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12.最近の高校生の衝動

 優の優しさのあまり放心していた繋は、突然の張り手に状況が掴めないでいた。

「えっ……!?」

 それは決して強い力ではなかったが、近かった二人の距離を押しのけるには十分な力だった。


「そ、そんな……」

 押しのけられてみて、深刻な表情をした優と自分とを見比べて、繋はだんだんと暗い思考に陥っていく。


「……やっぱり、僕なんかが優ちゃんに近づく資格はないよね……」

「そ、それはそうでしょ!流石にそういうことはまだ早いって!!」

「でも、それは一生そうだってことだよね?」

 ――最近の高校生は、そういうことをそんなにも焦っているのか……?と優はこの一言から読み取った。


「いや、別にそうとは言ってないけど……」

「……ごめん、無理に気を遣わなくたっていいんだよ?」

「いや、それは本当に、別に、そうであり続けるとは?思ってないですけれども?ええ。」

 明らかにしどろもどろに優は答える。


「……それって、ほとぼりが冷めるまでは……っていうことかな?」

 少し繋は開けた顔立ちを取り戻した。

「えっと……?まあ、冷静な状態で考えるべきで、衝動に身を任せるのは良くないっていうのはそうだと思うけど……?」


 繋は優秀な学校に通う優秀な生徒であるため、そろそろこの会話の違和感にも気づいていた。

「……その、もしかして僕、なんか勘違いをしてたりするかな?」

「え?」

「前にもこんなことがあったし……」


 きっと麻婆豆腐さんet.alのことだろう。


「そ、それじゃあ繋くんの方から何についての話をしているか言ってもらえるかな!!言ってもらえるよね!?」

「う、うん……」 

 優が食い気味なのも無理はあるまい。


「僕は学校で僕と優ちゃんが交流することによって、周りにあらぬ噂が立つ現象が発生して、結果的に優ちゃんに迷惑がかかるかもしれない件について、話しているつもりだけど……?」

 流石に落ち着いて話させてみれば理路整然としていた。――うん、そうだよね、お姉さんが悪かった。


「優ちゃんはなんて思ってたの?」

「……」

 優は思う。

(もしかして繋くん、分かった上で私に言わせてさらに辱めようとしてる……?)

 

 そう。確かに話の流れの問題で、少し齟齬(そご)があったのかもしれない。だけど忘れもしない大前提が今ここにある。

 ――繋くんは、完全に私を狩りにきているのだ。

 ――それは紛れもない事実だ。


 ……優は依然として、繋が無辜(むこ)であることに気がついていなかったのである。


「ああ、もう……!」

 ついに優も吹っ切れたようだ。

「そ、そんなに言ってほしいなら?言って差し上げますわ!とくとお聞きなさい!」

 勇ましく弊学風気質を放ちながら、並々ならぬ気迫を優は放つ。


「繋くんは私を襲おうとしているんでしょう?でも私はそんなもには屈しない!」

「……?」

 繋は「はてな」という表情をしながら青ざめた。

「そ、そんなつもりじゃなかったのに……」


「え?」

 間の抜けた声を優は発する。

「いや、僕は純粋に、優ちゃんの様子とか、迷惑かけてないかとかが心配で……」

「私をお、教えようとしているんでしょう!!」

 まったく文脈的なつながりなく優は無理な事後訂正を試みる。ちなみに特にコトには至ってない。


「それじゃあ、一から会話を振り返って誤解を解かないと……」

 ただ目下の問題だけに注意を向けようとする繋の振る舞いは優しさだったが、却って逆効果だった。

「やめて!!振り返らないで!!今まで私の言ってた言葉全部(意味深)になっちゃうから!!」




「それでは、軍法会議を始めます」

「はい」

 二人は自然に優の部屋のテーブルに腰掛けた。なぜかイスは二人分あった。


「能代繋さん、あなたは私が誤解の発生を疑い、あなたに質問を投げかけたときに、鷹揚(おうよう)に頷きました。違いますか?」

 相手から色々なものを引き出すような問答形式でもって、それは始まった。


「でもそのとき、優ちゃんは『そういうこと?』としか聞かなかった。それではまともな確認や意思疎通はできるわけがありません」

「でも繋くん確か『あなたを辱めます』云々って言ってたよね!?」

「それは学校で僕が優ちゃんを辱めてるって話だよ!!」

「その表現も問題ありまくりだけどね!?」


 これは、二人の初めての喧嘩だった。――喧嘩なのか?


「でも、もり仮に万が一辱めるっていう表現が誤解を生んだとしても、流石に飛躍が過ぎないですか?」

 ――やけに仮定であることを強調したのが気になるが、言っていることは尤もかもしれない。


「それは……繋くんが来る前に電話で言われて……」

「誰に?」

「香凜ちゃん……」

「あっ……」


 その事実を確認すると二人はすばやく立ち上がった。



 翌朝。

「「香凜ちゃん!!」」

 教室に登校してきた香凜に繋と優は二人がかりで迫る。


「「なんであんな電話したの!!」」

 二人とも良く声の調子が合っていた。

「えっと、やけに元気みたいだけど、何かあったのかな……?」


「昨日の電話のこと、どうしてあんなこと言っちゃったのかなぁ?」

 ――普段は下手(したて)で香凜ちゃんすこすこポジションの優が、珍しく上手(うわて)に出ていた。

「どうしてって、いや、男女が同じ家にいるのは流石にまずいだろう」

 周りを気にして非常に声を絞りながら香凜は言った。


 ぐうの音も出ない正論だったので、繋と優は黙りこんでしまった。

「それで、昨日はどうなったんだい?」

「……」

「……」

「家に……行きました」

 被告人繋は勇気を出して自白した。


「えっ……」

 香凜は黒目に飲み込まれたような絶望顔をしている。

「いや、別に、変なことは断じてしてないからね?普通に、家に一緒にいただけだから!」

 優はあえて詳細を伏せようとするばかりに、含みを残した表現をする。


「うん、おかしなことではないからね……うん、人間として当たり前のことだ……」

「……本当に分かってるの?」

「ちょっと言葉を交わしただけだから!」

 

「まあ、仲の良い二人が何を囁きあおうと、私がとやかく言うことではなかったね、し、失礼した」

 少し香凜は距離を遠ざける。

「「そういう気の遣い方は要らないよ?」」


 また疑惑の深まる二人であった。

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