臣下
劉備と関羽に挟まれて連れていかれたのは、こじんまりとした居室だった。
外では張飛が開いた宴会の声が聞こえる。それを遮るように関羽が戸を閉めた。
「悪いな。なんのもてなしもなくて」
劉備が言うと、徐庶が首を横に振った。
「私はあなたとお話ができれば十分です」
「それはありがたい。馬岱殿、お前は俺に興味があるのか?」
「はい。徐庶殿と同じく、お話ができれば問題ございません」
劉備を椅子に深く座りなおすと、満足そうに腕組みをした。
「さて、どんな話が聞きたいんだ? なんでも聞いてくれ」
何を質問したらよいかを考える。劉備という人を見極めることができる事柄は何かあるか。
徐庶もまだ考えている様子なので、俺から口を開いた。
「劉備様はなぜ反曹操なのですか? 傀儡ですが、帝を擁しているのは曹操です。漢王室を捨てた、ということでしょうか」
「なるほど。確かに、帝を擁するのは曹操。それに反するは逆賊だ」
「はい。劉備様が何を目指しているのか、それを教えていただきたいです」
俺の言葉を聞いた劉備の目が鋭くなった。これは確信に踏み込んだことを意味しているのか。
劉備は首を軽く手でさすった。
「死にたくない、って言えば?」
「死にたくない?」
死にたくないと言えば、ほとんどの者が死にたくないというだろう。
劉備が何を言いたいのか理解できてないでいると、劉備が笑った。
「人生、死ねば終わりだ。馬岱殿、死んだらどうなると思う?」
「死生観の問答ですか?」
「まあ、気軽に答えてくれよ」
「……死んでも何か続きはあると思います。生まれ変わったりとか」
「いいな。馬岱殿に夢はあるか?」
劉備の会話の目的が分からない。のらりくらりかわしているようにも思える。
「夢ならばあります。それが劉備様の目指すものと関係があるのですか?」
「俺にも夢がある。死なないって夢がな」
死なない。それは不老不死を言っているのだろうか。
そんな夢幻みたいなことを考えて生きているのか。
「おっと、勘違いしないでくれ。死なないってのは、生き続けるってことを言っているんじゃないんだ。人の心に残り続けるように生きたいってことだ」
「人の心ですか?」
「ああ。人に希望を与え、夢を見させる存在になりたいのさ。要は、英雄になって世界から忘れられたくない。ガキの夢に毛が生えた程度の夢だ。笑えるだろう?」
俺は呆気に取られた。英雄という存在になって、世界に残り続けたい。
人々に夢と希望を与えられる英雄になれば、人の心に残り続けるだろう。それを死なないと言っているのだ。
「劉備様、少し良いでしょうか?」
徐庶が会話に入ってきた。
「今、あたなが語ったように、人に希望を残したいのであれば、曹操を討つことがもっとも手早いと私は考えますが?」
「そうだな。俺が曹操の下にしばらくいたのは知っているな?」
俺と徐庶は頷いた。曹操と共にいた時期があったが、のちに劉備は曹操を裏切った。
そのことで反曹操の人として、曹操を嫌う者達から評価を得た。
劉備が続ける。
「曹操の傍にいて分かった。あいつは英雄になりたい訳でも、王になりたい訳でもない。ひたすら自分が楽しいと思えることを続けている」
「それは、恐怖を求めている、ということでしょうか?」
「馬岱殿、よく分かったな。曹操と話したことがあるのか?」
「以前、縁があり、話を聞いたことがあります」
「なら、話は早いな。じゃあ、俺が曹操にどう扱われたか分かるか?」
劉備は曹操に手厚くもてなされたと聞いている。
その後、軍を与えられたことを考えると、悪い待遇ではないと思う。
「曹操は俺を見て言ったんだ。まだだな、ってな」
「まだ、とは?」
徐庶の質問に劉備が眉間にしわを寄せた。
「曹操は俺にこれっぽっちも恐怖を抱かなかったってことだ」
「王力持ちのあなたでも?」
「ああ、そうだ。だから、俺に軍を渡して、手放した。もっとデカくなって俺を殺しに来いと言われた気がしたよ」
「では、曹操の敵とみなされなかったと?」
「そうだ。徐庶殿、お前は曹操を殺すことが一番手っ取り早いと言ったな? それは正しい。だが、間違いだ。やつを殺すことができるのは、もっと先だ。」
劉備はそう言うと、右手を強く握りしめた。
「積み上げてきた屍の数々。その上に曹操は立っている。なら、俺もその横に立てるようにならないといけない」
「劉備様はどうやって、曹操の隣に立つのですか?」
徐庶が震える口で言った。
「民の力だ。曹操のように人を潰して、その上に立つことは俺にはできない。だから、俺は民の力で押し上げてもらう。天に届くようになるまでな」
「あなたは、慕ってくれる民を力に変えると?」
「そうだ。だから、俺は民を見捨てない。民を捨てるのは俺の力を捨てることになるからだ」
「あなたに民が希望を求めるように、あなたも民に力を求める。そういうことですか?」
「ああ。俺には一人で英雄になれるほどの才覚はない。だから、俺には兄弟が必要だった。部下が必要だった。民が必要だった。それを続けて、俺は曹操に追いつくのさ」
劉備が言い終わると、徐庶が顔を伏せて小さく震えていた。
そんな徐庶を見て、劉備が優しく声を掛ける。
「徐庶殿、お前も、俺を押し上げてくれる一人になってくれないか?」
劉備の言葉に徐庶が顔を上げた。劉備は柔らかな表情で、徐庶の目を見つめた。
「私はあなたを支えることができるでしょうか?」
「俺の天下に不要な人間なんていないさ」
「劉備殿……」
徐庶は一筋の涙を見せ、何度も頷く。劉備の言葉が徐庶の心に触れたのだろう。
力の求め方は人それぞれだ。己を鍛える者もいれば、他人の力を借りる者もいる。
劉備は後者だが、それが悪いことだとは思わない。それができるのも劉備の力なのだ。
「馬岱殿、お前はどうだ? 王力を持っているってことは、誰かの部下か、それとも奪ったか。どちらにせよ、俺を支えてくれるなら俺は誰でも受け入れるぜ」
「劉備殿……。嬉しいお言葉ですが、部下になることはできません」
「そうか。残念な話だ」
「虫が良い話だとは思って、お話いたします。あなたの傍にいて、あなたの天下を見させていただけないでしょうか?」
俺は劉備のことを見極めてはいない。今、語ったことも本音かどうかは分からない。
だが、劉備には、人が力を貸したくなる不思議な力を感じた。だから、その天下を見てみたい。
馬騰が見つめる先と、劉備が見つめる先。二人が手を取り合えば、それだけ曹操の天下に近づける。
俺はそれを見たいと思ってしまっている。だから、劉備の傍にいたいと思った。
「俺の天下が見たいか。なら、好きなだけ見てくれ」
「ありがとうございます」
「いつでも、俺の部下になってくれて構わんからな?」
「そ、それはちょっと」
俺が首を振ると、劉備は声を上げて笑った。
その笑顔があまりにも屈託のないもので、俺もつられて笑ってしまった。
天下の器というものを劉備に感じた、一日だった。




