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怪異戦線 異常あり!  作者: のら


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会敵

 

 怪異戦線、東京本部地下第七階層、指令室

 その最上段に設けられた中央制御席。

 十二枚のモニターに囲まれるようにして、久我透真が座っていた。


 魂波形。

 黄泉干渉値。

 帰還路結界。

 イザナ出力制限。

 天野陽向の生命反応。

 突入班の通信状態。


 すべての数値が、久我の指先ひとつで切り替わる。


「チャンネル一、二、三を常時解放。帰還路の位相ズレを一秒ごとに補正してください」


 久我は画面から目を逸らさずに言った。


「突入班の声を、一拍でも落とさないように」


「了解」


 オペレーターの返答が重なる。


 その下段で、神楽坂澪だけが椅子に座っていなかった。

 片手にタブレット。

 片手に紙コップのコーヒー。

 靴のかかとで床の術式線を踏まないようにしながら、モニターからモニターへ視線を飛ばしている。


「黄泉駅座標、仮固定まであと十秒。現世側アンカー揺れてるよ。第三区画、もうちょい上げて!」


「第三区画、出力上げます」


「上げすぎないでね。黄泉側に気づかれる。薄く、広く、嫌らしく」


「了解」


 神楽坂は、にやりと笑った。


「そうそう。嫌がらせは繊細にね」


 一方、指令室に隣接する数百人規模の予備区画には、臨時の黄泉駅接続陣が組まれていた。


 床一面に描かれた術式は、墨だけではなかった。

 光る配線と朱墨の符号が混ざり合い、巨大な円陣を形作っている。

 円の中心には、白い鳥居の形をした巨大な結界門が立っていた。


 鳥居の奥だけ、空間が水面のように揺れている。


 向こう側は見えない。

 ただ、そこから吹く風だけが、妙に冷たかった。


 既に突入班の第一部隊は白い鳥居の前で静かに待機していた。

 隊員たちは無言でそれぞれ、体を動かしている。

 陽向は、警棒を握る手に力を込める。


 黄泉駅へ行く。

 その実感が、急に足元から這い上がってきた。


 通信が入る。

 柔らかい京都弁の女声だった。


『京都本部、土御門瑠璃どす。帰還路の結界、こちらで支えますえ』


 その声が届いた瞬間、隊員たちの背筋がわずかに伸びた。

 名前だけで、場の空気が少し変わった。


 陽向は背筋を伸ばした。


「第一部隊付、新人、天野陽向です! よろしくお願いします!」


『元気なお返事どすなあ。黄泉に持っていかれんよう、しっかりお戻りやす』


「はい!」


 陽向が返事をした直後、隣でイザナが小さく肩をすくめた。


「京都の女、みんな怖い」


『聞こえてますえ』


 イザナの肩が、ぴくりと跳ねた。


「地獄耳かよ」


『黄泉耳どす』


「返し強」


 イザナが本気で嫌そうな顔をした。

 その様子に、迅は口元を押さえて笑いを堪えた。


 朱音がインカムに手を添えた。


「東京第一部隊、突入準備完了」


 久我の声が通信に乗る。


『司令部、了解した。天野陽向、状態確認』


「怖いです。でも行けます!」


 陽向は警棒をしっかりと握り込んだ。

 イザナが、陽向の隣に立つ。


「ヒナ、覚悟いい?」


「うん」


「名前、忘れないで」


 イザナが陽向の瞳を見つめた。


「天野陽向。所属、怪異戦線、東京第一部隊付き新人。契約怪異イザナ」


「違う」


 イザナが、少し笑った。


「バディでしょ」


「そうだね。私のバディ、イザナ」


 陽向は確かめるように頷いた。


 行く場所は黄泉に近い。

 けれど、背中には帰る場所がいくつも繋がっていた。


 神楽坂の声が響く。


『黄泉駅座標、仮固定完了! 接続時間は最大四十五分。それ以上は現世側の帰還路が不安定になるから、絶対にそれまでに帰ってくるんだよ!』


 朱音が右腕の時計を確認する。


「了解。隊員、時間合わせ!」


 隊員たちは円陣を組み、腕時計の表示を合わせる。


