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最終話 「隣にいる」

四年生の冬は、静かに忙しかった。

大学の図書館。

積み上がった参考書。

付箋だらけの過去問。

眠気覚ましの缶コーヒー。

社会福祉士と精神保健福祉士の国家試験。

真白は机に向かいながら、小さく息を吐いた。

疲れていた。

正直、かなり。

実習。卒業論文。就職活動。国家試験勉強。

やることはいくらでもある。

昔の真白なら、こういう時ほど何も言わなかった。

「平気」

「大丈夫」

そう言って、一人で抱え込んでいた。

「真白、顔終わってる」

図書館で向かいに座った悠斗が笑う。

「寝てないだろ」

「……少し」

「少しじゃない顔してる」

彰人も呆れたように言う。

「今日はもう帰りなよ」

真白は反射的に言い返しかけた。

“まだやれる”

“頑張らなきゃ”

その言葉が喉まで出る。

でも、少しだけ止まった。

真白はシャーペンを置く。

「……ちょっと疲れたかも」

言った瞬間、自分で少し驚いた。

昔なら絶対に言えなかった。

すると悠斗が即答する。

「だろうね」

彰人も笑った。

「むしろ今までよく保ってたよ」

責める感じは、どこにもない。

その空気に、真白は少し肩の力を抜いた。


帰り道。

冬の空気は冷たい。

駅前のコンビニで三人で肉まんを買う。

湯気が白い。

「真白ってさ」

悠斗が歩きながら言う。

「最初、“全部一人でやります”って顔してたよな」

「そんな顔してた?」

「してたしてた」

彰人も笑う。

「今のほうが話しやすい」

真白は少し黙る。

大学一年の頃の自分を思い出す。

家のこと。妹のこと。

“ちゃんとしていなければ”

という感覚。

ずっと力が入っていた。

でも今は、少し違う。

疲れたと言える。

助けてほしいと言える。

休んでもいいと思える。

それは劇的な変化ではない。

けれど確かに、真白を変えていた。


二月の頭、国家試験当日。

会場には張り詰めた空気が漂っていた。

参考書を読む人。

深呼吸する人。

友人と話す人。

真白も緊張していた。

でも、一年生の頃みたいな“潰れそうな孤独感”はなかった。

スマホが震える。

彰人から。

「終わったらご飯行こ」

続けて悠斗。

「生きて帰ってこい」

真白は少し笑った。

それだけで呼吸がしやすくなる。


三月ー卒業式。

袴姿の女子学生たち。

スーツ姿の男子学生。

写真を撮る声。

大学の中庭は春の空気に満ちていた。

「真白ー!」

秋乃が手を振る。

悠斗はネクタイを緩めながら近づいてきた。

「卒業かあ」

「実感ない」

「分かる」

三人で笑う。

その時、後ろから声がした。

「真白くん」

振り返ると、「ゆいゆい」のスタッフが立っていた。

「卒業、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「最初の頃、すごく緊張してましたよね」

真白は苦笑する。

「してました……」

「でも、すごく変わりました」

スタッフは穏やかに言った。

「“ちゃんとしなきゃ”より、“一緒にいよう”って空気が出るようになった」

真白は言葉を失う。

それは、一番嬉しい言葉だった。


数日後。

国家試験の合格発表。

受験番号を探す。

あった。

一瞬、現実感がなかった。

それから少しずつ、胸の奥が熱くなる。

「……受かった」

小さく呟く。

窓の外では、春の風が揺れていた。


夜。

久しぶりに家族三人で食卓を囲んでいた。

妹が言う。

「おめでと」

「ありがとう」

父は不器用に咳払いをしてから言った。

「……頑張ったな」

短い言葉。

でも真白には十分だった。

食後、真白は少し散歩に出た。

夜風が柔らかい。


大学一年の春。

ホワイトボードの隅に貼られていた、あの紙を思い出す。

精神保健ボランティア募集。

あの日、自分は何を探していたのだろう。

支えること?

居場所?

救われること?

きっと全部だった。

真白は空を見上げる。

人は、一人では生きられない。

支える側も。

支えられる側も。

きっと、本当ははっきり分かれていない。

ただ誰かの隣に座る。

それだけで、人は少し救われることがある。

春の風が静かに吹いていた。

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