綾子の存在
相川がミーティングルームで、alienのメンバーから受け取った曲を聞いてると、ボレロのメンバーが部屋に入ってきた。
「珍しいですね。事務所に来るなんて」
と和が相川に声をかけると
「今日はalienの奴らの宿題提出日だったから。お前らこそ珍しいじゃないか?」
と相川は由岐と和を見て言った。
「俺たちは打ち合わせです。…この曲、アイツらが作ってきた曲ですか?」
と由岐は相川のPCから流れてる音楽について聞いた。
「まあな。でも、ボツの曲だよ」
と相川はため息をついた。
「何でですか?結構いいじゃないですか?」
とタケが言うと
「全然ダメだよ。こんなんじゃ人前に出せないよ」
と相川は言った。
「俺たちの時よりも、ますます鬼になってるんですね…」
とタケが言うと相川はPCをボレロのメンバーに見せた。
「なんですか?」
と由岐が聞くと
「この動画なんだけど、数字見てみろ」
と相川はPCを指差した。
「え?…10万回?」
とカンジは驚いた声をあげた。
「そう、この動画の再生回数が10万回越えてるんだよ。ただの高校生のライヴ動画が半年で10万回越えるって普通じゃないだろ?」
と相川はため息をつくと
「和が見たかがってた綾子ちゃんの幻のライヴ動画見てみるか?」
と言った。
「マジ?綾子ちゃん映ってるの?俺も見たい」
とタケが言うと
「どうせならスクリーンで見るか?」
と言って相川はPCとプロジェクターを繋いで部屋の照明を落とした。
スクリーンに映像が写し出されると同時に部屋にはライヴハウスの歓声が聞こえてきた。
「うわ、懐かしいな。この熱気…」
とタケが言った次の瞬間、歓声が更に大きくなったのと同時に綾子たちがスクリーンに写し出された。
「…!」
alienの演奏が始まるとボレロのメンバーは息をのんだ。
「前に音源聴いた時もスゴいと思ったけど、やっぱりスゴいな…」
とタケが言うと
「だよな…。客をどんどん引き込む演奏だな。本当に高校生かよ」
とカンジが言った。
「それに…綾子ちゃんってこんなに存在感ある子だったか?スゴい大きく見えるし、演奏も素人とは思えない」
とタケが言った。
「…」
「…」
タケとカンジとは対称的に和と由岐は何も言わずスクリーンをじっと見ていた。
動画を見終わったあと
「alienを初めて見たとき俺は化け物だと思ったよ」
と相川が言うと
「確かに化け物だな…」
とタケが呟いた。
「だから、化け物には化け物に合う曲が必要なんだよ」
と相川が言うと
「そうですね。今、アイツらが作った曲を人前に出したら動画見て良いと思ったけど実際は…ってほとんどの人が思うかもしれませんね」
とカンジは言った。
「…由岐、お前はやっぱり綾子ちゃんがプロになるのは反対か?」
と相川は由岐に聞いたが、由岐は何も答えなかった。
「alienが契約したときに綾子ちゃんがいなかったと言う事は他の事務所も知ってる。だから今、他の事務所は綾子ちゃんを躍起になって探してる。まだ由岐の妹だと言う事は知られてない。けど、近い将来綾子ちゃんはいろんな事務所から声がかかるし、事務所次第ではお前の妹と言う話題性を売りにする事もあるかもしれない。それから…」
と相川は和を見て
「和との事も表に出してくるかもしれないし、逆に別れさせられるかもしれない」
と言った。
「でも、綾子はやらないって…」
と由岐が言うと
「本当にそう思うか?」
と相川は言った。
「それは…」
と由岐が返事に困るってると
「由岐、俺も事務所も綾子ちゃんがalienで活動していくとしてもお前の名前は一切出さないつもりだし、和と付き合ってる事も別に反対もしない。何故だか分かるか?」
と相川は由岐に聞いだが、由岐は俯いたままこたえなかったので
「綾子ちゃんが加入したalienにはお前の妹と言うことも和とのことも別にどうでも良いことなんだよ。お前たちの存在なんて利用しなくても、必ず頂点目指せるんだよ」
と相川は言ってから
