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誰が彼女を殺したのか  作者: 志波 連
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40 マーガレットの後継者たち

 アレンがロナルド元公爵との折衝を終え帰宅した日の夜、夕食を終えたマーガレットが眩暈がすると言い出した。

 おろおろするばかりのマリアに代わって、アレンがテキパキと指示を飛ばし、すぐに医者が駆け付けた。

 

「加齢による機能低下でしょう。特にどこかに疾患があるとは思えませんが、呼吸も浅いし体温も低い。なるべく暖かくしてあげてください。食事はできるだけ摂ってほしいところですが、無理はさせないように」


「はい、わかりました。夜遅くにもうしわけありません。助かりました」


「いえいえ、時間は関係ありません。もし急変するようならすぐに呼んでくださいね」


 マーガレットの側から離れないマリアに代わって、アレンが玄関まで送って行った。

 アレンがマーガレットの部屋に戻ると、マリアがマーガレットに話しかけていた。

 聞くともなく聞いているアレン。


「おばあ様、どこかお辛いところがある? おみ足を擦りましょうか? あの頃は私がおみ足を擦って差し上げるととても喜んで下さったわ。マリアの手は柔らかいから気持ちが良いって仰ったわ。私はまだ子供だったから上手にできないのに、とても褒めて下さって嬉しかったのよ? おばあ様……おばあ様……」


 アレンはふと顔をあげた。

 マリアはマーガレットに話しかけ続けている。


「私が王都からお母様と一緒に来たのはもう随分前のことね。私も今年で21歳になるわ。あの時のお姉様と同じ歳になるの。なんだか不思議ね。お母様が亡くなって、おじい様も召されて、私がいなくなって……おばあ様はとても寂しい思いをされたのでしょうね。私も寂しかったけれど、おばあ様の方が何倍も。おばあ様、お願いだからまだ逝かないでちょうだい。お願いだから」


 マリアがマーガレットの手を握りしめたまま泣き出した。

 数秒躊躇したアレンだったが、ゆっくりとマリアの横に寄り添うように跪いた。


「アレンさん」


「一緒に祈らせてくれ。マーガレットさん、まだ逝かないで下さい。お願いします、お願いします」


 二人はマーガレットの腕に額を突けるようにして祈った。

 静かな時間が流れていく。

 そんなマリアを見て近くにいたアースが言った。


『マリア、泣かないでくれ。マーガレットの魂は、本当によく頑張っているんだ。だからそんなに悲しまないで。マーガレットの器は消えても、魂は私のところに戻ってくるのだ。実はね、ずっと前にマーガレットと約束しているんだ。こちらに来たらおいしいお茶を淹れてくれると。だからマリア、マーガレットにもう会えないって考えちゃダメだ。もう会えないのではなく、もう見えないだけなんだよ。マーガレットはずっとマリアの事を見ているよ。私と一緒にね』


 しかし、人として人生を再開したマリアにその声は届かない。

 マリアが感じられるのはふとした瞬間の温かみだけだった。

 それでもアースは語りかける。


『マリア、私の愛し子。君に寄り添うことしかできない私を許しておくれ。声もかけてやれないなんて悲しいね。マリア、また君に触れたいと思うよ。抱き寄せて髪を撫でて、手ずから菓子を食べさせてやりたい』


 祈り続けるマリアの肩をアレンがそっと抱き寄せた。


「マリアさん、君まで体を壊したら誰がマーガレットさんの世話をするの? 今夜は領主館から執事とメイドを呼んでいるからもう眠りなさい。僕も休むから。明日からは交代で付き添おうね。だから今日はもう休んでくれよ」


 マリアがアレンの顔を見た。


「アレンさん……ここで眠っちゃダメかしら。少しでも側にいたいの」


「わかった。ではここにベッドを運ばせよう。それなら眠ってくれる?」


「はい、おばあ様の側なら眠れると思います」


 アレンはドアの外に控えていた領主館の執事に指示を出し、簡易ベッドを設置させた。


「簡単なベッドだけれど、ソファーで眠るよりも疲れないはずだ。さあ、横になってくれ。君がちゃんと目を閉じるまで僕もここにいるよ」


 マリアは大人しく頷くと、そのままベッドに潜り込んだ。

 二日間ほとんど眠っていないアレンだったが、2人の事が心配で目が冴えていた。

 それに先ほどマリアが話していた内容も気になる。

 しかし、憔悴したマリアにそのことを聞くことも憚られ、アレンは黙って部屋の灯りを落とした。

 翌朝マーガレットは意識を取り戻した。

 顔を覗き込むマリアとアレンの顔を見てにっこりと笑った。


「2人とも、心配をかけたわね。でももう大丈夫。これからは眠る時間が増えるけれど、そういうものだから心配しないで。それよりも早くあなた達の計画を進めてちょうだい。私にとっては、それが何よりのお薬だわ」