『術式出力解放!』


「術式出力を解放します!」


 久我の命令をオペレーターが復唱する。


 アイドリング状態だった術式の出力が上昇を始める。

 白い鳥居の足元から、朱色の光が走った。

 床の術式が一つずつ起動し、配線の中を青白い火花が駆け抜ける。

 メインモニターの日本地図上で、東京から黄泉駅へ伸びる細い線がアクティブを示した。


「帰還路、接続」

「魂固定、同期」

「突入班生命反応、全員正常」

「黄泉干渉値、第三警戒域へ」

「状態オールクリア確認!」


 オペレーターたちの報告が飛び交う。


 久我は静かに息を吐いた。


「全チャンネル、開放。突入班との通信を維持」


 神楽坂が、タブレットを指で弾く。


「黄泉駅接続陣、起動! 行けるよ、第一部隊!」


「総部長、出撃許可願います」


 久我の声が、指令室の空気を一瞬だけ止めた。


 数秒の沈黙。

 そして、別室で本部防衛に回る晴臣の声が、全隊員のインカムに届いた。


『第一部隊、出撃せよ!』


「現在時刻、ヒトヒトマルマル。第一部隊、気を引き締めて行くぞ!」


「了解!!」


 朱音の声に続き、隊員たちの声が、凛と響いた。


「……イザナ、いくよ!」


「よっし! 切符、返しに行こうぜ」


 余裕の笑みを浮かべるイザナを横目に、陽向は一歩を踏み出した。


 白い鳥居をくぐる。

 空気が、反転した。

 肺に入る空気が、急に冷たく重くなった。

 音が消え、 匂いが変わる。


 本部の白い照明はやがて遠くなり、漆黒の闇の中に血の色にも似た紅い色が混じる。


 視界が開けた、次の瞬間、陽向たちは駅のホームに立っていた。


 見知らぬ駅。

 けれど、どこかで見たことがあるような駅。


 現代の地下鉄駅のようであり、平安の大路の門前のようでもある。

 半透明な天井の先には紅い月が映り、線路の向こうには黒い川が流れている。

 ホームの柱には、古い木札と電光掲示板が一緒に貼られていた。

 電光掲示板が赤く点灯する。


 黄泉駅


 その下に、白い文字が浮かぶ。


『出廷シャ、とウ着』。


 その文字は時折、明滅しながら静かに表示されていた。


 ◇


 一方、その頃。


 第七階層、結界制御中枢中央、指令室。

 久我がモニターを監視しながら、パラメーターを調整している。


「こちら、久我。突入班、聞こえるか」


『突入班、鞍馬。音声クリア。問題ありません』


「黄泉干渉濃度が高く、不安定だ。チャンネル一、二、三を維持。ノイズが乗ったら即時切替」


『了解』


 朱音の声が指令室に響いた。


 神楽坂の目が、モニター画面内を滑るように動く。

 刻一刻と変化するモニターのマーカーを確認し、自分のタブレットに情報を入力していく。


「本部結界、外周部に接近中の終電さんの転進を確認!予想進路、黄泉駅!」


 オペレーターの声が響き渡る。


「おーおー、さっそく気付いたねえ」


 神楽坂が、にやっと笑った。


「突入班、終電さんがそっち向かったよ!会敵予想時間、十五秒後!」


『了解! 陣形を維持! 迎え撃ちます!』


 朱音の通信が司令室に響いた。


 ◇


 ホームの奥から、電車の車輪の音が鳴り響く。


「対象を目視で確認。突入班、迎撃態勢を取る」


 凛道の声が通信に乗った。


 闇の奥から真っ赤な二つの目が、うねる蛇のように近づいてくる。


 黄泉駅のホームに滑り込む黒い電車は、煙を吐き出しながら、ゆっくりと動きを止め始めた。

 赤い車内灯は明滅を繰り返しながら、電車の扉が、不気味な金属の軋み音を放ちながら、開く。


 まるで黒い靄が噴き出すように車内から吐き出され、人の背丈をはるかに超える、帳簿を持った黒い官吏の影が静かに立っていた。


 イザナが、低く呟く。


「……泰山王」


 黒い官吏の影が、ゆっくり帳簿を開いた。

 その声は、ホーム全体に響いた。


「再審を開始する」


 陽向の胸元に残る黒切符の痕が、赤く光った。

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