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 スライムは分裂で増えるイキモノである。


 だよね? 私の認識間違ってないよね?

 マニュアルの種族特性ページを開いて確認する。よし、あってる。つまりはアメーバ的な、そういう増え方するってことで大丈夫。それなのに。

 ……生まれるって、ナニ。


「じぇ、ジェレミーナさん、苦しいんですか? しっかり!」

 シバさんがカウンターから飛び出して、ジェレミーナXXX世さんの手……みたいに伸ばしている突起部分をぎゅっと握った。

「が、がんばって! はい、ひっ、ひっ、ふー!」

 いやいやいやいやいや!


 シバさんがどうしてラマーズ法を知っているのかはこの際置いといて。

 ってゆーか、私が教えた気がする。お子さんが生まれる時に。じょ、冗談のつもりだったんだけどな~。だってこっちじゃ、無痛分娩のほうが一般的らしいし……。

 問題は、それがジェレミーナXXX世さんに必要かどうか、なんだけどな!


「シバさん、落ち着いて! ジェレミーナさんは分裂するんですよ? 出産とはちょっと違う対処が必要なんじゃないんですか?」

 といっても、何をしたらいいのか全くわからん。こんなことなら理科で単細胞生物の分裂について習った時に、もっと詳しく質問しとくんだったなぁ。たとえば、分裂する時って痛いんですか、とか。

 身体を二つに引き裂くわけだからなんとなく痛そうな気はするけど……。


「シバさん、ジェレミーナさんに、ご自身が分裂した時の事を聞いてみてください。私達にしてほしい事があるのか、ほっといてほしいのか」

「そ、そうですよね! ジェレミーナさん、あの、ボク達どうしたらいいですかっ?」


 ぐにゃにゃにゃっ、びろろろろろろろ、ぐちゃぁ


 ジェレミーナXXX世さんはいつにもましてグロい音を立てながら、伸びたり縮んだりを繰り返している。

 いつもは真っ赤なその身体がだんだん半透明になってきた。えーと、あれって貧血とか、そういう感じの症状なんだろーか。


「わかりましたっ! ミズキさんっ!」

 シバさんがやたらきりりとした表情で私に指示を出す。

 あ~、いくら可愛い芝犬にしか見えなくても、一児の父だもんなぁ、このヒト。

「こっちに来て、両手を出してください。あ、腕はまくった方がいいです」

 ……嫌な予感!


「これからジェレミーナXXXⅠ世さんのかくが出てくるそうです。柔らかいので、床に落とさないように受け止めてあげてください」

 ボクの手だと、ちょっとやりにくいので、とシバさんは肉球をアピールした。こ、こんな時じゃなければ思うさまその肉球をふにふにしてやるのにっ!


「えー、いやー、あんまり自信ないです。やっぱりプロを呼んだ方がいいんじゃないですかね?」

「ジェレさんはお医者さん嫌いで有名なんですぅ。だから、なんとなく分裂期かなって思ってたのに今まで受診しなかったそうです」

「そんな、面倒がって妊婦検診受けに行かないヒトみたいな……」

「核さえ無事に受け止めてくれればいいって言ってます。早く早く、ほら、出てきちゃいますよぅ」

 な、なんてことだ。


 半透明通り越して薄いピンクがかった透明になったその身体の中に、玉虫色に光る核らしきものが2つ。バレーボールサイズとテニスボールサイズ。なるほど、あのちっこいのがこれから出てくるのか……。

 う~、実は私、スライム状の物って昔からどうも苦手で、触ると鳥肌立っちゃうんだよなぁ。だいじょうぶかなぁ、取り落としたりしないかなぁ。


 小さいほうの核がだんだんと外側に移動を始めた。もう猶予はなさそうだ。

 仕方ない。

 私は腕まくりをした。


「ひっ、ひっ、ふぅ~っ!」

 にゅっ、にゅっ、にゅにゅ~っ!

「ひっ、ひっ、ふぅ~っ!」

 ぐにゅっ、ぐにゅっ、ぐにゃ~っ!


 シバさんとジェレミーナXXX世さんは、しつこくあの呼吸法を繰り返している。あんまり意味なさそうだし、そろそろやめてほしいんだけどな。

 ぐにぐに伸びるたびに顔やら手やらにスライムの、ひんやりでろっとした身体が当たって、そのたびに鳥肌立っちゃうから。逃げ出したくなるから!

 いやしかしまてよ、ラマーズ法自体が自己暗示っていうか、無茶な呼吸方法で気を逸らすためのものだって聞くし、役には立っている、のか?


「ひっ、ひっ、ふぅ~~~~っ!」

 どちゃぁ、べちゃぁ、りゅりゅりゅりゅる~っ!


 一際気合の入った伸縮で、とうとう核がでろっと落ちて来た。

「うひいいいいいいいいいいっ」

 か、核自体はこう、ぷるんとした、おっきなタピオカっぽい手触りなんだけど。

 ぬるっとした付属物が! 多分、身体部分なんだろうけど、とぅるっとした液体が!


「あああああああああ」

 恐怖で放り投げそうになるのを必死でこらえて、私はソレ……って言っちゃ失礼だな。ジェレミーナXXXⅠ世さんを受け止めきった。こ、こぼれるこぼれる!

「どどどどどど、どうしましょう、バケツ! バケツ!」

「だ、ダメですってばミズキさん! 落ち着いて、ちょっとしたら固まりますから」

「固まるまでこの体勢っ?」


     *****


 シバさんの言う通り、ジェレミーナXXXⅠ世さんは一時間ほどで、ほぼ液体の状態から寒天くらいに固まった。

 私の指のあと付いちゃってるんだけど、いいんだろうか。あ、そのうち取れるんですか、そっか。


 XXXⅠ世さんはいっちょ前に赤くなって、そして……。

「ぷにゃぁ、ぷにゃぁ……」

「……鳴いて、る?」

「わぁ、泣いてますね、ミズキさん! かわいいですねぇ」

 なんとなくだけど。なんか、声っぽいものを発している。


「ジェレさんジュニアちゃんはきっと、発声器官の応用を学習したんですねぇ」

「そ、そうなんだ……」

 XXX世さんは疲れ果てたのか、床一杯にのび広がっている。身体の色はまだ戻らない。今までのクレームは、私には聞こえていなかったから我慢できたけど。

 私は、固まってなおこの手に収まっているXXXⅠ世さんを見下ろして、溜息をついた。


 ……親子二代でクレーマーになってしまったら、どうしたらいいんだろう。


注1)ラマーズ法はお産の過程において呼吸法が変わりますが、一番有名でわかりやすい「ひっひっふー」のみ採用しました。

ちなみに、全部呼気です。


注2)分裂ならば同じ大きさで二分割かなとも思ったのですが、ちっちゃいほうが可愛いので。ファンタジー補正です。

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