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【連載版】婚約継続は構いませんが、今さら私を信じると言われても誓いの制約がありますので、もう遅いです  作者: 野良うさぎ(うさこ)


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6/8

信じる心


 私は、込み上げてくるものを抑えられなかった。


 温室の時と同じだった。

 何もしていないのに、証拠もないのに、私だけが疑われてもおかしくない状況。

 きっと、デイビット様なら私が犯人だと決めつけていた。


「マリサ。一緒に学園を見て回りましょう。……大丈夫です。絶対に見つけます」


「はい……、ありがとうございます……」


「お礼なんて必要ないです」


 ユウト様の声は私を慰めるような口調だった。私の肩に手を置こうとして、けれど手を宙に彷徨わせ、結局ガラスケースを確認した。


「壊された形跡はありません。魔力をうまく使って鍵を開けて、持ち出していますね……。相当な魔力技巧者です」


 私の頭の中で浮かんだのは、魔力が強力かつ技巧者であるデイビット様だった。あの人は確かに面倒な人だ。でも、こういった自分の正義に反することはしない。


「部員なら、勝手に持ち出す必要がない。僕に言えばいいだけです。それに……この子が僕にとって希望だって、みんな知っていますから」


「希望……」


 ユウト様の言葉がとても重く感じられた。その横顔はとても同い年に見えないほど大人びていた。

 触れたら脆く儚く壊れてしまいそうな雰囲気なのに、とても力強いオーラを感じる。


 とても芯が強い人――私はそう思った。


 あのケースの中にいたのは、ただの可愛いぬいぐるみじゃないんだ。それがひしひしと感じられた。


「……失礼、マリサさんにも今度お話しますね」


「はい」


 部室を出ると、廊下の向こうからカツ、カツという足音が聞こえてきた。

 私はその人の顔を見て、内心うんざりしたけど、顔に出さないようにした。


「そこで何をしている! ……またお前か、マリサ嬢」


 風紀委員の腕章をつけた令嬢が立っていた。

 長い金髪を高く結い上げ、青い瞳にきつい光を宿している。伯爵家の令嬢であり、騎士団長の娘の――ロゼッタ・グランスタ様だ。


 学園でも有名な風紀委員長で、規律に厳しく、誰に対しても容赦がない。


 そして――私のことをひどく嫌っている。なぜなら……デイビットの幼馴染であり、デイビットの一人目の浮気相手だったからだ。


 デイビットを心の底から愛している。だから、決闘をしろ、と言われた中等部時代を思い出してしまった……。


「朝から騒がしいですね……、マリサ、あなた、また問題でも起こしたの? あの時みたいに」


 温室の事件を言っているわけじゃない。中等部の時の事件のことを言っているんだ。私が……ロゼッタ様のリボンを盗んだ、という騒動。


 私が何かを言おうとした時――ユウト様が一歩前に出た。


「失礼、ロゼッタさん。ちょっと研究室の『物』が無くなったから探しているだけ――」


 ロゼッタ様はユウト様の前にずいっと踏み込み、鼻を鳴らし……侮蔑の目で私を見た。


「はんっ、泥棒猫はどこへ行っても泥棒猫ですわね! これで何度目なのかしら? あなたの周りで『物』が無くなるのは? 今度はどんな言い訳をするのかしら?」


「ロゼッタ様、私は――」


「黙って頂戴。あなたは私よりも下の家柄よ。私に喧嘩を売るというのでしたら、家ごと買いますけど? それに婚約破棄されたと思ったら、今度は公爵家に取り入る薄汚さ……、本当にデイビットはあなたから解放されてよかったわ……」


