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「ありがと」
私は少し身を乗り出して、ヴィトちゃんが差し出してくれる水筒をうけとろうとした。しかし、すっかり力を失ってふにゃふにゃになった身体ではうまくバランスがとれない。
危うくずり落ちそうになって、ヴィトちゃん共々るーきゅんに叱られるハメに。
うぅ、だってだって!
「ごめんなさい」
ヴィトちゃんはしゅんとして水筒を握りしめた。
ちがう、ちがうんだよヴィトちゃん。あなたは悪くないの。私が不甲斐ないばっかりに!
だからそんな、お耳伏せないで! 涙目でぷるぷるしながらこっち見上げないで、だっこしたくなるから! ぎゅーってして頬擦りしたくなるから! 今はそんな体力ないよ、おねーさん……。残念極まりない。
「ヴィト、こちらにいらっしゃい。貴女がいては、ミズキ様が無理をしてしまいますわ」
見兼ねたキリルさんが、ヴィトちゃんの手から水筒を受け取って私に押し付けた。そして、ヴィトちゃんを促して前の方に連れて行ってしまう。
まって、いかないでもふもふ! 確かにヴィトちゃん見てると無駄に興奮しちゃうけど、でもキリルさんのそれは余計な御世話だぁっ!
「ヴィトちゃん……」
るーきゅんの肩越しに手を伸ばすと、彼女はふりむいてちょこん、とお辞儀してそれから手を振った。ああ! 肉球が! 肉球がにくきゅうが!
「はやくげんきになってくださいね」
はぅ。なんてかわいい生き物なんだろう。
「ありがとね」
私はそっと水筒をふってみせた。
確かに私も自分の水筒もってるから必要ないっちゃないんだけどさ。でも、気持がうれしいじゃないか。あとでちゃんと返すからね。
水筒の水はよく冷えていて、飲むと少しだけ気分が楽になった。
ぐりっ、とるーきゅんの首に頭を押し付ける。
彼は一瞬ぴくりと首を震わせたものの、特にふりはらうことはしなかった。わぁい、優しい。でもさすがにこのまますりすりしたら怒るだろうなぁ。
と、冗談はおいといて。
う~ん、見事に記憶が途切れてるんだけど。つまり私は、アレを取り込んでそのまま気絶したのか……?
「かっこわる……」
ため息交じりに漏らせば、るーきゅんが「ふん」と笑った気配がした。
「誰もアンタにカッコよさとか求めてないし」
そりゃそうかもしれないけど!
「それに、こうなるだろうってわかってたし」
「ぅ~……」
やっぱり、回収対象がなんなのか知らされてなかったのは私だけってことか。
思えば私を送りだす時のユリウスさんも、なんかおかしかったもんな。ワンさんの言った事が本当なら、いつのまにかまた迷惑かけてたんだね。
手間のかかる娘でごめんよパパ……!
「そうだ。起きたならコレ飲んだら?」
るーきゅんが私の鼻先に、見覚えのある錠剤を差し出した。効き目の強い酔い止めと、鎮痛薬。それから睡眠薬。
あー、うん。私にとっては三種の神器的なね。例の実験の時も随分お世話になったよね。なつかしー。(げっそり)
「メガネから差し入れ」
「用意がいいなぁ……」
そーかそーか、私を送りだした時点で既に用意してたのか。つーか、荷造り用のチェックリストに入れといてくれりゃぁよかったのに。
「そんなことしたら、いくらアンタだって気付くだろ」
「そういや、そだね」
私に警戒させないためだったか。そうだよな、ちょっと考えればわかるよな。駄目だ、今、頭がうまく働かないや。
私はありがたく、酔い止めと鎮痛剤を飲み込んだ。睡眠薬は、はて、どうしようかな。
「ルーク君、私降りなくていいかな?」
「だから、寝てなって」
うむ、これはこのまま運んでくれるって事でいいね?
ほんとはさ、ここで「大丈夫、歩けるよ」とか言って降ろしてもらうのが健気な女の子の正しい行動なのかもしれないけど。
それで数歩でヘバったらアホみたいだしなぁ。かえって迷惑だよね、降ろせ、寝てろの応酬とか。……よし、せっかくだから甘えとけ。
私はごくりと睡眠薬を飲み込んだ。
もちろん、飲み込んだからと言ってすぐ眠れるわけではない。
残り時間を有効に使うべく、いつもより優しさ20%アップ(当社比)のるーきゅんに絡むことにした。
「あれからどのくらい経ってるの?」
「半日くらい」
「転送装置までどのくらい掛かるの?」
「あと丸一日はかかるよ。いいから寝て」
まぁまぁそう言わずに。もうちょっと付き合ってよ。
「なんでルーク君がおんぶしてんの?」
「メガネから脅されてんの。ちゃんと面倒みろって」
……るーきゅんって、ユリウスさんほんとに苦手だよね。「落とされ」て来たばかりの頃からそうだったけ?
獣人ってことでジーさんが担当者になったものの、るーきゅんは早々に能力発現して(というか、元勇者様のチートって、またちょっと違ったカテゴリらしい)とっとと独立しちゃったんだよね。
家事が全くできないジーさんちにユリウスさんが作ったお料理を差し入れる、という重要任務で何度か接触はあったものの、ちょうどシバさんとこに赤ちゃんが生まれたばっかりでなぁ。
私ってばすっかりそっちに気をとられて、るーきゅんの魅力に気付いたのは大分後だったんだよなぁ。もったいねー。
「はふ……」
込み上げて来たあくびを噛み殺す。
もうちょっと、お話したいんだよ……。
「ルーク君、耳さわっていい?」
「ダメ」
「つつくだけだから」
「ダメ。そんな事したらあとではったおすよ」
「けち~」
それでも、ここに置いてくって言わないんだね。
「ありがとね……」
私は今度こそ眠気に逆らわず、目を閉じた。




