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ほんと、るーきゅんの言う通りだ。
私みたいな小娘が、仕事内容に見合わぬほどのお給料をもらって、最高級装備を支給されている意味。
それは「こんな時にギルドの役に立つため」ではなかったのか。
与えられた権利には甘えているくせに、義務は果たせないだなんて、無駄飯喰らいもいいところだ。
そんなんで何が「暴食」だ。このままでは、食うのは経費だけじゃないか。
おっかなびっくりフラスコに近づいて、右手を伸ばす。
うわ、おもしろいくらい震えてる。なんだこれ、キモチワルイ。自分の身体じゃないみたい。
「ちょっとまってね」
一旦手を引っ込めて、左手で手首を押さえてみた。
それでも震えは止まらず、じっとりと汗がにじんでくる。
うわぁ、うわぁ。手のひらに汗とか、なんか恥ずかしいな。乙女として。
「大丈夫、ちゃんとお仕事するから。だいじょぶだから、ちょっとまってね」
しっかりしろ、満月! ここで頑張れなかったら女が廃る。
るーきゅんにも呆れられちゃうだろうし、「折れぬ牙」のみなさんにも迷惑かける事になるし。それに、もしかしたら。
私はまっすぐワンさんに視線を合わせた。
彼は眉一つ動かさずに、こちらを見据えている。見極めようとしている。
うん、間違いないね。彼は……。
「リミットは、半日です」
これでもあなたの保護者が粘って、掛け合った結果なんですよ、とワンさんはため息をついた。
「あのユリウス氏も養い子には甘いのですね。恩を仇で返すような真似だけは、しないでくださいね」
「……査定官、なんですね?」
「ええ」
ワンさんはこくりと頷き、懐から小型端末を取り出した。あぁ、表面にギルドの紋章のホログラム。リンゴに巻き付く蛇。
そしてその蛇を狙う、一本の槍。
……紛う方なき、査定官用の身分証だ。
「たまたま今年、お役目が回ってきまして。まさか持ち回りの臨時査定官ごときがこんな大役を命じられるとは思ってもいませんでした」
「私だけじゃなくて、ルーク君の査定でもあるんですね?」
この質問には、彼は沈黙で返した。
つまり、リオウさんのアレ……はさすがに想定外の暴走だったかもしれないけれど、たきつけたのはワンさんってことか。
るーきゅんの戦い方を観察して、これからも投資する価値があるかどうか確かめるために。
そして私が血迷ったときに、即座に「正しい」行動をとれるかどうか、「観る」ために。
……いや、わかってたけど。
わかってたから今更だけど、あえて今、言わせてもらう。
冒険者ギルドえげつねぇ!
「つまり私が半日以内にこの……ヒト、を取り込まないと、私は処分されるんですね? ルーク君の手で」
「世間知らずのお嬢様かと思っていましたが、そこまでお気楽ではないようですね」
わーい、ほめられちゃった?
「ミズキ、いや、『暴食』殿よぉ。俺ぁ人間が嫌いだ。あんたとも多少は馴染んだが、正直、始末しろって言われりゃ躊躇いなくやれる。だが、割切れねぇやつだって、いるだろうよ」
イジェットさんが気まずそうに頭をかいて、ちらりとるーきゅんに視線をやった。るーきゅんは見事に無表情を保っている。
なんつーかこう、16歳の男の子がこんなに落ち着いていていいのだろうかってくらい、静かな目をしている。
……本当の気持ちはどうであれ、この子はいざとなったら私の息の根くらい、一瞬で止めちゃうんだろうなぁ。
やだなぁ、そんなことさせたくないなぁ。この子に、そんなひどいことしてほしくないなぁ。
私はもう一度フラスコに向けて、そろりと手をのばした。
ぞわわわわっ。
身体中の産毛という産毛が逆立つ。心臓の裏で、何かがコロンと跳ねたような衝撃。
ころん……ころっ、ころん……。
「はっ、ぅ」
やばいやばい、心臓が跳ねすぎたせいか気管が痛くなってきた。急げ私。負けるな私!
イジェットさんもワンさんも、るーきゅんも。瞬き一つせずにこっちを見ている。そんな気がする。確認したわけじゃないけど。
ええい、女は度胸だ!
よし、てめぇら、そのまま目ん玉ひんむいてよぅく見てやがれっ!
私は体当たりするように、フラスコに抱きついた。
いやだいやだいやだおぞましいきもちわるいだってわたしはにんげんなのにふつうのにんげんだったのにひとをたべちゃうなんてそれってともぐいみたいじゃないかいやちがうたべるわけじゃないしまうだけなんだでもぼうしょくってたべるってことじゃないのわたしがこのひとをたべるってことなんだよねわたしってなんてあさましいんだろうそこまでしていきるかちがあるのかないっそしんだほうがいいんじゃないのかな
頭の中で、制御できない「私」が騒ぎだす。実を言うと、なんて言っているのか、何を言いたいのかはよくわからない。
ただ、これが聞こえだすと頭痛が。
ひどい頭痛がするんだ。
私はゆっくり自分の呼吸を数えることに専念した。
今は考えるな、何も考えるな。
……ただひたすら、その名にふさわしくあれ。
貪欲に、飲み込め!
*****
「あれ……」
ぼんやりする視界の中、やけに間近で猫耳が揺れている。ゆらゆらと、一定のリズムで、私も揺れている。
あったかいな。なんだろう。
「あ、みずきさま! だいじょうぶですか、おみずのみますか?」
あれぇ。ヴィトちゃんだ。でも、いつもと微妙に見え方が違う。
角度が、いつもより急なんだけど。なんで?
「寝てなよ、そのまま」
るーきゅんの声がダイレクトに、身体を伝って聞こえてきた。
あれれ、もしかしてこれって。
「おんぶ……?」




