20 無情な氷
「エンブレイス・フローズン」
その呪文が唱えられたと同時に、雲と大地の間に白い煙のようなモノが舞い、部隊を包んでいく。雲の範囲外に霧が漏れることがないので、見えない結界が張ってあるのかもしれない。
「そ、そんな……」
「こんな広範囲の魔法は見たことがないっ!」
「うー、ううーーっ!」
魔法である事を見抜くリヴィアとラリィだが、自分達の知る中でこんな威力の魔法は見たことがなかった。キアラは唸り声をあげ、雲の一点を睨みつけているようだった。
やがて煙が晴れてゆく、雲が消えていくのと同時に、下から広がるように霧散していく。まるでガラスケースを蓋にして、中にドライアイスを沢山入れた水を用意した状態で放置し、白い煙がガラスケースいっぱいになった所で、ゆっくりとガラスケースを持ち上げてているように見える。
ゆっくりと霧散していく白い煙。リヴィア達三人はザガン達の部隊の無事を祈るように見つめる。
しかし、そこには小さな氷柱を身体中に付けた、霜だらけの彫像が大量にあるのみであった。ザガン含め、二個中隊全てが一瞬で全滅し、苦悶の表情で氷漬けとなっていたのだった。
リヴィアは両手で口を覆い、瞬き出来ないほど目を大きく見開く。ラリィは歯を食いしばり、腹の底から鳴り響く太鼓の音を、鎮めるために必死だ。キアラは髪を逆立て、先程と変わらず一点を見つめたまま、小さな牙を剥いて唸っている。
壁上で監視していた兵士達が、何が起きたのか分からないが己の仕事を全うするべく、鐘を鳴らす。
カンカンカンカンッ
「敵だーーっ、敵が現れたぞおぉ!」
壁の内側が騒がしくなる。
そして、さらにーーーー。
「地獄の花嫁」
上空から細く、青白い光の柱が堕ちていく。地上に到達した瞬間、空気が爆ぜる。
バフゥゥゥゥゥウン
「ぐ、ぐぁぁぁあ!」
「きぁああ!」
「あうううう!」
地面がまるで水面の様に波打つ。青く細い円環の衝撃波が幾重にも広がる。遅れてやって来る砂埃や石がリヴィア達を襲う。
「っぐ! 俺の後ろにっ!」
リヴィアとキアラはすぐラリィの背後へと回る。
「光壁!」
剣をかざして呪文を唱える。剣に内包された魔石から、正面を守る堅牢な光の壁が現れる。
三人は固まり、衝撃に飛ばされないようにとお互いを押さえる。砂埃に呑み込まれる三人だが、コルムによって直撃は免れる。
しかし、衝撃波はロンダークへと襲い掛かり、一般の人間や子供達は尻もちをついたり、転んだりする人で溢れかえる。
「っく、なんて威力だっ!」
「な、何なのよっ!」
「ううううっ!」
砂埃から三人の無事な姿が見えてくる。見ると、青白い光の柱が落ちた場所に大きなクレーターがあり、周囲は衝撃により地面が波紋のように盛り上がっていた。
そして丁度その上空、光の柱が発生した辺りに、黒いゴシックドレスを着た女性が、黒い毛並みの狼に乗って空中に佇んでいた。その女性は真っ赤な目、真っ赤な唇に、リボン、長髪の黒い髪が風に乗って流れている。
狼は黒光りする毛並みと真っ赤な目、そしてその大きさは、ドスエナを遥かに凌ぐ大きさだった。
不敵な笑みを浮かべる女性は、しばらくその風景を楽しんだ後、渓谷の空へと消えていく。
「な、なんだって言うのよアレっ! それに……ザガンさん……」
「わ、分かりません。空中に女性と狼のようなモノが浮かんでいたとしか……」
「ザガンのおじさん……」
「キアラ……」
リヴィアとラリィは目の前の光景に動揺している。キアラはあの女性と狼がいなくなったことで、警戒を解き、ザガンの部隊がいた辺りを悲しそうに見つめる。リヴィアも悲しくなり、キアラを抱きしめる。
しかし、これはまだ序章に過ぎないのだった。
「! あれは、まさかっ!」
「? ーーーーっ!」
クレーターの向こう。渓谷の方から黒い影のようなモノが蠢いていた。それは報告にあった黒い獣達であった。遠目で見ても、その身体は異常なほど大きい。先頭には獣に混じって、人間らしきものがいた。禍々しい程のオーラ、ヤツが群れの長である事が容易に想像出来る。真っ赤な鎧なのか、返り血で真っ赤になったのか分からない大柄な男は、見た目も恐ろしい大斧を担いでいる。
ケイ氏が使っていた大斧が、玩具のように見えてくる程の斧を、悠然と担ぐその姿は悪鬼そのものだった。
「このままでは不味い! 一旦戻って街の住民の避難をしましょう!」
「わ、分かったわ! でも奴らは一体なんだって言うのよっ!」
「ううう、アイツ、怖い!」
急いで西門へと向かう三人。そして、すぐに西門を閉めて、兵士達が門を頑丈に塞ぐ。
「西門を固めろぉ! 敵は西からやって来るぞぉ!」
「一般の方は東へ! 東へ避難して下さいっ!」
「急げー! 兵をかき集めろぉ!」
既に大騒ぎな西門付近。事前に避難を進めていたおかげで、全体的に西側には一般の人間がいなかった。
「まずはここら辺を回って逃げおく…… ーー!」
リヴィアが避難の手伝いをしようと提案するその時、東の方から大爆発が起こる。
ドォーン、ドドーン、ドドドドッ!
