スカウト
数日後、綾子は和の仕事が休みなので二人で出かける事になった。
…と言っても、和がナゴミとバレると大騒ぎに成りかねないので、さすがにスエットで出かけることはしないけど、普段の和のように顔は前髪で隠して眼鏡をかけてた。
「俺さ思うんだけど、ちょっとダサくない?カラコンもしてないしメイクもしてないからバレないと思うし…。さすがにメット頭連れてる綾子が可哀想なんだけど…」
と綾子が言うと
「私は全然可哀想じゃないよ。仕事のなっちゃんじゃなくて普段のなっちゃんが好きなんだし、こうやって明るい時間に街に出るなんて絶対無理だって思ってたから嬉しい」
と綾子が嬉しそうな顔をすると
「あー、何で綾子はそんなに可愛いこと言うんだよ」
と真っ赤な顔をして綾子の手を握った。
カフェでお茶をしたり映画を観たりと楽しく過ごしていると、時間はあっという間に過ぎて空は薄暗くなってきた。
「お店予約してあるからご飯食べて帰ろう」
と和はちょっと高そうな個室のある日本食の店に綾子を連れてきた。
「なっちゃん、こんな高そうな所じゃなくても良かったのに…」
と綾子が言うと
「ごめん綾子」
と和は頭を下げた。
「何が?」
と綾子が不思議がると
「実はこれから相川さんと事務所の人が来るんだ…。どうしても綾子と話がしたいらしくて」
と和はすまなそうな顔をして言った。
「あ…そっか。大丈夫だよ。私も話してみたかったし…」
と綾子は言ったが表情は曇っていた。
「綾子、イヤなら断ってもいいし、会いたくないならキャンセルしてもらっていいんだよ」
と和が言うと
「大丈夫だよ。ちょっと突然だったから驚いただけ…」
と綾子は言った。
数分後、相川は2人のスーツ姿の男を連れてやってきた。
スーツ姿の男を見た瞬間、和は緊張した顔をした。
その表情に気付いた1人の男が
「ナゴミ、そんな緊張した顔するなよ。リラックスして」
と笑った。
「はい」
と和が返事をすると相川が
「綾子ちゃん、今日は突然ごめんね。どうしてももう一度会いたいと思ってね。それから、こちらはマネージメント事業部の結城武志」
と言うと結城と言う男は綾子に頭を下げて名刺を差し出した。
綾子も頭を下げて名刺を受けとると
「こちらが清雅やボレロが所属する事務所ジェネシスの社長の神田真造」
と相川が言うと
「神田です。お会い出来て光栄です」
と神田は名刺を差し出した。
「こちらこそ、いつも兄がお世話になっています」
と綾子は深々と頭を下げて名刺を受け取った。
マネージメント事業部の結城が来ると相川に聞いた時に事務所が本気で綾子を欲しいと思ってると気付いていたが、まさか社長まで来るとは思っていなかったので和は驚いた。
社長が来たと言うことは、事務所も社長も何が何でも綾子が欲しいと言うこと。
和の想像を越えた逸材だと綾子が認められてる証拠だった。
食事を食べながら
「こんな事を聞くのもなんだけど、綾子ちゃんは他からスカウトとかされてるの?」
と社長は綾子に聞いた。
綾子はチラッと和の方を見て返事に困ってる様子に何かを察して
「あー、別に答えたくなければ答えなくてもいいんだよ」
と社長は言った。
「…すみません」
た綾子が謝ると
「そっか…。どこか話は進んでる所はあるの?」
と社長は聞いた。
「いえ、…あの…お断りしてます」
と綾子は小さな声で言った。
「そっか…。ユキ…君のお兄さんが事務所に入る時にご両親と揉めてゴタゴタしてたの知ってるし、そうゆうのは嫌なのかな?」
と社長が言うと
「実は、ユキも反対してまして」
と結城が言った。
「ユキも?何で?自分だけ好きなことやって妹にはダメだって言える立場か?」
と社長が呆れた顔をしてから和を見て
「お前も反対してるのか?」
と言った。
「僕は…彼女に条件付きでやってみたらどうかと言いました」
と和が言うと
「条件?何だそれ?」
と社長は言った。
「それは…4年間と言う条件です」
と和は言った。
「4年?」
と相川が不思議がると
「僕は綾子に大学卒業したら結婚して欲しいと言いました。彼女も了承してくれました。だから、結婚するまでの4年間、自分のやりたい事を後悔しないようにやって欲しいと言いました」
と和は言った。
「結婚…。相川はどう思う?」
と社長が聞くと
