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追放された荷物持ちの最強物流無双〜役立たずと笑われた空間転移と収納魔法で商会を立ち上げ、分断された世界を救う〜  作者: 黒崎 隼人


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第10話「歪む次元の海と、決死の跳躍」

 ルークの視界が反転し、強烈な圧迫感が全身を襲う。

 通常の絶対座標転移は、瞬きをする間もなく目的地へと到達する。

 しかし今回は違った。

 亀裂によって世界そのものが損傷しているため、空間と空間の間に広がる「次元の海」を物理的に泳いで渡るような感覚に陥る。

 周囲は上下左右の概念が消失した、暗く冷たいトンネルのようだった。

 紫色の瘴気が渦を巻き、星のまばたきのような無数の光点が流れていく。

 鼓膜を押し潰すような重圧が襲い、ルークは喉の奥で息を詰まらせた。

 肌を刺す冷気が、衣服を通り抜けて骨まで凍らせようとする。

 彼の左腕に巻かれた羅針盤だけが、青白い光を放って暗闇を照らしている。

 羅針盤から伸びる一本の銀色の糸。

 それが、隣町へと繋がる唯一の安全な航路だ。

 ルークはその糸を視界の真ん中に捉え、見えない波をかき分けるように意識を前へと進めていく。


『少しでも糸から外れれば、虚空の果てに引きずり込まれる』


 ルークは額に脂汗を浮かべながら、歯を食いしばる。

 そのとき、周囲の紫色の渦が急激に形を変え始める。

 空間の歪みが一点に集束し、ルークの進行方向を塞ぐように巨大な暗黒の塊が膨れ上がった。

 暗黒の表面には無数の血走った目玉が浮かび、鋭い刃のような触手がのたうつ。

 それは純粋な悪意そのものが受肉し、獲物を喰らおうと待ち構える次元の捕食者だった。

 捕食者の触手が、銀色の糸を断ち切ろうとルークに向かって伸びてくる。

 この次元の狭間では、自らの体を動かして剣を振るうことはできない。

 ルークは焦ることなく、右手の指先を虚空の波に滑らせた。

 絶対座標転移の最中であっても、彼の空間収納のスキルは独立して機能する。


『空間解放・圧縮投擲』


 ルークの意志に呼応し、次元の海の中に巨大な漆黒の穴が開く。

 そこから射出されたのは、以前の旅で収納しておいた、鋭く尖った無数の鋼の廃材だった。

 ルークは収納空間の中でそれらを極限まで圧縮し、解き放つ瞬間の反発力を利用して大砲のような速度で打ち出したのだ。

 凄まじい質量を持った鋼の雨が、次元の波を切り裂いて捕食者の触手に突き刺さる。

 音のない悲鳴が次元の海に響き渡った。

 捕食者の肉体が大きく弾け飛び、銀色の糸から逸れて暗闇の奥へと沈んでいく。

 ルークはその隙を見逃さず、銀色の糸の果てにある光の出口へと一気に意識を加速させる。

 世界の膜を突き破るような強烈な衝撃が走った。

 視界が真っ白に染まり、肺に現実世界の酸素が雪崩れ込んでくる。


「はぁっ、はぁっ……!」


 ルークは冷たい石畳の上に両手をつき、激しく咳き込む。

 肺の奥まで凍りついていた空気が、少しずつ温かい体温を取り戻していく。

 彼は顔を上げ、周囲の景色を確認した。

 見覚えのある古い木造の建物と、薬品の匂い。

 隣町の診療所の裏庭だった。

 空には王都と同じように禍々しい亀裂が走っているが、街そのものは無事のようだ。

 建物の裏口が開き、初老の医師がランプを手に顔を出す。

 ルークの姿を見るなり、医師は目を丸くしてランプを落としそうになる。


「ルーク殿。まさか、この空の異常事態に、王都から転移してきたというのか」


 医師の震える声に、ルークはゆっくりと立ち上がり、衣服の埃を払う。


「お久しぶりです、先生。郵便商会からの定期配達に上がりました」


 ルークが右手を振ると、空間収納から新鮮な食料の入った木箱と、傷薬の詰まった樽が次々と現れる。

 街道が封鎖され、孤立の恐怖に怯えていた医師の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。


「ああ……なんということだ。君たちは、この絶望の中でも私たちを見捨てなかった。まさに、希望の配達人だ」


 医師は木箱にすがりつき、何度もルークに頭を下げる。

 ルークは小さく微笑み、左腕の羅針盤に視線を落とす。

 銀色の糸はまだ途切れていない。

 アリアの作った装置は、この異常な世界でも完璧に機能している。


「先生、他の街の状況を少しでも知っていますか」


 ルークが尋ねると、医師は涙を拭いながら表情を引き締めた。


「逃げてきた行商人から聞いた話だが、各地の亀裂が少しずつ移動しているらしい。まるで、世界の中心に向かって集まっているようだ」


 ルークは再び空を見上げる。

 王都から見ていたときよりも、亀裂の幅がわずかに広がっているように感じる。

 羅針盤の立体地図を起動すると、大陸の各地に点在していた赤い歪みが、一つの巨大な渦に向かってゆっくりと収束していく様子が映し出された。

 その渦の中心は、かつて魔王城が存在し、今は誰も近づかないとされる『最果ての荒野』だった。


『このまま亀裂が一つに繋がれば、世界は完全に虚空に飲み込まれる』


 ルークは背筋に冷たい汗が流れるのを感じる。

 単なる物資の輸送だけでは、この世界崩壊は止められない。

 亀裂の発生源そのものを叩き潰す必要がある。

 ルークは医師に別れを告げ、再び羅針盤の銀色の糸に意識を合わせる。

 次なる目的地は王都の郵便商会。

 仲間たちの待つ場所へ、彼は次元の海へと再び身を投じた。

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