 マーガレットのためにもと頑張る2人の代わりに、領主館からアリサが来た。

 アリサは屋敷に寝泊まりして、誠心誠意マーガレットに尽くした。

 その姿を見た2人は安心して仕事に邁進した。

 それから一週間、ロナルド元公爵が頑張った結果か、宰相からの手紙を持った騎士がカレントにやってきた。


「マリアさん! 朗報だ!」


 マーガレットの部屋で企画書を見直していたマリアのところにアレンが駆け込んだ。


「アレンさん?」


「マーガレットさん! あなたのプランが動き出しますよ。マリアさんの夢が実現できるんだ!」


 2人はマーガレットのベッドに駆け寄って手を握った。


「良かったわね。でもこれからが本当の勝負よ。この部屋を会議室にしてちょうだい。私は動けないけれど、助言を伝えることはできるから」


 アレンはすぐに動いた。

 マリアの許可を得て簡易ベッドを撤去し、少し大き目の円卓を持ち込む。

 人の出入りで埃が舞わないように、マーガレットのベッドには、カーテン付きの天蓋が設置された。


 最初の資金はロナルド元公爵が提供することになった。

 ロナルド元公爵は、住んでいる屋敷を売り払って金を作った。

 父親の本気を知った息子達は、機会があるごとに投資の話をして回った。

 続々と集まる資金を前に、アレンは宰相に手紙を送り、資金運用のプロを紹介してもらうことにした。

 するとやってきたのはデリク・ロナルドだった。

 

「おう、久しぶりだな。アレン」


「デリク? なぜお前が?」


「更生施設から戻って、いろいろ考えたんだ。第二王子殿下の側近は辞めたんだよ。今は投資コンサルをしている。宰相から話を貰ってね、マリア嬢の話も聞いた。もちろん守秘義務は全うするから安心してくれ。それでね、少しでも役立ちたいと思ったんだ。間接的とはいえ、僕にも負うべき責任がある」


「協力してくれるのか? 助かるよ」


「協力というより協働させてほしい。王都の家は手放して、妻子とともにこちらに移住したい。僕を資金運用部門のスタッフとして置いてくれないか」


 2人は固い握手をした。

 住む屋敷が整うまでは、単身赴任だと笑うデリクは、その日から精力的に動いた。

 投資コンサルとして培った知識と人脈を、惜しむことなく使ってくれるデリクに、アレンは心から感謝し、日課であるマリアの墓参りの時に報告をした。


 マリアは人材の育成に着手し、アレンは土地の取得と建物の建設に走りまわる。

 領主館に務めるスタッフは、そんな2人の後押しとなるべく、領地経営に奮闘した。

 

「マリア、人材の育成ならプロを雇った方が早いし、確実だそうよ? アース様がまた違う方を連れてこられたの。この方って言ってもあなた達には見えないわね。お名前は『プリンセス』さんですって。他にも『シェフ』さんと『クリーナー』さん、そして『コンフェクショナー』さんに『ガーデナー』さんも来てくださっているわよ」


 もはや、創造主が集めた魂と会話ができることを隠そうともしないマーガレットが、微笑みながらそう言った。

 マリア以外は啞然とした顔をしていたが、なぜか誰もそれを疑わなかった。


「それでね、私1人では無理だから、あと6人ほどお年寄りを連れてきてちょうだい。人選はアース様がして下さるそうよ。今からお名前を教えてくだっさるからメモを取ってちょうだい。いい?」


 マリアはつらつらと6人の名前と住んでいる場所を言った。

 

「アレンさんも忙しいでしょうけれど、最優先で動いて頂戴ね。アース様から先に話を通して下さるそうなので、スムーズに進むはずよ。ご本人に会ったら必ずこう言って。『アース様の使いの者です』わかった? わかったらさっさと動く!」


 マリアがアレンの顔を見て頷いた。

 アレンも頷き返して立ち上がった。

 

「アレンさん、3日よ。3日のうちに完了してちょうだい。もう時間が無いの」


 マーガレットの言葉に何かを察したアレンは駆け出した。

 その間にも、続々と投資希望者から連絡が来る。

 それを捌きながらデリクは呟いた。


「こいつもだ。これもこれも。あの薬物事件に関わった奴らはこぞって投資に参加しているな。人生を狂わされたとはいえ、みんな更生はできたのだ。それにしても暗躍しているのは父か? 宰相か? まあどちらでもいいか」


 3日目の夕方、アレンが最後の一人を伴って屋敷に戻ってきた。

 全員が高齢者だったが、矍鑠としており目に力があった。

 アレンが駆けずり回っている間にマリア主導で屋敷の模様替えをしていた。

 それぞれが部屋を与えられ、各1人ずつ専任スタッフがつく。

 

『プリンセス』には執事長、『シェフ』と『コンフェクショナー』と『ガーデナー』と『クリーナー』は、それぞれアレンと共に来た使用人達が配属された。

 マリアとアレンはマーガレットと共に統括責任者となり、資金部門は引き続きデリクが一手に引き受けた。

 アリサは多忙な2人に代わってマーガレット専属メイドとして奮闘している。

 後はそれぞれの部門が、為すべきことを為す。

 体制は整った。


 それから数日後、マーガレットは静かに息をすることを止めた。

 その瞬間を見届けたマリアとアレンは、静かな心でマーガレットの魂がアースのもとに戻るのを見送った。

 数日泣き続けたマリアの横には、アレンがずっと付き添っていた。

 もちろんアースは、そんなマリアをずっと抱きしめていたが、誰にも分からない。


 空間の世界に到着したマーガレットの魂に、アースは話しかけた。


「随分頑張ったね。ありがとうね。浄化のラインに乗りなさい。傷みが修復できたらラインから外れて私のところに来ておくれ。君の淹れたお茶がとても楽しみだ」


 マーガレットの魂がきらっと光って上空に消えた。


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