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投書コーナー
こんにちは。『週刊 笑顔の裏で』、いつも楽しく拝読しています。
冒険者さん相手の受付業務というのは何かとストレスが溜まりますよね。
うちの常連さんの中にも困った方がたくさんいます。手続きに必要な書類を全部こちらに書かせようとしたり、業務外の内容、例えば恋人へのプレゼントの相談で何時間も居座ったり……。
中でも一番困るのはやはり、受付の私達を格下と見下して暴言を吐いたり絡んできたりするヒト達だと思うのですが、みなさんはどう対処なさってますか?
最近めきめきと力をつけている「富と力」というパーティーがまさにそれで、うちの支部はとうとう彼らを出入り禁止処分にしました。
今後、みなさんのところに現れるかもしれません。くれぐれも注意してください。
東南大陸ネフィス第8支部 男性
最近の密かな楽しみは、ギルド受付係限定の会員制メルマガを読むこと。
あるあるあるある! と思わず頷いてしまうような内容から、へぇ~っとビックリするような記事まであって、なかなか面白いんだ。
特に外周大陸のお話は毎回すごいんだよね。別世界みたいで感動しちゃうよ……。
先月の、夜光タンポポ謎の群生事件も良かった。写真も綺麗だったし。
でもなぁ、いくら憧れの受付嬢の気を引きたかったからって、毎晩ギルド周辺にタンポポ植えるゾンビさんてどうなんだ。せつねぇ。
今のところ無料版だけ読んでるんだけど、ちょっとグレードアップしてもいいかもな。月額400クレジットだし。
私の指がふらふらと「有料版に切り替える」のボタンを押しかけたところで、いきなりユリウスさんのオフィスのドアが開いた。ひぃあぶねぇ!
慌ててページを切り替える。ばれてないよね。見られてないよね?
就業中にメルマガ見ていた事よりも、メルマガの存在がバレる事の方が怖い。なにせこれは極秘の、受付係だけのメルマガだからな。ユリウスさんに見せるわけにはいかんのだよ。
……上司の悪口とか嫌な冒険者への注意喚起とか、名指しで書いてあったりするから。
「シルヴァリエ、東南大陸のネフィスへ行ってくれませんか」
「いっ、今からですかぁ?」
「いえ、特にいつからとは指定されてはいませんから、あなたの都合次第で構わないでしょう」
「では今夜、おくさんと相談してみますぅ」
「お願いします。詳細は、現地で聞いてください」
「わかりましたぁ」
ぱたん、とドアが閉まったのを確認してから、私はユリウスさんが来る直前に見ていた投書欄を、もう一度読み直した。
東南大陸、ネフィス。なんてタイムリーな! これだ、きっとこれの処理をお願いされるんだ。
「シバさんシバさん、アレやってくるんですか?」
「う~ん、ボクが呼ばれたって事は、アレが必要なんでしょうねぇ」
シバさんは、へにょん、と耳を垂らして情けなさそうな顔をした。
別館職員は、閑職である。
受付業務というのも表向きの飾りみたいなもので、どうせ500メートル先に本館があるわけだから、仮にこっちの窓口を閉じてしまっても、大した影響はない。絶対に、ない。
問題が生じるとしたらジェレミーナXXX世さんくらいなもんだ。
それでもお飾りみたいな受付があるのは何のことはない、やる事もなくぼ~っとしてるのも辛いだろう、というギルドの気遣いというかなんというか……。
実際、名目だけでもお仕事があると、なんかほっとするよね、うん。ここにいていいんだって気になる。
そんな私達に、ギルドが本当に期待しているのは「いざという時に能力を使う事」で、この前の私しかり、今のシバさんしかり、そこに「拒否する」なんて選択肢はハナからないのである。うぅ、辛い。
でもなぁ。
「一回見てみたいなぁ、シバさんのアレ」
「そんないいものじゃないですよぅ」
シバさんは、ぷいっとそっぽを向いた。くぅ、かわええ。
シバさんの能力は「色纏わぬ色欲」と呼ばれている。色欲だよ、色欲! 色気も味気もない暴食と比べると羨ましい限りだよ、年頃の乙女としては!
しかしそこにわざわざ「色纏わぬ」と注意書きが入ってるわけだから、別にシバさんの能力は「うっふん」なものではないのだ。
彼はただ、「お願い」するのである。
おめめをうるうるさせて、お耳をちょこんと立てて、しっぽをふりふりしながら肉球をこれ見よがしに対象者の前でちらつかせ。
ただ一言「お願いですぅ」とおねだりするのだ。
……色欲より勝てる気がしない!
これをされてしまうと、対象者の中に言い知れぬ保護欲、庇護欲が沸き起こって、はやくなんとかしないと! 自分がなんとかしないと! という気分になってしまうのである。
例えそれが自分の意思と反する「お願い」だったとしても、叶えてあげなくては、と思ってしまう。
効果は半永久的。つまり、超強力な魅了って解釈でいいのかなぁ。
シバさんのお役目は、この能力で制御不能になったデモを鎮圧したり、反社会的すぎる冒険者さんを諌めたりする事なのだ。
すごく社会貢献できる力だと思う。平和的解決って大事だよね。
命令ではなくて、あくまでもお願いなので、本人の強い意思があれば撥ね退けることは可能。
ただしその場合、ものすごい罪悪感に囚われて苦しむことになるらしい。こ、こわい。
まぁ、そんなに強い意志を持って行動してるヒトは滅多にいないので、ほとんどのケースでは穏便にカタがつくらしいけど。
……なるべく話し合いによる解決を、なんて意地張ってないで、とっととジェレミーナXXX世さんにも使ってくれたらいいのになぁ。
「まずはお話して、わかってもらえるようにがんばってきますぅ!」
「その段階はとっくに過ぎてるから呼ばれたんだと思いますよ」
「う」
「どうせ向こうについたら有無を言わさず力を使えって命令されるんですよ……」
「でもでも、おねだりなんて、おくさんも子供もいるボクみたいなおじさんがしていいことじゃないと思うんですぅ!」
「何言ってるんですか、そんな可愛いくせに!」
「うぅ」
「いいですか、シバさんは、可愛いという、ただそれだけで十分生きていけちゃうお得なヒトなんです。もっと開き直らないと! 堂々と可愛いアピールしないと!」
「む、息子からはぱぱかっこいいって言われたいんですぅ」
それは……無理だ。
「……まぁ、せいぜいがんばってくださいね」
「ミ、ミズキさんのいじわるううう!」
シバさんは両手で耳を塞いでぴるぴると震えだしてしまった。え、なにこれすっげぇ罪悪感。
励ましたつもり、だったんだけどなぁ。(アレぇ?)




