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対人戦

 訓練は新野城から離れた場所で行っていたが、久しぶりに劉備と徐庶が姿を見せた。

 わずかな供回りできた劉備と徐庶に気づいた俺は、隊員を連れて前へと並んだ。

 俺と十三人が並ぶと、徐庶が感嘆の声を上げた。


「すごいな、馬岱。熟練した兵士たちのような力強さを感じるぞ」


 徐庶の言葉に隊員たちの気が緩むことはなかった。

 背筋を正し、前を一点に見つめる兵士たちの姿に今度は劉備が感心する。


「馬岱、なかなか厳しい訓練をしたようだな。思った以上の仕上がり具合だ」

「ありがとうございます」


 俺は端的に礼だけ述べると、十三人に駆け足の号令を出して走らせた。

 隊員たちが離れていく姿を見た徐庶が不思議そうな表情を浮かべた。


「馬岱。せっかく、劉備様が褒めてくださったのだ。もっと隊員たちを労ったりしなくて良かったのか?」


 徐庶の言いたいことも分かる。だが、まだ我々は訓練しかこなしていない。


「そうですね。それも大事かと思うのですが、まだ俺が褒めるのは先で良いかと思います」

「そうか。まあ、お前が言うなら、それでもいいかもしれんが」

「隊員たちに緩んでほしくない、との考えもあります。ただ、そろそろ彼らにも自信が必要になってくる頃だと思います」


 俺は言うと劉備へと視線を向けた。

 それで察したのか、劉備は腕組みをしてみせた。


「他の武将と戦わせたい、ということだな?」

「はい。訓練の中で自分たちがどれだけ強くなったのかをみせたいのです」

「分かった。新野城に戻って、一日休みを与えてやれ。その次の日に訓練をしよう」

「はい!」


 俺は深く頭を下げると、劉備達が去っていく姿を見送り、馬に乗って隊員の下へと向かった。

 隊員たちに先ほどした劉備との話をすると、どよめきが走った。


「どうした? 力を見せつける、絶好の機会ではないか?」

「それはそうですが。もし、結果が散々だったら自分達はどうなるので?」


 李央が聞いてきた。確かに、その可能性を考えていなかった。

 どこよりも激しい訓練を重ねてきたと思っている。隊員たちにもその自負はあるだろう。

 だが、その反面恐れていることもあるのだ。厳しい訓練を乗り越えても、何も得ることができていないのではと。

 

「やる前から、湿っぽいことを言うな」


 丹瑞が大声で言った。こういう重い空気になりそうになった時に、丹瑞の一喝は効果がある。


「勝てばいいんだ。関羽将軍や張飛将軍は俺達を見放したんだぜ? それなら、見せ返してやろうって思わないのか?」


 李央を除く隊員は、関羽や張飛の選定の中でどこの隊に入れるか判断がつかなかったものばかりだ。

 一芸に秀でているが協調性がない者など様々な理由で俺の隊に回してもらったことは隊員に話している。

 自分達は落ちこぼれだと思っている者もいるだろう。それならば、この機会は最高の舞台だ。


「俺達の強さを見せつけよう。明日は休暇だが、羽目を外すなよ?」


 隊員は揃って一斉に礼をした。



 休みが明けて、日が昇ると門から兵たちが姿を見せた。

 今回は観戦の意味もあるため、一万の兵士たちに見守られる形での訓練となった。

 俺は隊員たちと並び、馬に乗って悠々と兵士たちの前を闊歩した。


 特選隊を見せつけるように歩かせてから、兵たちの中央に陣取った。

 兵士たちの輪が二つに割れると、劉備と徐庶が姿を見せた。


「皆の者、今から馬岱が調練した兵士たちを相手に小規模ながら訓練を行う。対戦相手としては、各武将より厳選された兵士で隊を組ませてある。全員、気を引き締めて訓練に当たれ」


