↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
心理学は正しいのか?  作者: シンリーベクトル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
69/163

努力とは所詮この程度の言葉です

— なぜ人は「努力」という言葉を使うのか


仕事や教育の場では、よく次の言葉が使われる。

•「もっと気持ちを込めろ」

•「努力が足りない」

•「根性を見せろ」


一見すると、行動を促す前向きな言葉に見える。

だが構造として見ると、少し違う。


努力や根性は、行動の原因を説明している言葉ではない。

多くの場合、それは後から付けられる理由付けとして使われている。


⸻


行動は努力ではなく予測で決まる


人の行動は、精神論よりも現実的な条件で決まる。

•報酬があるか

•評価が上がるか

•失敗した時のコストはどうか

•周囲からどう見られるか


こうした条件を予測しながら、人は行動を選んでいる。


つまり行動は


報酬の予測 → 行動


という流れで決まる。


努力という言葉は、この構造の説明にはなっていない。


⸻


予測が崩れると精神論が出てくる


組織や上司は、ある目的に向かって人を動かそうとする。

しかしその目的に対して、相手が予想通りの動きをしなくなる瞬間がある。

•部下が思った通りに動かない

•想定した方向に進まない

•行動の理由が説明できない


本来ならここで説明すべきなのは

•なぜこの仕事が必要なのか

•どんな利益や損失があるのか

•なぜこの役割が必要なのか


といった構造である。


しかしそれには時間も能力も必要になる。


そこで代わりに出てくるのが


「努力が足りない」

「気持ちが足りない」

「根性がない」


という言葉だ。


これは原因の説明ではなく、

行動を動かすための圧力である。


⸻


報酬に満足できない時、人は努力を使う


もう一つ、努力という言葉が使われる場面がある。


それは、報酬に満足できない時だ。


例えば

•評価が低い

•給料が上がらない

•認められない


本来なら


「報酬が足りない」


という話になるはずだ。


しかしそれをそのまま言うと、社会的には角が立つ。


そこで登場するのが


「努力」


という言葉である。

•「努力したから意味がある」

•「努力は無駄じゃない」

•「努力した経験が財産」


つまり人は


不足した報酬を、努力という言葉で埋めようとする。


⸻


精神論がなくならない理由


精神論が広がる理由は単純だ。


非常に便利だからである。

•成功 → 努力したから

•失敗 → 努力が足りない


どちらにも使える。


つまり精神論は


検証できない構造


を持っている。


原因を分析しなくても、説明が成立してしまう。


⸻


本当に見るべきもの


努力という言葉自体が悪いわけではない。


問題は、それが


原因の代わりに使われること


だ。


本来見るべきなのは

•人は何を予測しているのか

•どんな報酬があるのか

•どんなリスクがあるのか

•なぜその行動が選ばれているのか


という構造である。


ここを見ない限り、


「努力しろ」

「根性を出せ」


という言葉は、


不足した報酬や説明を埋めるための言葉


として使われ続ける。


そしてその社会では、

努力している人ほど疲れていく。


なぜなら


原因ではなく言葉だけが増えていくからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。