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崩壊する世界

 「ゥアアアアアアアアアアアアア!」


 抜ける、俺の中から勢いよく抜ける。

 影、それは影。

 俺の中に住まう影。


 俺のもの。

 それは俺の力。

 俺のスキル。

 唯一無二の他とは違うスキル。


 それが抜けていく。

 煙のように抜けていく。

 なんだ? 何がおきている?

 

 『主人! ――クッ、近づけんか』 


 どうした? ファフニールか。

 どうなっているんだ?

 

 「ロビン! しっかりして!」


 ああ、レイ。

 なんだか、力が抜けていくんだ。

 

 強烈な脱力感に襲われる。

 いつもの影の手はそこにはない。

 ただただ、黒い影が俺から抜けていき、魔王に向かって伸びる。


 『これだ、これだ。今度こそ我は壊す』


 「誰だ? お前は誰なんだ?」


 『我か? 魔王、お前が思う者と言っておこう』


 「魔王……やっぱり、お前が……魔王――」


 先程よりもみるみる大きくなっていく目の前の人型の影。

 それは俺の影を吸収して成長しているようにみえる。

 あぁ、俺のこの力は魔王の……。

 

 先程まで表情のなかったその影に表情が見えたような気がした。

 それは笑っていて、とても、とても嬉しそうで。

 俺はその歪な笑いに包まれ、意識が溶けていった。


 ☆★


 「クッ、いったい何が起きたと言うんだ?」


 前には先程戦っていたものとはその大きさも、禍々しさも格段に違う影がその姿を見せていた。

 その大きさはいったいどのぐらいだろうか、人間の大きさがその膝にも届いていない。

 そして先程までなかった片腕がそこには存在していた。


 『危険なものだとは思うてたが、主人の力がこのようなものだとは……』


 ファフニールもその影を見て、ロビンの力の正体に気づいた。

 それは魔物を支配する者の力。

 魔物のスキルを盗めたのもそのせいだと、ファフニールの中でつながりをみせた。

 

 「ロビン! ロビン!」


 禍々しい黒い物体がロビンから完全に抜けた後には、力なく倒れる彼の姿。

 すぐさまレイが駆け寄り、彼の体を膝に抱く。


 「しっかりして! あなたは死なないはずよ!」

 

 答えのないその体に必死に呼びかける彼女。

 その痛々しい光景をファフニールが見て後悔する。


 もっと早く気付いていれば、打つ手もあったはず。

 なぜ、こんな簡単なことに気づかなかった。

 人間が魔王の力を中に取り込んでいるという、常識外の事象が彼女の気づきを遅らせた。


 ファフニールの中でその2人の存在はとても大きいものになっていた。

 それは気が遠くなるほどの長い時間を孤独に暮らしたが故のもの。

 思えばなぜ、モア・グランドへ住処を移動しようと思い立ったのかもわからない。

 ただの気まぐれだったのか、それとも、運命だったのか。


 『ハハハハッハハハ!』


 先程まで一切発語のなかった影から笑い声が発せられる。

 スキル《思念伝達》によるものだろう。

 それは濁った、とても汚い声。


 『必要なものは全て揃った。今度こそ我の勝ちだ』


 勝ち誇るその影。

 ファフニールはその影に向かって灼熱の炎を吐く。


 『ん? あぁ、ドラゴンの炎といえどもこんなものか。いいや、この心臓がなければか』


 しかし、影は一切のダメージを受けていないかのように微動だにしない。


 『――! 逃げるのだ!』


 ドクン! と鼓動の音が空間を支配した感じがした。

 まずい、ファフニールは咄嗟に地上の人々に警鐘を鳴らす。


 影に口があらわれ、そして白い炎がため込まれる。


 「――キャッ!」


 彼女自身も地上に急降下し、ロビンとレイを鉤爪で引き上げ、避難する。


 そしてその灼熱の炎が先程までいた地上を支配する。

 それは先程のファフニールのものよりも強烈なもの。

 彼女が万全の時の灼熱そのものの威力だ。


 『よい、よいぞ! この力!』


 人間たちの無事を確認するために彼女は地上をみる。

 そこにはなんとかという形で勇者だけが立っており、他の者の姿はもはやなく、溶けた鎧だけが赤みをおびていた。


 「なんという、攻撃だ……」


 『主人はやく起きるのだ!』


 ファフニールはつかんだロビンの肩の鉤爪に力を入れる。

 痛みで少しの反応を見せる彼。


 「ロビン! はやく目を覚まして」


 それを見たレイがまたロビンに声をかける。

 

 「う、うん――」


 「ロビン! ロビン!」


 そして彼の瞼に力が戻った。


 ★☆


 「――ビン! ロビン!」


 レイ?


 「――ッ!」


 肩に痛みを感じて目を開ける。

 そこには夕焼けに染まった空が見える。

 足が地についていない。

 上を見るとファフニールのドラゴンの姿。

 そうか、ファフニールに掴まれているのか。


 「ロビン!」

 

 「ああ、レイ。俺はいったい……」


 「よかった! よかった。本当に、よかった」


 隣のレイを見ると少し目に涙をためており、その声は震えている。

 そうか、気を失っていたか。

 彼女に心配させてしまったようだ。


 『主人、大丈夫か』


 「あぁ、ありがとう。勇者たちは?」


 『下だ』


 言われるまま下を見ると、そこには死骸などなく、原型を留めていない鉄の塊が流れている。

 その傍らには剣を地面に突き刺し、なんとか立つ姿勢を保つオリヴィエの姿。


 その光景に見覚えがあった。

 それはモア・グランドの山頂で見た兵士の残骸。

 そしてそれがどのようにしておこなわれたのか、それを俺は知っている。

 ファフニール――レッドドラゴンのスキル《灼熱》。


 そして、振り向いた景色にはとんでもなく大きな人型の黒い影。


 「そんな、俺が……」


 間違いない、これは俺のせいでおこなわれたものだ。

 直感的に俺は理解した。

 俺から魔王に流れた《盗む》。

 そこから《灼熱》スキルを使用されたのだ。


 そして持ち物アイコンを見て、それは確信に変わる。

 今まであったスキルが全て消えているのだ。


 『主人のせいではない。それに今考えるのはそういうことではないだろう』


 確かにそうだ、今は魔王を倒すことが最優先。

 だが、そう簡単に割り切れない。

 俺のせいでこれだけの犠牲者が出たのだ。


 『目を覚ましたか。実に気持ちがいいぞお前の働きに感謝している』


 これは魔王の声か?

 実に嫌味を言ってくる。


 『だからお前にも見てもらおうか、この世界の終わりを』


 世界の終わり?


 『ハアアアアアアアアアアアアアアア!』


 影の周りにオーラが渦巻く。

 それは大きな風を生み出し、地上にある様々な物質が天に巻き上げられる。

 

 なにがおころうとしているんだ?


 『まずいな……』


 ファフニールの言葉が俺に聞こえる。

 

 『ハア!』


 魔王の大きな拳が天を突く。


 「――え?」


 それは予想もしないことだった。

 夕焼けの空がパリンと音を立て、ひび割れていく。

 そして次の瞬間、そのガラスのような空が小さな破片になってゆっくりと落ちてくる。


 その隙間から見えたそれはきっと混沌――世界の原初、俺にはそう感じられた。

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