ウィッシュリスト 100のやりたいこと
欲求とは、新しい市場の原点かもしれない
「何が売れるか?」を考えるとき、
多くの人はすでに存在する商品や流行を参考にする。
しかし本当は、そのさらに手前に
まだ商品にも市場にもなっていないものがある。
それが 人の欲求 だ。
⸻
欲求は、まだ加工されていない市場データ
市場調査というと、
• 年齢
• 性別
• 収入
• 購買履歴
といった「外から見える情報」が使われがちだ。
だがこれらはすべて、
すでに行動に変換された後の結果でしかない。
一方で欲求は、
• 行動する前
• 商品を選ぶ前
• 比較や合理化が始まる前
の、いわば 市場の源泉 に近い情報である。
⸻
「やりたいこと100×100人」が商品になる理由
もし
「やりたいことを100個書いてもらう」
それを100人分集めた資料があったらどうだろう。
一見、雑多で役に立たなさそうに見える。
だが実は、これだけで十分な商品価値がある。
理由① 生データである
きれいに整理された結論ではなく、
• 迷い
• 矛盾
• 曖昧な言葉
• 未完の欲求
がそのまま残っている。
企業や開発者が本当に欲しいのは、実はここだ。
理由② 横断的に比較できる
100人分あれば、
• 異常に多い欲求
• 年齢や属性を超えて共通する願望
• 一部の人だけが抱える極端な願い
が浮かび上がる。
この瞬間、市場の輪郭が見え始める。
理由③ 流行に左右されにくい
商品やサービスは古くなるが、
欲求の構造は簡単には変わらない。
つまり、
再利用可能な市場資源になる。
欲求の代替え商品のヒントにも使える
⸻
自分で使うなら、分析すべきは「やりたい理由」ではない
重要なのは
「何をやりたいか」そのものではない。
見るべきは、
• なぜやれていないのか
• どこで止まっているのか
• 代わりに何でごまかしているのか
という 詰まりの部分だ。
例えば、キャンプに行きたい人が多いのに『準備が面倒』で止まっているなら、手ぶらセットではなく『パッキング済みリュックのレンタル』が市場になる。
特に価値が高いのは、
「やりたいが、諦めていること」
そこには必ず、
• 価格
• 手間
• 知識不足
• 環境
• 仲間
• 恥や不安
といった 設計で解除できる制約 が埋まっている。
⸻
市場が生まれる瞬間
同じ欲求が、
• 別の人に
• 別の理由で
• 繰り返し現れる
この構造が見えたとき、それは
まだ成立していない市場
になる。
商品とは、
「欲求を満たすもの」ではなく、
欲求が途中で止まる地点を
一気に通過させる仕組み
だからだ。
⸻
欲求は単なる気持ちや夢ではない。
それは、
まだ名前のついていない市場の設計図
であり、
集めて、並べて、眺めるだけで
次の一手のヒントが見えてくる。
流行を追わなくてもいい。
答えはすでに、人の中にある。
⸻
実戦編①
「読者が何を読みたいか」は、知りたい欲望そのもの
note には無数の書き手がいます。
とくに多いのが、小説を書いている人たちです。
彼らが本当に知りたいのは、
・文体の美しさ
・比喩の技法
・プロット論
ではありません。
「で、結局、読者は何を読みたいのか?」
これです。
⸻
思考実験
もし、
「読者が本当に読みたいもの10選」
─ 読者100人の回答まとめ
という記事があり、
それが 100円で売られていたらどうでしょう。
買うかどうかは人それぞれですが、
• 読みたくない人は、ほぼいません
• 流し読みでもいいから、見たい
• 自分の書いているものと照合したくなる
この時点で、需要は成立しています。
重要なのは、これは
「正解を押し付ける記事」ではないという点です。
⸻
なぜ「100人分」が強いのか
1人の意見は、好みです。
10人でも、偏りがあります。
でも 100人分の共通項が見えた瞬間、
それは「市場の輪郭」になります。
これはマーケティングでも、心理学でもなく、
純粋に“読み手の欲求ベクトル”の平均値です。
⸻
実戦ポイント②
これは「創作を縛る情報」ではない
多くの書き手は、ここで警戒します。
読者に迎合すると、作品が死ぬ
自分らしさが失われる
しかし実際には逆です。
• 読者が何を欲しがっているかを知る
• その上で、どれを使わないかを選ぶ
これによって、初めて
「自分は何を捨てて書いているのか」が明確になります。
知らずに外すのと、
知った上で外すのでは、意味がまったく違います。
⸻
実戦ポイント③
note読者に刺さる理由
この手の記事が刺さる理由は単純です。
• 今すぐ使える
• 自分の過去作を振り返れる
• 未来の修正点が見える
つまり、
読むだけで行動が発生するからです。
noteは「娯楽」より
「ヒント」「視界が開ける感覚」に反応が出やすい媒体です。
⸻
「これは、正解集ではない。
ただ、読者が何を見ているのかを可視化した地図だ。
進むも、外れるも、立ち止まるも、決めるのは書き手自身である。」




