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追放された荷物持ちの最強物流無双〜役立たずと笑われた空間転移と収納魔法で商会を立ち上げ、分断された世界を救う〜  作者: 黒崎 隼人


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第1話「冷たい雨と行き倒れの令嬢」

 灰色の雲が空を重く覆い尽くしている。

 大粒の雨が石畳を叩き、無数の水しぶきを跳ね上げていた。

 冷たい風が路地裏を吹き抜け、肌の熱を容赦なく奪っていく。

 ルークは雨除けのひさしの下に立ち、目の前の男たちを見つめた。


「お前は今日限りでこのパーティーから抜けてもらう」


 豪華な鎧に身を包んだ剣士が、見下ろすように冷ややかな視線を向けてくる。

 彼の背後では、魔法使いや僧侶たちが嘲笑を浮かべて立っていた。


「いくら荷物をたくさん持てるとはいえ、戦闘に参加できない奴をいつまでも養う余裕はないんだよ」


 剣士の言葉が、雨音に混じって冷たく響く。

 ルークは何も言い返さず、ただ静かにうなずく。

 腰に下げていたパーティーの紋章を外し、近くの木箱の上に置いた。

 金属が木に触れる硬い音が、小さく鳴る。


「今まで世話になった」


 短く告げて、ルークは背を向けた。

 背後から飛んでくる舌打ちや嘲りの声を背に、雨の中へと足を踏み出す。

 濡れた外套が肩に重くのしかかる。

 使い古した革靴の底から、冷たい泥水が染み込んできた。

 勇者パーティーの荷物持ちとしての生活は、今日で終わる。

 彼らには、ルークの持つスキルの真価を理解する気が最初からなかった。

 空間収納と、絶対座標転移。

 ただの荷物入れや逃走用の魔法程度にしか思われていなかったのだ。

 ルークは濡れた前髪をかき上げ、あてもなく裏路地を歩き続ける。

 雨脚はさらに強まり、視界を白く霞ませていく。

 ふと、足元に小さな違和感を覚えた。

 ゴミ箱の陰、泥水が溜まるくぼみのそばに、何かがうずくまっている。

 ルークは足を止め、目を凝らす。

 濡れた銀色の髪が、泥にまみれて石畳にへばりついている。

 ボロボロの衣服をまとった少女が、身を丸くして倒れていた。

 細い腕で、木製の小さな箱を胸に抱えるように守っている。


「おい、大丈夫か」


 ルークは片膝をつき、少女の肩に触れる。

 氷のように冷え切った体温が、手のひらを通して伝わってきた。

 浅く途切れがちな呼吸が、凍える空気の中に白い吐息となってか細く溶けていく。

 ルークは周囲を見渡し、雨風をしのげる廃屋の入り口を見つける。

 少女の細い体をそっと抱き上げ、屋根の下へと移動した。

 泥だらけの冷たい床に、自身の外套を敷いて彼女を寝かせる。

 ルークは虚空に向けて右手を伸ばした。

 指先が空間を捉え、見えない扉を開くように軽くひねる。

 空気がわずかに歪み、波紋のような揺らぎが生じた。

 ルークがその揺らぎの中に手を入れると、乾いた厚手の毛布が引き出される。

 空間収納のスキルだった。

 ルークは手早く少女の濡れた体を拭き、毛布でしっかりと包み込む。

 さらに空間から、保温機能を持った小さな魔石ストーブを取り出した。

 赤い光が灯り、周囲の空気がじんわりと温まっていく。

 続いて、木製の器と保温されたスープの入った水筒を取り出す。

 器にスープを注ぐと、ハーブと肉の豊かな香りが白い湯気となって立ち上った。

 ルークは少女の背中を支え、ゆっくりと上半身を起こす。

 器の縁を彼女の青ざめた唇に当て、少しずつ温かい液体を流し込んだ。


「ん……」


 喉が動き、少女がかすかな声を漏らす。

 何度かスープを飲み込むと、彼女の閉じたまぶたがピクリと震えた。

 ゆっくりと目を開いた彼女の瞳は、深い紫水晶の色をしている。


「ここは……」


 かすれた声でつぶやき、少女は周囲を見回す。

 自分の体が温かい毛布に包まれ、そばに火が灯っていることに気づく。

 そして、目の前にいるルークの顔をじっと見つめた。


「君が道端で倒れていたんだ。気分はどうだ」


 ルークの問いかけに、少女はハッと息をのむ。

 反射的に自分の胸元を探り、先ほどまで抱えていた木箱が隣にあるのを見て安堵の息を吐いた。


「助けていただいたのですね。ありがとうございます」


 少女は身を起こし、深く頭を下げた。

 毛布から覗く細い首筋に、貴族特有の品格を思わせるしぐさが宿っている。


「俺はルーク。君の名前は」


「アリアと申します。しがない、魔法具職人です」


 アリアは木箱の表面を、愛おしむように細い指でなでた。


「その箱の中身が、君の作った魔法具なのか」


「はい。これは、空気を浄化し、わずかな魔力で病を和らげる装置です」


 アリアの表情が、ふと暗く沈む。


「隣町の診療所から依頼を受けて作ったのですが、届ける途中で魔物に襲われてしまって。護衛を雇うお金もなく、逃げ惑ううちに道に迷い、力尽きてしまいました」


 ルークは静かに彼女の言葉を聞いていた。

 ストーブの火がパチパチとはぜる音が、廃屋に小さく響く。


「この魔法具は、今日中に届けなければならないものなのです。重い熱病に苦しむ子どもたちが、待っているのに」


 アリアの瞳から、悔しさをにじませた涙がこぼれ落ちる。

 彼女は自分の無力さを責めるように、唇を強く噛み締めた。

 ルークは少しの間だけ沈黙し、外の雨音に耳を傾ける。

 ぬかるんだ道。

 魔物が潜む森。

 馬車を使っても、隣町までは通常なら二日はかかる道のりだ。


「俺が届けよう」


 ルークの言葉に、アリアが驚いたように顔を上げる。


「え……でも、外はこんなひどい雨ですし、道中には危険な魔物が」


「俺に任せておけ。君はここで体を休めているといい」


 ルークは立ち上がり、アリアの隣にある木箱を手に取る。

 空間収納の揺らぎを展開し、木箱をその中へと滑り込ませた。


「消えた……? いえ、これは空間魔法……?」


 目を丸くするアリアをよそに、ルークは自分の頬を軽く叩いて気合を入れる。


「少し待っててくれ。すぐに行って、帰ってくる」


 ルークは廃屋の入り口に向かい、雨の降る外の景色をじっと見つめた。

 脳内に、かつて一度だけ訪れたことのある隣町の診療所の風景を思い描く。

 絶対座標転移。

 それは、自身の視界に入る場所か、あるいは過去に空間座標を明確に認識した場所へ、距離を無視して瞬時に移動するスキルだった。

 ルークの足元で、空気がうねりを上げて渦を巻き始める。


「じゃあ、行ってくる」


 振り返り、アリアに短く告げる。

 次の瞬間、ルークの姿は音もなくその場からかき消えた。

 残された廃屋には、ストーブの温かな熱と、アリアの戸惑うような吐息だけが取り残されている。

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