「はい。村上から聞いてるとは思いますが、綾子さんにはナゴミのメンタルを支えて頂いてますし欠かす事の出来ない女性です。彼女にとっても和は同じだと僕は思います。それに、もし結婚したとしても二人とも大丈夫でしょう。恋愛と同じように家庭を持つことは人間を大きくしますし、それによって感性も磨かれてまた良い音楽が作れると思います。それに、うちの事務所は恋愛を禁止しないんですし恋愛の延長には結婚がありますし」
と相川が言ったら
「そうか…。結城はどう思う?」
と社長が結城に聞いた。
「はい。いいんじゃないですか?私も綾子さんには今日初めて会いましたが、彼女の存在はナゴミにとってとても大切なものだと聞いてますし、マネージメント事業部は契約してるミュージシャン全て音楽で勝負させてますので、今まで結婚も恋愛も反対したことはありません」
と結城も言った。
「と、言うことらしいが綾子ちゃんはどう思う?」
と社長は綾子に聞いた。
「私は出来ることならalienのメンバーと一緒にやってみたいですが、4年後には表舞台から降りて和さんと結婚したいです。他の方々は人生かけてやっているのに、私だけそんな中途半端な気持ちでやっていいのかって考えると…」
と綾子は言った。
「綾子ちゃん、君はどうしてやってみたいと思ったの?」
と相川が聞くと
「武道館で和さんが泣いてるのを見て、私もステージからの景色を見てみたいってスゴく思いますし、ギターを弾くのが好きで曲を作るのも好きで、仲間と一緒に演奏するのも楽しくて、あとステージに立った時の自分が自分で無いみたいな高揚感も好きで…」
と綾子は言った。
「それだけやってみたい理由があれば充分だよ」
と社長は言った。
「ギターが好きで曲を作るのも好きで、ギターが天才的に上手くて曲も驚くほどスゴいのを作れる。ボレロの場合武道館ライブはメジャーデビュー2年目には満席に出来る事は出来たけど、うちの事務所に入った5年の節目までわざとやらなかっただけだ。僕のなかのalienの未来図では今年インディーズデビュー、来年中にはメジャーデビュー、再来年武道館、そのあとは代々木競技場かドーム。4年後の事は綾子ちゃんがナゴミと結婚してから考えればいい。…どうだい?とりあえず4年やってみないかな?」
と社長は言った。
「ユキやご両親にはキチンとした納得してもらえる条件を提示して了承してもらえるように結城が頑張るし、出来ることがあるなら僕も協力する。何か他に希望はある?」
と社長が聞くと
「スゴく偉そうなお願いなんですけど、兄と兄妹と言う事は公表しないでもらえますか?」
と綾子は言った。
「それは別に構わないけど。どうして?」
と社長が聞くと
「声をかけて頂いた事務所の方の中に兄と兄妹と言うことがセールスポイントになるって言われた方がいたんですが、私は兄に迷惑かけたくありませんし、生意気ですが出来ることなら兄の名前は使わないでやってみたいです」
と綾子は言った。
「大丈夫だよ。僕たちは初めから公表するつもりは無いしユキの妹だからって綾子ちゃんを誘ってる訳じゃないんだ。綾子さんはユキの妹とかナゴミの彼女とかそんな肩書きなんて無くても成功するよ。その為に僕たちマネージメント事業部は他の部門とも連携してしっかりサポートしていくから安心してぜひうちの事務所に来て下さい」
と結城は言った。
相川たちとの食事を終えて、綾子と和は帰り道話をした。
「本当に今日はごめん。せっかくのデートだったのに…。気分悪くした?」
と和が聞くと
「そんな事ないよ。前になっちゃんに言われて私は自分の力を試してみたいって思ってたから…。逆にこうゆう機会を作ってくれて嬉しかった」
と綾子は言った。
「…他の事務所からもスカウトされてたの?」
と和が聞くと
「うん。…でもどこの事務所の人にもユキの妹と言われて…。ユキの妹と言わなかったのなっちゃんの事務所の社長さんだけだよ。…ユキの妹じゃなくて私自身を認めてもらったような気がして嬉しかった」
と綾子は嬉しそうな顔をした。
「そっか。実はさ、社長が直々に話をしに来るのって珍しいんだよ。うちの事務所はユキの妹じゃなくて綾子がどうしても欲しいんだよ」
と和は言ったあと
「きっとツラくて悔しくて泣きたくなる事がたくさんあると思うよ。でも、その先には何倍も嬉しいことや楽しい事も待ってるよ。俺が綾子の存在に支えてもらったように、これからは俺も綾子を支えるから頑張ってみなよ」
と言った。