 私は目を閉じて唇を噛んだ。口の中で血の味がした……。

 なんだろう、心の中は萎縮しているわけでもない、怖がっているわけでもない。


 ただ、父に謝ろうとしている自分がいた。


 ――父様、ごめんなさい。私、もう我慢はしません。


 魔力を一瞬で高め――詠唱を《《破棄》》して魔道具を展開しようとした瞬間――


 肩に温かいものが触れた。

 その瞬間、私の高まりかけた魔力はふっと散って、展開しかけた魔道具が弾けるように消えた。


 肩を優しく押されて、ユウト様が私を守るように前に出た。髪をかき上げて優しい顔つきが――変わった。

 制服をバサリと脱ぎ捨てる。シャツにびっちりと覆われた筋肉隆々の身体が私の前にあった。


「――ロゼッタ……、聞き捨てならない。俺の大事な部員に喧嘩売っているのか?」


 口調が荒々しく変わるユウト様。ロゼッタ様が後ずさる。


「ち、違いますわ、そ、その、過去の経験と私の勘が……そ、その……」


「ロゼッタ……、お前は優秀だ。それは色恋沙汰が絡まなければ、だ。……まさか私情で委員会の仕事をしているのか?」


「い、いえ、そんなことは……」


 ユウト様の魔力の圧が凄まじかった。


「――決めつけるんじゃない。俺は――マリサを信じる」


 魔力圧が廊下を吹き抜ける――ロゼッタ様はその圧によって動けなかった。今度は私がユウト様の肩を軽く触った。


 ユウト様は少し驚いて振り向いた。


「心配してくださってありがとうございます」


 と、その時――


「にゃ〜ん」


 という鳴き声が聞こえた。


 私とユウト様が顔を見合わせた。ユウト様の魔力によってシロにゃんが反応したのかもしれない。


 その時、階段の下の方から聞き覚えのある声がした。


「ちょっと、いきなり走りだしてどうしたの! もう、動かないで! ちょ、どこ行くの! デイビット様にプレゼントするんだか……、え……?」


 犯人は現場に戻る……。妹のフィオナが……シロにゃんを後ろに隠して、ごまかすように笑っていた。確かにフィオナの魔力の強さだったら、鍵は開けられる。


「あら、ロゼッタ様、ごきげんよう! え、えっと、あはは、し、失礼しますね」


 私はツカツカとフィオナに近づく。フィオナの顔が真っ青になる。逃げようとしたところを、ロゼッタ様が捕まえた。


「……ユウト様、探し物はこちらでしょうか?」


 襟首を掴まれたフィオナが肩をすぼめていた。ユウト様がシロにゃんを抱きしめる。

 全身から安堵の空気が流れた。「よかったです……」という絞り出すような声が聞こえてきた。


「ち、違うんです! わ、私、姉様から借りただけです! だって、姉様の新しい部活だから、私だって遊んでもいいじゃないですか……。デイビット様は忙しそうだし……構ってもらいたかったんです……」


 突然、泣き出したフィオナ。私はそんなフィオナに近づいて――言葉を放った。


「もう、嘘には騙されてあげません……」


 呆然と私を見つめるフィオナ。


「……フィオナ、これは完全にやってはいけないことですわ。……あなたはユウト様から大事なものを奪おうとしたのです」


「で、でもっ、私……」


 と、その時、廊下から聞き慣れた足音が聞こえてきた。それは段々と早くなり、駆け足に変わる。


 デイビット様が私たちの前に現れた。フィオナの顔が花が咲いたような笑顔へと変わる。


 デイビット様は私を一瞬見た後――ユウト様を見て嫌な顔をしていた。


「ロゼッタ。この状況は?」


 ロゼッタ様がデイビット様に耳打ちをする。そして、デイビット様は自分の髪を強く掻きむしり、大きなため息を吐いた。


「……俺は正義感が強い男だ。不正は許さない……。くっ、この場は俺の顔に免じて許してくれ」


「で、でも――、あっ……」


 フィオナはデイビット様の様子を見て、やっと自分が大変な過ちをしでかしたと悟ったみたいだった。


 デイビット様がフィオナを連れて、足早に去っていった。去り際、なぜか視線を感じたけど、何か用があったのかしら?


「……今日は見逃してあげるわ」


 ロゼッタ様もそう言い捨てて、廊下を去った。最後までユウト様と目を合わせようとしなかった。


 廊下に残ったのは、私とユウト様、それにユウト様の腕の中に抱かれたシロにゃんだけだった。


 さっきまであんなに騒がしかったのに、不思議なくらい静かだった。


「……無事で、よかったです」


 そう言うと、ユウト様はシロにゃんを見つめたまま、小さく息を吐いた。


「はい。本当に……よかったです」


 その声は、さっきまでの荒々しい口調とは全然違って、いつもの静かなユウト様の声に戻っていた。


 私は少しだけ迷ってから、口を開く。どうしても聞きたいことがあった。


「ユウト様、どうして……すぐに私を信じてくださったのですか?」


 ユウト様は穏やかな笑みを浮かべていた。


「だって、あなたはそんなことをする人じゃないでしょう? さあ、教室へ行きましょう。……あっ、さっきのロゼッタとの会話は内緒ですよ?」


 胸の奥がじんわりと熱くなった。

 ユウト様の態度が、今の私には痛いほど嬉しかった。


「……だって、君は僕と一緒なんですよ」


「え?」


「ううん、なんでもないです。じゃあ、今日の放課後は、僕の昔話でもしましょうか? 誰も信じられない男の話を」


「にゃんっ」


 シロにゃんがユウト様に抱きしめられ、私に向かって何かを伝えようとしていた。なんだろう、その仕草が本物の動物みたいに思えた。


 私の顔がぎこちなく動いたような気がした――


 あの日、ううん、もっと前から私の笑顔は死んでしまった。感情を殺し、私はずっとずっとデイビット様のために生きていた。


 ふと、目元が濡れていた。悲しみなんて無理やり抑えればいい、怒りなんて飲み込めばいい。優しさなんて……期待しなければいい……。


 そんな私が――泣きながら――手を振って――


「は、い……。また、放課後、に……」


「……その顔のほうが、ずっといいです。教室まで送ります」


 ぎこちなく笑っていたみたいだった――



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