第3話:完璧な秘書の「調整」
「——九条様。ディレクターを自称されるのであれば、現場の『鮮度』だけでなく『衛生』にも気を配るべきかと」
カツカツ、と冷徹で心地よいヒールの音が、静まり返った魔王城の廊下に響き渡った。 九条が端末から顔を上げると、そこにはタイトな事務服を完璧に着こなした長身の美女が立っていた。知的な眼鏡の奥で、琥珀色の瞳が鋭く光る。
「……ヴェロニカか。予定より早い到着だな」 「スケジュールは守るものではなく、前倒しするものです。……それより、そちらの『主役』は?」
ヴェロニカの視線の先では、山積みのイチゴのヘタに囲まれて、ルルがクッションの上で大の字になって寝ていた。口の周りを真っ赤に染め、マントを布団代わりにしている姿は、どう見ても「最強の魔王」には程遠い。
「ふが……。むにゃ……オレ様、もう食べられないぞ……」
「……画が壊れているどころか、もはや崩壊していますね。 九条様、これでは『10年先』どころか、明日の配信すら危ういですよ」
ヴェロニカは溜息をつくと、指をパチンと鳴らした。 瞬間、魔法の風が部屋を駆け抜け、散らかったゴミが一瞬で消滅する。それどころか、ルルの顔の汚れまでが完璧にクリーニングされ、マントにはパリッとアイロンがかったような折り目がついた。
「ひゃうっ!? な、なんだぁ! 敵襲か!?」
飛び起きたルルは、目の前に立つ見知らぬ「お姉さん」を見上げ、その圧倒的なオーラに思わず後ずさりした。
「……だ、誰だお前! オレ様の城に勝手に入るなんて、いい度胸だぞ!」
「今日からルル様の秘書兼、教育係を拝命いたしました、ヴェロニカと申します」
ヴェロニカは流麗な動作で一礼し、そのままルルの前に膝をついた。そして、逃げようとするルルの丸い頬を、優しく、しかし逃げ場のない力強さで両手で包み込む。
「ルル様。やんちゃなのは結構ですが、魔王の品格は細部に宿ります。そのマントの着こなし、姿勢……すべてを『プロ』として再定義させていただきますよ?」
「ひ、ひぇぇ……。ク、クジョー! このお姉さん、目が笑ってないぞ!」
助けを求めるルルに対し、九条は端末にヴェロニカのデータを同期させながら、淡々と告げた。
「安心しろルル。彼女は私の意図を完璧に理解する。ヴェロニカ、次の配信は『魔王のティータイム』だ。知的な静寂を演出したい」
「承知いたしました。では、ルル様にはアンティークな眼鏡を。そして背景には、読めなくても構わないので、難解そうな魔導書を12冊配置しましょう。……ルル様、あちらの席へ。背筋を3センチ伸ばしてください。おやつは、撮影が終わるまでお預けですよ?」
「……う、うう。はい、お姉様……」
ヴェロニカの包容力溢れる、しかし有無を言わせぬ微笑みに、さしもの「オレ様魔王」も一瞬で手なずけられてしまった。
その頃、画面の向こう側のエルナは、新しく登場した「有能すぎるお姉さん秘書」と、彼女にタジタジになるルルの姿を見て、悶絶していた。
【新キャラの秘書さん、カッコいい……!】 【ルルちゃんがお姉さんにしつけられてる……尊い……!】
「……よし。ヴェロニカ、エルナ様たちの『エモ度』が急速に上昇している。お前の介入による不純物の除去は成功だ」
九条の言葉に、ヴェロニカは眼鏡を指で押し上げ、静かに微笑んだ。
「当然です。……さあルル様、撮影再開です。世界一の『最強』には、世界一の『教育』が必要ですから」
二頭身の魔王と、偏屈なディレクター。そこに「完璧な秘書」が加わり、魔王プロデュースはさらに加速していく。




