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アライサム陥落

 ☆★


 絶望はついに都市を飲み込もうとしていた。

 いつもは華やかな昼の都市が今は悲痛な叫びに包まれている。

 

 魔物の群れの侵攻は日々勢いを増し、ついに最後の砦が突破されようとしていた。


 「おい、ちょっと待て――ゥアアアアア!」


 堅牢な門壁には魔物が次々に乗り込み、兵を喰らう。

 門壁を乗り越えた魔物はまるでそれを知っているかのように門を開ける。


 周辺からの避難者含むこの地区の多くの人間のもとへ襲い来るは、おびただしい軍団。


 「魔法を放て! 放て!」

 

 都市を守る兵士や冒険者が門より迫りくる魔物に向け魔法を放つ。

 無数の炎の雨が魔物を襲う。

 どんどん倒れていく魔物。

 しかし、煙の向こうにはまだまだ終わりの見えない魔物の影が迫っていた。


 ♢


 「領主様、ついに壁が破られました」


 「なんだと!」


 領主の間。

 慌てて駆けつけた伝令の言葉に、座につくアライサム領主の顔が青ざめる。

 

 「くそ、ワシは逃げるぞ! 準備をしろ!」


 「し、しかし……」


 「急げ!」


 「ハ、ハッ!」


 その重たそうな体を勢いよく起こし、隣に立つ近衛兵に告げる。

 領民が懸命に戦っている中、領主であるこの男は愚かにも逃亡を選んだ。

 その目にはもはや民は映ってはいない。

 映っているのは自分の生、ただそれだけである。

 

 馬車に乗り込む為に領主の間を出ようと、速足で扉に向かう領主。


 「な……なんだ?」


 しかし、その立派な大きな白い扉から黒い影がこちらに漏れる。

 それは領主の前でモヤモヤと形をつくろうとする。


 その異様な物体を見る領主の表情がみるみる恐怖の色に染まる。

 扉に向いていた足は後ずさり、ついに体勢を保てずに尻もちをつく。


 領主の間にいる他の者もそれは同じである。

 皆、一様に冷や汗を流し、動けなくなる。


 つくりあげられた影は片腕の欠けた人型。

 しかし、それは形のみ。

 顔の表情など何もなく、ただの黒い人型である。


 「お前はなんだ、なんなのだ!」


 領主が声を上げる。

 しかし、影から返ってくる言葉はなく、ただそこに佇む。

 

 「おい! 殺せ! わしを守るのだ!」

 

 「アアアアアア!」

 

 恐怖を振り払う叫びと共に、近衛兵がその影に振りかざした剣を落とす。

 しかし、それは影の手に容易に受け止められてしまう。

 

 「ア、アア――」


 次の瞬間、影の手が変形し、近衛兵の胸を貫く。

 漏れ出す断末魔の悲鳴と共に近衛兵は床にひれ伏す。


 「や、やめろ。お願いだ、やめてくれ……」


 この都市の長ともあろうものがその影を見上げ命乞いをする。

 しかしそれは届いているのか届いていないのか、影は領主にゆっくりと近づいていく。


 「や、や、やめ――アアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 それはこの広い領主廷の中に響き渡るような大きな断末魔の悲鳴。

 しかしその空間で彼の声を聞く人間は、もはや誰もいなかった。


 ★☆


 「なんだって!」


 避難が済んだ住民はもういない村。

 討伐拠点として俺たちがつかっているこの静かで寂しい村。

 朝も早く、まだ辺りに霧が薄くかかっている。


 増えていっていた魔物の襲撃。

 しかし一波去ったのか、カルタナ周辺は少し魔物が襲ってくる頻度が落ちてきた感じがする。


 そんな中聞こえてきたロランの声に俺たちもその場に向かう。

 この部隊のロランが使っている家の前には、彼を含めた小隊を編成する3人の十人隊長と伝令と思われる者が立っている。

 伝令からの手紙を見るロランたちの額には見てわかるほどに大粒の汗が浮き出ている。


 「どうしたの?」

 

 「ああ、ロビンか。実は――」


 「まさか……」


 ロランから事情を聞いた俺は絶句した。


 ――アライサムが魔物の軍によって占領された。


 とんでもない凶報である。

 4つに大別されるほどの都市の1つである都市の陥落。

 これはもはやただの魔物の活性化とはいえないものだ。


 最近襲ってくる頻度が落ちたのはアライサムを落とすため?

 いやまさか、魔物にそこまで知能を使った侵攻ができるのか?

 ――やはり魔王が誕生したのでは?


 「勇者がすぐさまアライサム奪還に向け出発したそうだが」

 

 ロランが俺の方をみる。

 その視線で俺になにを言おうとしているのかが理解できた。


 「ああ、いくよ」


 「頼む」


 勇者の部隊に合流し協力する。

 

 「レイとファフニールもそれでいい?」


 「どうせ行くんでしょ? いいわよ。もう慣れたわ」

 

 「うむ、勇者に手を貸すのは癪じゃが……主人が行くのなら我も行くしかあるまい」


 2人共思う部分はあるだろうが、ついてきてくれるようだ。

 今のこの2人がいれば心強い。


 「ああ、ロラン。無事でいてくれよ」


 「誰にモノ言っているんだ。俺は全イスティナ闘技大会の優勝者だぞ? それに、ここにいる者みんな優秀だ」


 ロランは冗談らしく笑って言ってくる。

 他の2人の十人隊長も強い眼差しで頷いている。

 まあ、ロランなら大丈夫だろう。


 「俺から上には伝えておく。早く準備を進めてくれ」


 「わかった」 


 ♢


 「ロビン、行っちゃうの?」


 準備を整えた俺たちに、エルシーが寂しそうな顔で言ってくる。

 

 「ああ、ごめん。行ってくるよ。カルタナは任せたよ」


 その頭にポンポンと手を置いてやり俺は言う。

 小さく頷く彼女の頭に暖かみを感じた。


 「それではロビン=ドレイクの健闘を祈って――敬礼!」


 ロランの掛け声で出迎えてくれた兵士たちが一斉に敬礼をする。

 揃った鋭い敬礼だ。

 

 その力強い挨拶を見て、俺たちはロランたちを背に歩き出した。


 向かうはアライサム。

 魔物に支配された都市である。

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