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誰が彼女を殺したのか  作者: 志波 連
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41 新しい日々

 マーガレットの死から5年、マリアが思い描いていた施設がようやく完成した。

 資金は当初の計画よりも多く集まり、デリクは確実にそれを増やしていた。

 2年前から専門スタッフを育成する学校も始まり、今年の卒業生達が、施設の立ち上げスタッフとなる。

 

 入所希望者は後を絶たず、評判の悪かったモーリス病院は閉鎖を決めた。

 務めていた医師やスタッフは、再教育を受けてマリアの施設へ就職する事が決まった。

 モーリス病院のオーナーはすでに高齢だったこともあり、閉鎖に踏み切ったようで、特に大きな問題もなく、話が進んだ。

 問題といえば、跡継ぎとなるはずだったモーリス伯爵の次男が文句を言ったくらいだろう。

 それに関してはデリクが出て、金で解決したとマリアは報告を受けた。


 施設の名前は『ライブリーカレント』

 命名者はマリアだ。

 アレンはマリアの名前を入れたがったが、マリアが断固拒否した。


「マリアさんがそう言うなら諦めるけど」


 アレンは最後まで残念そうにしていた。

 施設経営は順調で、施設長として雇用した元王宮医師が掲げた『最後まで希望を持って生きる』を合言葉に、スタッフは一丸となって仕事に取り組んだ。

 施設の開所と共に、アレンは母親を転院させた。

 状態は変わらないが、最期を看取ってやれる喜びに、アレンは涙を流した。


 まだ動けるうちに入所した高齢者が生産する野菜や花は、カレントの名物として市場に出荷され、その収益は生産者に全額還元されるので、土地付きの施設は低所得者に大人気だ。


 立ち上げに参加し、アースが集めた魂達の代弁者となっていた老人たちは、開所を見届けた後、ひとりまたひとりとこの世を去って行った。

 笑顔で別れを告げる老人たちを見送るたびに、マリアとアレンは魂の安寧を心から祈る。


 もちろん全てが順調というわけでは無い。

 入所者同士の小さな諍いがあったり、徘徊や痴ほうによる問題行動への対処もあった。

 しかし、この施設によって街全体が豊かになっている事を知っている住人たちは、入所者を大切に思っていた。

 街を上げての老人介護制度が定着しつつある。

 そんなある日、マリアが30歳を前にして倒れた。


 当初は過労という診断だったが、食事を受け付けず瘦せていくマリアをアレンはつき切りで看病した。


「マリアさん、頼むからもう少し食べてくれないか?」


「アレンさん。ありがとう。でも十分よ」


 意識はしっかりしているし、内臓に決定的疾患があるわけでもない。

 そんなマリアを診察した施設長が言った。


「マリアさんを見ていると、ずっと昔に診た餓死に近い状態で心肺機能が停止したお嬢さんを思い出すよ。偶然だけれど名前も同じだ」


「まあ、先生が看取ったんですか?」


「看取ったというより、その瞬間に横にいただけさ。何もしてあげられなかった」


「そうですか」


 その話を聞きながら、マリアの手をずっと撫でているアレンが言った。


「僕が死なせてしまったんだ。僕はね、マリアさん。殺人者なんだよ」


 マリアが慌てて言う。


「それは違うわ、アレンさん。あなたに対して思うところがあるとしたら結婚式だけよ。知らずに利用されたとはいえ、結婚式には憧れがあったから……。本当にそれだけよ? あなたは十分に苦しんだ。これから先はきちんと自分の幸せに向き合わないとだめよ」


「難しいことを言うねぇ。僕はカレントに来てからずっと充実しているよ? それで十分だよ。それより君のことだ」


 アレンは目配せをして人払いをした。


「マリアさん、君は僕の妻のマリア嬢なんだろ? 隠しているようだったから言わなかったけど。まあマーガレットさんは隠す気も無いって感じだったしね」


「気づいていたのに合わせてくれたのね。ありがとうアレンさん。そうよ、私はマリア・エヴァンス……いいえ、マリア・ブロウです。改めて初めまして、旦那様」


「ああ、初めまして奥様。君の顔はあのマリア嬢と同じなの?」


「ええ同じよ。今は少し瘦せているけれど、この屋敷であなたと初めて会った時の顔が、私の17歳の顔なの」


「そうか、僕の奥さんはとてもきれいでチャーミングだったんだね」


「ふふふ、ありがとう。アレンさん」


「アレンって呼んでくれよ。僕もマリアって呼ばせてもらいたい」


「アレン……なんだか恥ずかしいわね」


「マリア……」


 アレンが嗚咽を漏らす。

 そんなアレンの頭に手を伸ばして撫でるマリア。

 マリアが横たわるベッドに添い寝するような形で寝そべるアースが、マリアに言った。

 死期が近い今のマリアには、アースの存在が認識できる。


『なんだか妬ける』


『まあ、アース様ったら』


『こいつマリアにプロポーズしそうな雰囲気を醸しやがって! 腹立つなぁ』


『まさか』


『こいつがもし求婚したらマリアは受ける?』


『でももうアレンとは夫婦でしょ?』


『あっ! 今ものすごく傷ついた! 泣くぞ! 泣くぞ! いいのか? マリア』


『あらあら、泣かないでください、アース様』


 アースがマリアを後ろから抱きしめ、首筋に顔を押し当ててゴリゴリと動かした。

 マリアの体が少し揺れる。


『なあ、マリア。君は結婚式をしてみたいのだろ? 女性は憧れるものなのだろう? 私はマリアを手放せないけれど、人間のような結婚式はしてやれないからさ。幸せな結婚式を経験してみても良いんじゃないかい?』


『結婚式かぁ……それほど重要じゃないかもしれないけれど、アース様がそうしろと仰るなら考えてみます』


『君の思い通りにすればいいよ。マリアの納得できる形にしなさい。私は空間の世界に戻って君を迎える準備をしておこう。みんな君が来るのを楽しみにしているんだ』


『わかりました』


 アースはマリアの髪に唇を押し付けてから消えた。

 やっと泣き止んだアレンが、改めてマリアの手をとった。

 居住まいを正し、片膝をついたアレンは、まっすぐな目でマリアを見詰めた。


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