノ。俺の世界で言わせていただくと、あなたは明らかに『成人病』ですね! って言いたくなるほどのぽっちゃり体型。

 この声を外見のギャップは、本当に酷い。いや、俺のイメージしていた女王様を返して。いや、もう時間を返して。

 てか、おうちかえりたい。かえしてください。

「キドウ様、では〈契り〉を始めましょう」

「あ、や……! やめ、やめ、いやッ!」

 俺の全身の身の毛が立ち、拒否反応が起きる。

 このおぞましい怪物に、俺のヴァージンを奪われるのかッ! いやだ、いやだッ!

「キドウ様……」

 俺の態度が急変したことに気付かずに、ナティスは近付いてくる。

「くるな、くるなこの怪物ッ! 肉の塊め、デブ! 近寄るな!」

 だが、俺の吐いた暴言を聞くと、ナティスは行動を止めてから目に涙を浮かべた。

「キ、ドウ……様?」

「こんな不細工とだれが〈契り〉を交わすって言うんだ! 俺に人権を尊重させろォ!」

「ひ、ひどい……です。キド、ウ様ぁ…………」

 俺の暴言は止まらない。彼女のフォルムが近付く度に、拒否反応で暴言を吐いてしまうのだから仕方がない。

 ナティスはそう言うと、ついに崩れるように泣き出してしまった。

 俺は内心に湧き出る罪悪感に駆り立てられていると、次の瞬間、がしゃがしゃという音がこちらに近づいてくる。

「どうしましたか、ナティス様!」

 一際大きな扉が二枚とも大きく開かれると、そこに立っていたのはセミロングの青髪を靡かせ、その身に立派な鎧を纏った女性だった。

「……、美人だ」

 俺がそうぼそりと呟いてしまうと、その言葉が聞えてしまったのか、ナティスはうわんうわんと声を上げて泣き出してしまう。

「貴様、ナティス様に何をしたっ?! やはり、〈忌まわしき魔女〉になど頼まなければ良かった! その結果が、このような野蛮人を召喚してしまったのではないのかっ!」

 その美人でナイスバディの鎧のお姉さんは凜とした声でそう言うと、腰にぶら下がっていた剣を手に取り、俺に向けてきた。

 ふいに漂う生臭さは、この剣から漂ってきたのだろうか。この臭い、例えるならば小銭を沢山持ったときに香る臭いとそっくりだった。

「この場で殺してやろう!」

 俺は鎧のお姉さんの瞳を見ると、生まれて初めて恐怖を感じた。きっと、これが『殺意』と言うやつなんだろう。

「……マキラっ、やめてっ!」

 マキラって、この鎧のお姉さんの名前かな?

 ナティスはそのマキラって人を止めようと叫んだ。

 俺はナティスに散々な暴言を吐いたのに、助けてくれようとしてくれてるのかな? そうしたら、俺はなんて酷いことばっかり言ってしまったんだろう。

 でも、マキラという人はナティスの悲痛な叫びを聞いても、躊躇することもなく俺に剣を振り下ろしてくる。

 平然とした態度の彼女の赤い瞳は鈍い輝きを放つ。その光を見て、俺はより恐怖に駆り立てられる。

――俺、死ぬの?

 そう思った瞬間、また俺の下に魔法陣が現れる。

 その魔法陣が現れると、一瞬にしてナティスの部屋を白い光が包み込む。

 俺はその白い光に(いだ)かれて、また気を失ったのであった。



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