大きな爆発から、小さく細かい爆発まで様々な爆発音が東の方から突然し始め、黒煙が立ち上る。
「な、何っ!?」
「わ、分かりません!」
「うあーーっ、耳がぁぁあ!」
ム〇カのように叫ぶキアラ。は別として、さらなる混乱が巻き起こる。西門に集まっていた兵士達も何が起きたのか分からず狼狽える。
しばらくすると遠くの方で悲鳴や泣き声が響き渡る。
「い、行ってみましょう!」
「はいっ!」
「うう、耳がぁ……」
涙目のキアラ。は、そのままで三人は東の方へと向かう。西門は商業区画内にあったので、一気に東門の工業区画方面へと向かう。
向かっている最中も爆発音は断続的に続いている。悲鳴も段々と大きくなってくる。
「ハァ、ハァ、ま、魔法なの!? あれはっ!」
「ま、魔法にしては魔力の乱れを感じません」
戦場などの大勢集まる場所での魔法は、一気に魔力を消費するため、魔力が一時的に乱れたりするはずなのだ。しかし、現在そのような魔力の乱れは感じない。
「じゃあ、何なのよアレは!」
「……分かりません」
爆発の原因が何か分からず、何が起きているかも分からないまま、三人は商業区画を走り抜ける。やがて高級層の辺りまでやって来た頃、東側から逃げてきたであろう人々がちらほらと見えてくる。
「ねぇ! 一体何があったのっ!?」
「く、黒い……闇が迫ってくるぅぅう!」
「あ、ちょ、ちょっと!」
しかし、皆ひどく怯え錯乱状態で、捕まえて聞いても何を言ってるかわからない。
「うぅ、酷い臭いだょぉ」
「キアラ?」
キアラが耳をたたんで、小さな手で鼻を摘む。ギュッと目を瞑り、涙を貯めている。相当酷い臭いが立ち込めているのだろう。
「リヴィア、何だか嫌な予感がします! このまま進むのは危険では!」
「ダメよっ! 皆を守らなきゃ!」
「しかし……」
ラリィは人々の怯えようや、今も続く爆発音に不吉な予感が漂い始める。しかし、リヴィアは止まらない。
「今度こそ守るのよ! 私達の国のようにはさせないっ!」
「リヴィア……」
あの時の気持ちがリヴィアを突き動かす。翡翠の瞳に強い光が宿る。ラリィは観念し、共に歩む覚悟を決める。
「分かりました。しかし、決して無理はなさらないで下さいね!」
「ありがとう、ラリィ……」
ホッとしたような笑顔を見せるリヴィア。白くピンクに輝く長い髪をかきあげて、再び東を目指すリヴィア。
商業区画を抜けると立派なお城が見えてくる。真っ白な城の壁に、三角帽の青い屋根がいくつもある。その正面に住宅区画が広がるが、その間に大きな広場がある。その大きな広場では、大勢の兵士達が集まり、あっちへこっちへとかけて行く。
「このままでは進めないわね、迂回しましょう!」
「そんな時間はありません、俺に掴まって下さいっ!」
「ふぇっ、う、うん」
「キアラは……ついて来れるな?」
「んんー! まっかせてー!」
ラリィに言われるがまま、リヴィアはラリィの背中に乗る。ラリィはキアラにニヤッとし、キアラはラリィにサムズアップと挑発的な笑顔で返す。
「それでは行きますよっ! 飛翔」
「獣拳 猫脚」
ラリィの脛当てが光り、一気に駆け出して、塀や壁を軽やかに掛けて行く。キアラは全身が紫色に輝くと、手を地面につけ、四足歩行の姿勢のままラリィの後を追う。
「やるなぁ、キアラっ!」
「兄ちゃんこそっ!」
「わ、わ、わぁあ!」
ラリィとキアラはお互い不敵に笑いながら駆け抜ける。リヴィアは縦横無尽に走るラリィにヒヤヒヤしながらしがみついていた。
やがて城の反対側へと辿り着く一行。ラリィの背中から降りたリヴィアは呼吸が乱れている。
「さぁ着きましたよ! 急ぎましょう!」
「ハァ、ハァ、む、無茶し過ぎよ! 怖かったじゃない」
「もぅ、リヴ姉はだらしないなぁ」
「だ、誰がだらしないのよ!」
乗り物にめっぽう弱いリヴィアであった。
工業区画へと入った途端、大勢の人々が逃げ惑っていた。大体の人は北を目指していたが、南や西へ向かう人々もちらほらいる。
そのまま進んでいくと兵士達の姿も段々と増えてくる。
「救助は兵士さん達に任せて、私達は元凶へ乗り込むわよっ!」
「はいっ!」「うんっ!」
工業区画の高級層を抜けた辺りで、突然リヴィア達の目の前の建物が爆発し、逃げてきた人々を巻き込む。
ドガァン!
「きゃぁぁぁ……」
「うわぁぁ……」
「そんなっ!」
「っく……」
「来るよっ!」
「「!」」
目の前の出来事にやるせない気持ちになる二人。しかし、キアラの言葉にリヴィアもラリィも崩壊する建物へと警戒する。
ガラガラ……
ウィィィィン……ウィ、ウィ、ウィィン。
炎の巻上がる建物から黒い人型の何かが出てくる。頭には大きなレンズが一つだけあり、音に合わせて中のレンズが大きくなったり、小さくなっていた。それはまるでカメラのピントを合わせるように。
「あれは確かっ!」
「はい、生体兵器のようですね……」
「あううう、ううっ!」
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