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おおおおおおおおおおおおおおおおおおん!
それは狼の遠吠えのような声だった。
魔物の声は二度響いて、ぴたりと止んだ。
どうやら結構離れたところにいるらしい。
あぁよかった、と胸をなで下ろす私の左右で、イジェットさんとワンさんが目配せをしあう。
「……出たか」
「頃合いですね」
遺跡の魔物は親から生まれるのではなくて、個々に自然発生する。その様子ときたら、ゲームにおけるモンスターポップそのものだ。
だから地球出身の冒険者さんは「ポップする」と表現している。
平坦で、全部同じ大きさの大陸といい、ほんとに、こう……ねぇ?
まぁそれはさておき。
ポップ時間は個体ごとに一定なので、一度倒した魔物のリポップ管理は比較的容易なのである。
なるほど、そういうことですか。
「わざと残したんですね?」
確信を持って問い糺せば、彼らは悪びれもせずに「そうだ」と頷いた。
「ルークレストはケンカを買わねえって話だったから保険にな。『暴食』殿よぉ、男の沽券に関わる勝負だ。野暮は言わねえよな?」
巨大ビーバーが、ただでさえ凶悪な顔をさらに恐ろしげに歪めて私を威嚇した。
こわいから。すごくこわいから。はなれて。
「それに、我々も見たいのですよ。2年前突然現れた若造が、はたしてどれほどの腕を持つのか」
若造って、見た目はどう見てもワンさんの方がちびたんじゃないっすか。(とはさすがに言えない……。高圧電流で分解される……)
「ははは! 勝負だ、ルークレスト殿! この勝負で貴殿に勝ち、私は『最速』を取り戻す!」
勝ち誇ったように笑って、リオウさんが走り出した。
おいこら、もしもの時のために私の後ろを守ってたんじゃないのか?
「ふはは、一番槍ぃ!」
るーきゅんを追い越して走り去ってゆくリオウさん。なんだろう、なんかすごく、見ちゃいけないものを見てる気がする。
うぅむ、「無刀」と「幻」かぁ。どっちも速そうだからなぁ。比べられるんだろうなぁ。それで追いつめられてあんな事に……。
しばらくすると、鬼のような形相でリオウさんが戻って来た。
「ルークレスト殿、なぜ来んのだ!」
そう、るーきゅんは相変わらずヴィトちゃんをおんぶしたまま、今まで通りてくてく歩いていたのである。
一人だけやる気満々で走ってっちゃって、リオウさんカッコワルー。ファンにはみせられない。
「『最速』を賭けての勝負だと言っているだろう!」
「そうですわ、ルークレスト。男なら勝負を受けるべきですわ!」
こういうことに男女関係ないと思うんだ、キリルさん。
っつーか、あんたらさぁ……。
「オレの仕事はミズキの護衛だし。ふつうに進んでれば避けられる敵のために、護衛対象放り出して行くわけないじゃん」
そうそう、それだよ。任務忘れてんじゃないのってるーきゅん!
「私の名前知ってたんだ!」
「なにいってんの」
「だって今まで一回も呼ばれたことなかったし!」
知り合って2年間、「ねぇ」「アンタ」「あのさ」だけでやりくりしてたじゃないか!
「ちょ、もう一回、もう一回呼んでみて!」
「呼ばないよ」
「あ、でもまって、せっかくだから録音したい!」
「呼ばないよ」
「レコーダーどこかにあったと思うんだ、えっと、確か……」
「呼ばないよ。ここで家具出したらはったおすよ」
「くっ」
るーきゅんつれない! でもそこがすき。
リオウさんは、しばらく私とるーきゅんの攻防を眺めながらぷるぷる震えていたが、やがて、カッと目を見開いて叫んだ。
「ええい、こうなったら仕方がない。リーダー、あれを!」
「なにぃっ、アレを使うつもりかっ?」
「本気ですの? リオウ!」
「リオウ、無茶です!」
どうやらリオウさんは最終兵器を出すことにしたようだ。それを止めようと、他のメンバーが必死で説得している。
私はそっとるーきゅんの方へ近づいて、その背中のヴィトちゃんのお耳をつついた。はぅ、ぴぴぴって! ぴぴぴってした!
「な、なんですか?」
「ヴィトちゃん、彼らが言ってる『アレ』って何?」
あんまりヤバいものだとしたら、私も覚悟を決めねばならない。
ヴィトちゃんはきゅっと目を閉じて、それからあきらめたようにるーきゅんの背中から飛び降りた。
「ぼくみならいだからよくしりません。でもきっと、あれのことだとおもいます。あれをつかうなら、たたかいはさけられないとおもいます……」
そう言いながら何故か、背中のリュックから何かを取り出し始めるヴィトちゃん。ん? ワイヤー? ってことはさっきのあの、ちょっとエグいトラップはまさか君が……?
「ヴィトちゃん、罠士なんだ?」
てっきり、回復系だと思っていたのに。だって癒し系だから!
ヴィトちゃんは照れたように笑いながら、道具を確認している。
「おかあさんが、『わなはれでぃのたしなみだから』って、おしえてくれたんです。そしたらぼく、さいのうがあったみたいで」
ほ、ほほぅ、嗜みとな。
てゆーか、ヴィトちゃん女の子? いや、どっちでもいいんだけど可愛いし。でもレディが一人称「ぼく」は、どうかな~。
「『ぼうしょく』さまはどんなわながすきですか?」
「え、あ、ああ、私? そ、そうだなぁ、落とし穴かな」
作ったことあるのは。
「わぁ! ぼくもぶーびーとらっぷけいだいすきです!」
いっしょですね。にこっ。
無邪気に子狐が見上げてくる。
ひきつらないよう細心の注意を払いつつ、私も微笑み返した。
……今度こそっ! 正しい癒し系もふもふだと思ったのにっ!