「でも、綾子ちゃんがいなくてもアイツらは磨けば光るから無理に綾子ちゃんに入ってくれとは言わないから安心しろ」
と言って席を立った。
数日後の夜、綾子は久しぶりに和の家に来て、大学に入ってから始めた料理を作って和と食べたり、大学での話などをしていた。
「そうか。大学楽しそうだな」
と和は綾子の膝に頭を乗せて言った。
「ところまで…いい男はいた?」
と和が言うと
「なっちゃん、意地悪な事言うよね」
と綾子はふてくされた顔をした。
「何で?俺、綾子に捨てられないか心配なんだもん」
と和は言うと
「あ、そう言えば今日、いい男に会ったよ」
と綾子が思い出したように言った。
「え?マジ?」
と和が焦って起き上がると
「うん。誠君」
と綾子は言った。
「…なんだ、誠か」
と和がホッとした顔をすると
「相川さんのところで曲作りの修行中って笑ってたけど、自信を無くしてるみたいな顔してた」
と綾子は言った。
「そうか。…何日か前に相川さんと会って誠たちが作ってきた曲聴いたけど、相川さん厳しいすぎるなって思ったよ」
と和は言ったあと
「でも、あの曲じゃダメだな。初めは興味本意で買う人がいるかもしれないけど、すぐに飽きられてしまう感じがするし、相川さんはアイツらにスゴい期待してるから厳しくしてると思う」
と言った。
「そうなんだ…」
と綾子が言うと和は
「綾子はもう音楽やらないの?」
と聞いた。
「そんな事は無いけど。サークルとか見ても何かピンと来なくて」
と綾子は言った。
「ふーん…」
と和が言うと
「い…今は大学生活楽しいし、そのうちまたやるかもしれないけどね」
と綾子は笑った。
「そっかぁ」
と言ったあと、和は綾子の頭を自分の膝に乗せた。
「なっちゃんどうしたの?」
と綾子が驚いてると、和は綾子の頭を撫でながら
「武道館終わってから考えてたんだけど…俺と結婚しない?」
と言った。
「え?け…結婚?」
と綾子があまりにも突然過ぎる和の言葉に目を丸くして驚くと
「いや、違うんだよ。…違わないけど」
と和は恥ずかしそうな顔をしてから
「ちょっと…いや結構気が早いけど…綾子が大学卒業したら結婚しようって話…」
と言った。
「え?大学卒業したら?」
と綾子が言うと
「そう。ダメ?」
と和は言った。
「…ダメじゃ…な…い」
と綾子が恥ずかしそうに言うと和は今まで見たことがないほど嬉しそうな顔で
「やったー!よっしゃー!」
とガッツポーズをしてから
「綾子、ありがとう。絶対に幸せにするから!」
と言った。
まるで子どものように喜ぶ和の姿を見て綾子も嬉しい気持ちになった。
「綾子、俺は結婚したら早く子どもが欲しいな」
と和は言った。
「子ども?」
と綾子が言うと
「うん。俺、オムツも替えるし風呂にも入れる。キャッチボールしたり自転車の乗りかた教えたり、宿題を見てやったり運動会では綱引きとか頑張って…」
と和は楽しそうに話したあと
「俺が子どもの頃に憧れてた事全部してやりたい」
と言った。
「なっちゃん…」
と綾子が和の顔を見上げてると
「綾子…。俺は結婚するまでの4年間、綾子にはやりたいことをやって欲しい」
と和は言った。
「え?」
と綾子が意味が分からず驚いてると
「結婚するまでの4年間、後で後悔しないように過ごして欲しい。やりたい事があるなら俺や由岐やおじさんおばさんの事考えて我慢して諦める事はして欲しくない」
と和は言った。
「私、何も我慢してないよ」
と綾子が笑うと
「ボレロが5年かかって見た武道館。多分、alienなら4年あれば見れると思う。いや4年もかからないかもしれないし、4年あればもっと大きな会場を満席にすることも出来ると俺は思う。綾子が俺たちの見てきた景色を本気で見たいって思うなら、由岐も綾子がalienに戻ること反対しないと思う」
と和は言った。
「なっちゃん…」
と綾子が泣きそうな顔をすると
「今まで綾子が俺を支えてくれたと同じように、俺も綾子を支える。…でも4年。4年後には俺と結婚して欲しい」
と言って和は綾子の頭を優しく撫でた。