 劉備の声で兵士が歓声を上げた。さて、最初はどの部隊と戦うのか。

 兵士の輪から姿を見せたのは、劉備の養子である若武者の劉封だった。


「相手になろう」


 劉封は部下を連れて俺達の前へと出てきた。


「劉封殿、よろしくお願いします」


 俺はそういうと、隊員を連れて馬をぐるりと駆けさせた。

 劉封も同じように馬を走らせ、俺達と反対方向に回った。

 俺と十三名の隊員と、劉封の部隊が真っ向になったとき、一斉に突撃をしかけた。


 同じく突撃してくる劉封たち。激しいぶつかり合いが起きた。

 俺は先方にいた劉封と切り結び、他の隊員たちもぶつかり合った。

 馬上で繰り広げられる戦い。俺は劉封の剣を弾いて、劉封の首に切っ先を突き付けた。


「くっ、降参だ」


 悔しそうに絞り出した声。背後を見ると、こちらの隊員は誰一人落馬してはいなかった。

 全員で並んで一礼をすると、兵士たちから歓声が上がる。


「皆、気を引き締めろ。今のはまぐれかもしれん。次の方、いらっしゃいませぬか?」


 俺が兵士たちに声を大にして言うと、青年が姿を見せた。

 関羽の養子である関平だ。こちらも優秀な武将だ。関平は歩兵のようなので、馬から降りて歩兵の装備に変える。

 今度も並んで一礼し、部隊を横に広げた。


 純粋なる力勝負。関平が、突撃、と叫ぶと、一気に兵士たちが駆け出した。

 俺も突撃の指示を出すと、誰よりも早く、大将首の関平へと向かった。

 関平は剣で俺に斬りかかってきた。俺はそれを弾き、刃を閃かせ関平の脇腹にそっと当てた。


「くっ……」


 関平が負けを認めるように、顔を歪ませた。

 他の者達の切り結ぶ音が聞こえなくなったところで、周りを見回した。

 そこには誰一人倒れている者はいなかった。全員、肩で息をしているが、激しい戦いの中であっても倒れることはなかった。


 これには、周りの兵士たちも前の歓声よりも大きな声で褒めたたえてきた。

 劉備軍の若手の選りすぐりの兵たちを相手にしても負けない。これは大きな自信につながるだろう。

 次はだれかと思っていると、兵士たちの輪から出てきた者を見て、どよめいた。


 それは張飛であった。

 張飛が歩兵を率いて、ゆったりと俺達の下へ近づいてきた。


「馬岱よぉ、なかなかいい面構えになってるじゃねぇか」

「張飛将軍がお相手してくださるのですか?」

「仕上げの確認としては最高だろうよ?」

「確かに」


 俺は小さく笑う。張飛は兵を並ばせて一礼させると、すうっと息を吸った。


「突撃ー!」


 張飛の鼓膜を破らんばかりの大声に動かされた兵士たちが、こちらに襲いかかってきた。

 先ほどまでの兵士たちと勢いが違う。だが、気合で負けてはいけない。

 俺も張り出せる限りの声で言う。


「突撃っ!」


 気炎を上げて、突き進む隊員と張飛の兵士たちがぶつかりあった。

 俺の前には、あの張飛が立ちふさがった。ニヤリと笑みを浮かべた張飛が訓練用の槍で俺を突いてきた。

 目の覚めるような一撃とはこのことだろう。


 咄嗟の反応で剣で槍を弾いたが、次の攻撃には繋げられない。

 張飛に突撃されれば吹き飛ばされる。それならば、こちらから仕掛ける。

 俺は張飛の肩に体当たりをした。だが、それはまるで岩石に体当たりしたような感触であった。


 岩石のように硬い張飛が笑う。


「俺と張り合えるか?」


 張飛は足に力を入れると、片方の肘を一気に上げた、

 その力に俺は大きく体勢を崩されてしまう。次に目に入ったのは張飛の拳だった。

 顔面がはじけ飛ぶような一撃をスレスレでかわす。だめだ。ここまで接近されたら、剣の間合いどころではない。


 だが、離れれば、確実に槍で突き飛ばされるか、叩きつけられるだろう。

 最初に反応できたのはまぐれと言ってよい。ここはこの距離を維持したまま戦うしかない。

 俺は張飛に体を密着させて、腰に手を回した。動け、少しでも持ち上がれ。


 俺は岩石を持ち上げるように力を入れたが、ぴくりとも動かなかった。

 逆に俺の腰に手を回されると、一気に持ち上げられた。子供を大人が軽々と持ち上げるような感覚。

 まるで力が違う。張飛の頭の上まで高々と持ち上げられると、あとは地面に叩きつけられるのを待つだけとなった。


 さすがにこれは無理か。諦めて、目を閉じかけた。その瞬間、張飛が笑い声をあげた。


「やるじゃねぇか。お前の部下は」


 そう言うと、俺は周りを見た。

 そこには張飛の部下を打ち倒して、張飛に剣先を当てている隊員たちの姿があった。

 全員立っている。誰も倒れることなく立っていたのだ。


 張飛は俺を地面に叩きつけることなく、ゆっくりと降ろした。


「ま、今回は俺の負けってことにしてやるよ。頑張れよ、馬岱」


 張飛はそう言うと、自分の兵士たちを連れて戻っていった。


「おら、見世物はここまでだ! 全員駆け足!」


 張飛のどなり声で一斉に動き出した兵士たちを尻目に、俺達は立ちすくんでいた。


「張飛将軍を負かせた……」


 李央が呟いた。


「勝てたんだよな?」


 丹瑞が問うた。


「……ああ、俺達の勝ちだ」


 俺が言うと、隊員たちは全員で歓喜の声を上げた。

 俺達は強い。劉備軍の精鋭と戦って負けなかったのだ。これは大きな自信に繋がる。

 全員、上気したような顔をさせている。

 

 ここで全員を褒め称えるのも良いが、それは本当の戦で活躍した時だ。


「全員、並べ!」


 隊員たちは表情を引き締めると、俺の前に並んだ。


「よくやった。では、駆け足」


 そういうと、俺は走り出した。背後から苦笑する李央の声が聞こえた。

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