「昔は良かった」「今時の若いもんは」の構造
人はなぜ「昔は良かった」と思ってしまうのか
──脳が過去の不安を圧縮する理由
人は年齢に関係なく、
「昔は良かった」
と思うことがある。
そして同じように、
「今の若者は……」
とも語る。
一見すると別の話に見えるが、その背景には共通する認知の仕組みがある。
私たちは過去を、そのまま保存していない。
過去の記憶は再編集される。
出来事は残る。
しかし、その時に感じていた不安や迷い、先の見えなさは時間とともに薄れていく。
受験前の恐怖。
就職前の不安。
恋愛で傷つくかもしれない緊張。
当時は大問題だったはずなのに、数年後には驚くほど曖昧になっている。
これは単なる物忘れではない。
人間の脳には、不快な感情ほど薄れやすい傾向があることが知られている。
さらに結果を知った後には、
「結局なんとかなった」
という視点で過去を見直す。
後知恵バイアスもここに加わる。
すると過去からは不安が抜け落ち、結果だけが残る。
その結果、
「昔は良かった」
という感覚が生まれる。
だが本当に昔が楽だったわけではない。
当時の不安を忘れただけかもしれない。
もし人間が過去の苦痛や予測コストを完全に保存する生き物だったらどうなるだろう。
受験の恐怖も、
失恋の痛みも、
転職の不安も、
当時の強度のまま残り続ける。
すると人は次の挑戦を避けるようになる。
未来へ進むたびに、過去の苦痛が鮮明によみがえるからだ。
だから脳は過去を編集する。
失敗そのものを消すのではない。
失敗に伴った不安や痛みの解像度を下げる。
それによって再挑戦を可能にしている。
「今の若者は……」という言葉も似ている。
私たちが比較しているのは若者ではない。
結果を知っている過去と、不安を抱えたままの未知と比べてしまっている。
過去は安全で、未来は不確実である。
だから未来を担う若者に対して、不安や警戒が向きやすい。
人は過去を愛しているのではない。
結果を知っている世界を愛している。
そして脳は、その世界を少しだけ美しく編集することで、私たちを次の未来へ送り出しているのかもしれない。




