第十二話 イベント開始
イベントの日がやってきた。
今日は、五月の頭、ゴールデンウィークの中日だ。
イベントは休日を含む三日間。
パーティー単位でのキル数を競うイベントだ。
1回でも死んだらイベント参加権を失うという、いきなりガチなイベントが来る辺り、運営はわかっている気がする。
なあなあではない、シビアなゲームをしたい人が多いと踏んでいるわけだ。
もちろん、エンジョイ勢も参加はするんだろうけど、専用のゲーミングチェアを買わないといけないこのゲームを遊んでいる人は、ガチな人が多かった。
「砂緒ちゃん、イベント、一緒にやろう!」
「うん、二人でパーティーだね」
優が、永遠の風から脱退してくれて本当に良かった。
猪狩君とかにも、基本的には会わないようにしておけばいい。
授業が終わる五分前になると、みんなソワソワし始めていた。
中学生は一学年10クラスで、一クラス30人だから、三学年で900人いる。
全員分のプレイルームが設置されているのは、すごいことだった。
こういう設備も日々改良されていて、街のネット喫茶とかに反映されているらしい。
「それでは、授業はここまで」
先生がそう言うと、みんな猛烈な勢いでスマホを取り出した。
プレイルームの予約だ。
教室から近いところがどんどん埋まっていく。
わたしたちは、一年生がよく使っているプレイルームに行くと、ふたり部屋に入った。
スマホで予約して、10分以内に来なければ解放というシステムだ。
「優に渡す物があるんだ」
「え? なんだろう?」
誕生日でもないし、なんだろうという顔だ。
「じゃあ、向こうでね」
「うん、いつもの喫茶店で」
ゲーミングチェアに座って目を瞑ると、意識が沈んでいく。
『生体認識、一橋砂緒認証』
『コンディショングリーン』
「プレイ、スタート」
マイルームに入ると、もう、現実のプレイルームの景色は消えていた。
優に渡すものを、アイテム倉庫から出していく。
待ち合わせ場所は、いつもの場所だ。
わたしは、マイルームからワープして近くの喫茶店に入ると、優がもういた。
「おはよー」
「早いね、おはよー」
ログインしてからの挨拶は、おはようが一般的だ。
わたしは、お茶を注文すると椅子に座った。
「渡す物ってなに?」
「これです、じゃじゃーん」
わたしは、マントと杖を出す。
「こっちのマントはステルスマントで、姿が消せるから」
「え!? すごい、そんなアイテムがあるんだ」
「こっちの杖は神罰の杖、ディレイ30%カットと、回復量の半分をダメージに出来るよ」
優がアイテムを受け取ると調べ始める。
「☆8!? すごいなぁ、さすがは学園一位」
「それはプレゼントするよ」
すると、優が申し訳ない顔をする。
「もらえないよぉ」
「いいよ、いいって」
「じゃあ、もらっておくね」
ここで、貰う貰わないをしても意味ないし、わたしたちは友達だ。
譲り合いをしていると思えばいい。
優がマントを着て、杖を装備する。
うん、かっこかわいい。
「わたしは、状態異常に弱いから助けてね」
フェンサーの泣き所だ。
ちなみに、魔法にも弱かった。
「うん、わかった」
杖の感触を確かめている。
いつも使っている杖とは違うから、馴染まないんだろうか?
「そういえば、どういう作戦にするの? 様子見?」
「1回死んだらイベントは終わりらしいから、負け屋さんはいないと思う」
いたとしたら、すごいプロ魂だ。
でも、マッチングはランダムだろうし、商売にするのは難しいだろう。
「とにかく、人がどんどん減っていくと思うから、早めに倒すのがいいよね」
やっぱりそうなるんだろうか?
そうだとすると、二人組みは不利だ。
「ステルスマントで隠れながら、確実に狙っていこう」
ルールとかも、詳しいところは始まるまでわからない。
いくら腕に自信があっても、状況を理解する力がないと勝てないんだろう。
「初めてのイベントだから、どんな感じなのかわからないね」
「バトルロイヤルなんて、したこともないし」
まぁ、したことのある中学生とかいないだろうけど。
すると、メッセージが来た。
イベントの参加ボタンだ。
わたしは、カップのお茶をグイッと飲み切る。
「じゃあ、行こうか」
「うん、行こう!」
イベント参加ボタンををタップする。
すると、一瞬で喫茶店の景色が変わり、pvpエリアっぽい街の中に転送された。
「わっ」
優が、平衡感覚を取れずにふらついている。
わたしは、その身体を下から支えた。
「大丈夫?」
「あう、ありがとう」
いきなり転送されると、びっくりする。
転送しますがよろしいですか、みたいなメッセージが欲しかったかな。
「なんか、人がいっぱいいるね」
「うん、もうイベントは始まっているんだね」
人がいっぱいいる街中の通りに、更に人が転送されてくる。
そして、その人達はすぐさま状況を理解すると、あちらこちらに散っていった。
「まずは、様子見で隠れながらどんな感じか体験しよう」
「そうだね、殺し合いとか怖いし」
わたしたちはスタート地点からなるべく遠ざかるように、裏路地を移動する。
時間を確認すると、16時30分だった。
17時からイベントスタートだろう。
周りに誰もいないことを確認して、ステルスマントを発動してみる。
「ステルスマント、オン」
「わっ、本当に砂緒ちゃんが消えた!」
「優もやってみて」
「ステルスマント、オン」
優の姿が消えて、お互いの姿が見えなくなった。
「すごーい! これなら無敵だよね」
「油断しないで、様子見ね、様子見」
「うんうん」
「あと、お互いの位置が見えないのは、ちょっと困るね」
すると、優のいた辺りに砂埃が舞った。
ほこりのような、砂の跡が付いている。
「見える?」
「見えてる! これなら気が付かれなくていいね」
ステルスマントは、消えた上から色が付くと見えちゃうんだ。
街中で使っていたけれど、気が付かなかった。
イベント開始までの時間をジリジリと過ごす。
これは、どのパーティーも同じだろう。
そして、そのときはやってきた。
「レディースエンドジェントルメン! 栄えある第一回、『WORLD IN ABYSS』公式イベントを開始致します! みんな準備はいいか!?」
「これって、声優の牧田一郎さんだよね」
「うん、運営の声でいいのに、恥ずかしがり屋なのかな」
どこか空の彼方から聞こえてくる声に、胸がわくわくするのを感じた。
「それじゃあお前達! 死ぬ気で頑張れよ! イベントスタート!」
その瞬間、突然優の姿が見えるようになった。
状態はニュートラルからスタートなのか?
メッセージが出る。
『ステルスマントは、禁止アイテムになっています』
「ええええっ!?」
「そんな急に!」
頭がパニックになる。
隠れて有利な体勢を取れると思っていたら、いきなりこれだ。
「と、と、と、取りあえず人に見つからないところに移動しよう!」
「ど、どこに移動するの!?」
「あ、安全なところ、建物の中かな!?」
路地裏からどこに移動するか考えていると、足音が聞こえてきた。
声を聞かれてしまったのかもしれない。
そして、五人組のパーティーが通りの角から姿を現した。
「これはまたかわいいお嬢さん達だ、殺すのは忍びないが、イベントなんでね」
圧倒的な優位と言わんばかりの、ほとんど勝利宣言だ。
「くーっ!」
開始早々のいきなりなピンチに、わたしは身体が火照るのを感じていた。




