高所恐怖症から見る悩みのループとうつ病
高所恐怖症は「恐怖」の話ではない
──予測が更新できないと、人は止まる
高所恐怖症は、
落ちるのが怖いから起きているわけではない。
同じ高さでも、
• 太い柵があれば平気
• ガラス床だと無理
この時点で、
原因が「高さ」ではないことは分かる。
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止めているのは恐怖ではない
人は普段、
• 少し動く
• 危なければ戻る
• 予測を微修正する
この
「試して戻れる」構造で行動している。
だが高所では、
• 失敗=一発アウト
• 試行ができない
• 誤差が許されない
つまり、
予測を更新する手段が存在しない
この瞬間、
行動は止まる。
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なぜ理由付けが効かないのか
ここで人は言う。
• 理屈では安全
• 確率は低い
• みんな大丈夫
だが高所恐怖症では、
こうした説明は一切効かない。
理由は単純だ。
理由付けは、
予測が更新できる前提でしか機能しない
更新できない状況では、
どんな正論も無力になる。
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行動停止は正常動作だ
足がすくむ。
体が動かない。
これは誤作動ではない。
不完全な予測で
行動に突っ込まないための
正常なブレーキ
ここで無理に動かすと、
恐怖だけが強化される。
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高所恐怖症になる人/ならない人の差
違いは勇気ではない。
• 戻れるイメージがあるか
• 修正できる感覚があるか
ただそれだけだ。
戻れる未来が見える人は動ける。
見えない人は、合理的に止まる。
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これが「悩みのループ」の正体
人生の選択も同じ構造をしている。
• 失敗すると取り返しがつかない
• 正解は後出し
• 評価が全方位から来る
これは人生の高所だ。
結果、
• 動けない
• それでも考え続ける
• 理由だけが増える
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なぜ考えるほど戻れなくなるのか
行動できないとき、人は、
理由付けを
行動の代わりに使う
これは怠慢ではない。
制御感を保つための応急処置だ。
だが、
• 理由が増えるほど
• 行動は遠ざかる
高所で下を見続けるほど、
足が固まるのと同じ。
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この構造が、特定の状況に一時的に現れるのが高所恐怖症だとすれば、それが長期化し、生活全体に広がった状態が悩みやうつとして現れることがある。
だから、
「分かっているのに動けない」
になる。
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なぜ焦りが一番危険か
回復期に出る焦りは、
• 早く戻れ
• 元の水準に戻れ
という完成形の要求だ。
だがこの時点では、
更新能力はまだ戻っていない。
結果、
行動=セフティ消費
更新=ゼロ
となり、再停止が起きる。
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なぜ環境変化が効くことがあるのか
環境を変えると、
過去の失敗予測ログが
一度無効化される
同じ行動でも、
悪い予測が結びつかない。
それだけで、
微小な更新が起きる。
これは逃げではない。
修理工程だ。
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抜け出す条件は一つだけ
予測が一段だけ更新できる行動
• 小さく
• 戻れて
• 致命的でない
覚悟も根性も要らない。
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結論
高所恐怖症も、悩みも、うつも、構造は同じだ。
予測が更新できない場所では、
理由付けは無効になり、
行動は止まる
だから「もっと考えろ」は、
ほとんどの場合、逆効果だ。
必要なのは答えではない。
一段だけ下りられる足場。
うつは、感情の病気ではなく
あらゆる行動が
「試せない高所」になってしまった状態だ。
それが見えた瞬間、
人は驚くほど静かに動き出す。




